第26話 明の挑戦
『カンッ』
ゴングが鳴ると両者向かい合い、ジャブを打ちあう。相手の思いを知るように、まるで拳で会話するかのように。挨拶代わりとも言うべき打ち合いが終わると明はフック、アッパー、ストレートと息つく暇もないほどの速さで、持てる技の限りを尽くしてロビンソンに襲い掛かる。
ロビンソンはそれを捌きながらも、どこか冷静に傍観しているかのような様子だ。不意に明の背中に冷たく当たる存在があった。触れるまで考えてもみなかった。まさか全力を持ってしてもロープ際まで追い詰められるなんて。
一撃が鉛のような重さで、タフであることには自信のある明も、試合開始1分でこの有り様である。体力のある明だが、贔屓目に見積もっても明らかに飛ばし過ぎている。普段から厳しいトレーニングを積んでいるとは言え、15ラウンドの長丁場を思えば体力はいくらあっても足りないくらいだ。
だが、出し惜しみはしない。試合前にそう決めていた。ロビンソンの左フックに合わせて、渾身の右ストレートを打つ。放たれた一撃はロビンソンの左頬に突き刺さり、鋭い音を立てた。
先程まで緩んでいたロビンソンの顔つきが俄かに厳しいものに変わる。ボクサー本来の真剣な顔つきになり、明はそのことを嬉しく思った。見せつけるようにジャブを打つと、ロビンソンは口元を少し緩めると不敵な笑みを浮かべた。ゴングが鳴り、第1ラウンドは終了した。
「赤居。少しペースを落とした方がいいんじゃないか?このままだと、ジリ貧だと思うぞ」
「うるせえ。おっさんは黙ってろ。あの動きに対抗するには、これくらいで丁度良いんだよ」
取るに足らないと見ているのであろう。この年頃の人間というのは、自分の認める人物の言うことしか聞かないものである。
「人生では自ずと自分より強い相手と闘う機会というものが訪れる。その時にどう向き合い、自らを高めて行けるかが大切だ。冷静さを欠いては、本来の実力を出せないまま終わるぞ」
「そんなこと、言われなくたって分かってるよ。俺には俺の考えがあるんだ」
正論も状況次第では駄弁と取られる。米原はこれ以上は焼け石に水と考え、話すのを止めておいた。
ゴングが鳴って第2ラウンドが開始されると、コーナーを蹴って対角線上を走った。不意にロビンソンが両手を横に伸ばして広げ『打って来い』とばかりに『ノーガード』で挑発する。余裕を孕んだ表情が、絶妙に明の神経を逆撫でする。瞬時に距離を詰めて打ち込む明。それに対し、間隙を縫って、ロビンソンの槍のようなストレートが飛んで来る。しかし、暫くすると、また『ノーガード』で挑発して来る。
“やったろうじゃねえか”トサカに来た明は、先程まで飛ばしていたものが更にハイペースになり『ムキになって』攻勢に打って出た。それに対し、ロビンソンも手数で応戦して来ているようであった。
しかし、これはロビンソンサイドの『罠』であった。巧妙に明の体力を削ぎ、疲れが見え始めたところを『仕留める』それが狙いであった。ゴングが鳴り、第2ラウンドが終了した。
誰の目にも明らかだった。体力が切れかけている。だが、幸い米原には、明の状態をコントロールしてやれるだけのアドバイスができる『器量』があった。
「このハイペースは無理があるだろう。赤居、本当に大丈夫なのか?」
「はあ、はあ、大丈夫だ。はあ、はあ、俺はまだやれる」
明は濁流に飲まれる小動物のように息も絶え絶え息巻いている。
「いいか、『ガス欠』になる前に、俺の話をよく聞け。本当に勝ちたかったら守勢に転じろ、話はそれだけだ」
米原は長年、五十嵐とタッグを組んで来ただけあって知識、経験、判断力ともに申し分ない男であった。しかし、悍馬の如くムキになった明の耳には念仏のように届いてはいなかった。
「はあ、はあ、勝たなきゃ――勝たなきゃ終わっちまうんだよ!!」
約1年の闘いの中で培った信頼関係も、後門の狼に迫られたような状況下では脆くも崩れ去ろうとしていた。
「俺はお前の実力を高く評価している。急いては事を仕損じると言ってな。このままでは勝てる試合もそうでなくなるぞ」
「はあ、はあ、何か秘策があるってのか?はあ、はあ、それなら勿体付けずに早く言ってくれよ」
その後明は米原に『よく耐えた』と言われ、小さく笑った後、軽く耳打ちされた。
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