第28話 ロビンソンの策略

ゴングが鳴り、第7ラウンドが開始されると、明はこのラウンド序盤はひたすら耐えることにしたようだ。そして、ノーガードで打って来いとばかりに挑発する。ロビンソンは先程のラウンドよりは冷静さを保てているものの、腹の底にはフツフツと湧き上がる感情があるようにも見える。


勢いよく向かってくるロビンソンを闘牛士のように躱し続け、明は様子を伺うことに徹した。次第にロビンソンの動きは鈍くなり、泥沼に嵌まったような足付きに変わって行った。明は距離を取り、アウトボックスに切り替えることにした。

これはロビンソンをさらに疲れさせることに成功したようだ。だが、彼は己を奮い立たせるかのように必殺技である『ガゼルパンチ』を明にお見舞いした。


“苦しい練習に耐え、せっかく世界チャンピオンになったんだ。たった1回ベルトを巻いたくらいで王座を降りるような惨めな思いはしたくない。恋人、友人、家族、皆の期待を背負っているんだ”その思いが彼にはあった。


だが、明にも勝ちたい思いは勿論あった。互いの思いがせめぎ合い、その結果がリング上に表れているようであった。結果的に2度の『ガゼルパンチ』を受けた明が、この試合2回目のダウンを奪われる形となった。


カウント5で起き上がったものの、その後はロビンソンの攻勢に対し防戦一方。再度アウトボックスを試みるが、上手く足が回らない。じりじりと距離を縮められ、インファイトを余儀なくされる。ロビンソンの猛攻に、身体が悲鳴を上げそうになる。


だが、まだ身体に力が入る。まだ何も終わってはいない。闘志を失えばそれはもうボクサーではない。闘いが終わるその瞬間まで、一瞬たりとも気が抜けない。それがボクシングなのである。そして、圧倒的に不利な戦況の中、辛うじて失点なくラウンドを終えることができた。


「おいマイク。恐れるな。もっと速度を落とせ」

セコンドのリチャードにそう言われ、ロビンソンはOKとだけ返答し、次の攻撃に備えた。そして、明が虚を突いて繰り出した左ストレートにロビンソンが左フックを合わせて来た。


それに対し明が右腕ですかさずカウンターにコークスクリューでカウンターを合わせる『クリス・クロスクリュー』で応戦したところへ、ロビンソンの『ブラッディ・クロス』が決まった。これはカウンターに対して肘を曲げることで、それを防ぐことができる『超高等技術』である。


これは強烈なダメージとなり、明は思わず左拳を右腕に添える形をとった。そして必死に応戦しようとするが、ロビンソンはジャブにフックに連打を浴びせ、それを許す隙を与えない。ここでフィニッシュブローを食らう訳にはいかない。


だが、反撃に打って出ようとするが、もう体力が残っていない。なんとか戦況をひっくり返さないと。一閃、目の前を微かな筋が通る。明は必死に意識を保とうとするが、それは叶わなかった。

『崩れ落ちた時に触れたマットの感覚を、彼は生涯忘れることが出来なかった』



左のアッパーだ。この試合初めて見せた。手数の多いジャブにフック、横から来る技に対して『クロスクリュー』を合わせることを意識しすぎて、縦から来る攻撃に対する警戒を疎かにしていた。


 それに、ロビンソンは右利き。右手で打つ『ガゼルパンチ』をフィニッシュブローにして来ると思わせておいて強かにも『左手で決めよう』と画策していたんだ。なんて計画的で、恐ろしいことをする男なんだ。


 もし敬造が居てくれたら――このことに注意して防げていたかもしれない。長年セコンドをやって来たのにあるまじきミスだった。赤居との信頼関係も、ロビンソンに対する研究も、何もかも不十分だった。

“敗因は自分だ”米原はそう思い、酷く自らを責めることとなった。


「赤居選手、無念のタオル投入!!」

実況が喚き立てるが、もはや騒然とした場内の人々には届いていない。ロビンソンが明に襲い掛かる寸前でのタオル投入で、無念のTKO負け。長年に渡ってボクシングジムの会長として五十嵐を支えて来た米原にとって、これほど悔しい負け方はなかった。


鍛錬、経験の差が出た。しかし、勝てない試合ではなかった。悔いが残ったことは否めない結末であった。

明は米原に付き添われ、タンカで医務室へと運ばれて行く。医務室で、明は全く起きる気配がなく、横になったままほとんど動かない。それどころか、大きな音を立てて鼾(いびき)を掻いている。


「いかん、試合後すぐに寝て鼾を掻いている時は、脳挫傷やくも膜下出血、硬膜下血腫などの恐れがある。昏睡状態に陥り、脳に損傷があったのかもしれない」


 米原はそう言うとすぐさまリングドクターを呼び、明の様子を見てもらった。診断を待っている間、“これで赤居にもしものことがあったら、敬造に会わす顔がない”と自責の念に堪えかねていた。両国国技館のリングドクターは大学病院の外科と救急部から1名ずつ、その他2名を応募の医者で賄うのだが、この時は最年長者である、救急部のドクターが診察に当たってくれた。


「大丈夫です。今のところ心配はないですよ、呼吸も安定していますし。ですが、当然ながら精密検査は受けて下さい。こういうことは万が一のことでも見逃さないようにしないといけないことですので」

米原は力なく明を見下ろすと、彼はまるで死んでしまうんじゃないかと思えて来るような有様であった。


“このままダメになってほしくない。必ず再起を掛け、もうワンランク上の選手として復帰してほしい。命ある限り挑むことはできる。そしてまだチャンスは残されている。何があっても諦める訳には行かないんだ”米原は強くそう思い、一先ずリングドクターに礼を言うと、明が起きた後、その足で病院までタクシーを走らせた。


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