最終話 共に生きる願いを
まとわりつく暑さにジャンルカは目を覚ました。手の甲に触れる畳の感触が異変を知らせる。
(オレの部屋じゃねぇ……ここは――)
枕と言うには頼りない、二つ折りの座布団越しに眼鏡を探り当てる。
冴えた視界に映り込む景色は、昨日ジャンルカが転がり込んだ――否、連れ込まれた長屋の一室だった。
(――そうだ。
ちょうど廊下から足音がした。間もなくやって来た那海が、グラスを片手に身を寄せてくる。
「おはよう。お水飲む?」
「おう、ありがと――って、酒じゃねぇか! 薄々そんな気はしてたけどよ!」
昔とそっくりな、那海の無邪気な笑顔が目の前にあった。随分な遠回りをして、あの頃よりもほんの少しだけ距離が近づいた。
「ジャンルカは寝起きでも元気だね~」
「誰のせいだよ、ったく……んぁ? その封筒は何だ?」
「手紙、エヴァンから。今朝届いてたみたい」
魔術士としてはるか格上のエヴァンに、ジャンルカは
「
「ナミが読んであげる」
「そうか。その前にトイレ……って、おい! ついて来んなよ!」
「読んであげるぅ!」
「お前っ、まだ酒抜けてねぇな!?」
*
前方を駆けて行く赤毛の拳士は、頼もしい妹分だ。
「エヴァン、あなたは大人しくしてるのよ」
碧緑の眼差しが何度目かの釘を刺す。この状況でよくもそんな言葉が出てくるものと、毎度感心する。
刀剣や暗器を手にした用心棒たちが、侵入者を排除しに乗り出して来ていた。
二対十一、戦力差はざっと五倍強。
「了解。アナに任せるわ」
重力魔法で建物ごと押し潰すのは簡単だが、それでは目的達成にはならない。依頼はあくまでも、工場調査のための「掃除」なのだ。
妹分の名は、アナ
頼りになりすぎる。
「ありゃ。もう終わりか」
「文句ある? 騒がないよう口も
用心棒たちはアナの拳脚で手足を破壊され、おまけに破り取られた衣服を口に詰め込まれ、床に転がされていた。
「手際が良うござんすねぇ」
「あっ、そいつは――」
倒れていた男の一人が突如起き上がり、不用意に近づいたエヴァンへ襲いかかる。
だが、それが何だというのだ。エヴァンは鍛え抜いた筋肉で男の拳をはね返すや、両肩を引っ掴んで逆さまに投げ落としてやった。
「オラァ! 重力魔法ォッ!!」
「ぐぇええぇ――っ!!」
床に叩きつけられた男は、首をおかしな方向に曲げたまま、ぴくりとも動かない。
結果、エヴァンはアナを激怒させる羽目になってしまった。
「魔法要素どこよ!? じゃなくて、勝手に息の根止めないでよ! 話聞けるよう手加減しておいたのに……」
「いや~、メンゴメンゴ」
「ウザッ! ったく、面倒くさいなぁ、もう……」
アナは男の首を乱暴に正すと、
息を吹き返した男を待っていたのは、アナの尋問であった。
「手短にいくわね。この工場で、リコルヌの角を材料に違法な薬物を作っているのはわかってる。指示したのは誰?」
「…………」
「五秒以内に答えて。でないと、もう一度同じ目に遭わせるから」
「……イシュト……ヴァ……ン」
「それは〝ヘゲデュシュ・イシュトヴァーン〟のことで合ってる?」
男は無言のまま、重くうなずいた。
ヘゲデュシュ・イシュトヴァーン――西の地で魔王ヴェルーリを自称する
「やっぱり……」
「……今は何時だ?」
「質問してるのはこっちなんだけど?」
「持病の薬を飲ませてくれ」
男は返事を待たず
「待って――」
アナは
男の手から、血の混じった液体と陶器の破片がこぼれ落ちた。手のひらについた傷口が不気味に泡立っていた。
直後、男はそれまでとは比べものにならない力で、アナを軽々を投げ飛ばす。
「危なっ!」
エヴァンが妹分を抱き止める間、男は倒れた仲間へと駆け寄り――
咬まれた男の体が黒く崩れゆく。それとは逆に、咬んだ側の男は眼光も鋭く、衣服を突き破らんばかりに筋骨を膨れ上がらせている。
明らかに、自然の
「『
「ありゃ『なりそこない』だね。
エヴァンはアナを助け起こす
眷属化した男は凶相も露わに、こちらへ飛びかからん勢いであったが、
「ほれ、〈
エヴァンの発生させた局地的な重圧が地面を沈み込ませる。砕けた床板に男が足を取られた瞬間、矢のごとく飛び出したアナの突きが一閃した。
「〈
打ち込まれた拳を中心に
「同じ技で生き返ったり、おっ
「こんなもののために……リコルヌたちの
震えるほどにきつく握られたアナの拳から、燃え盛る義憤が伝わってくる。
リコルヌ族の角が持つ治癒と解毒の力は、古くから他種族にとって
だからこそ――角髄に含まれる成分の純度を極限まで高めたとき、一体何が生み出されるのか――そんな狂気を
「ヴァンピールの
自分よりも少しだけ低いアナの肩に、エヴァンはそっと手を触れた。
指先に移る熱を、
(こんなもの、か)
最初のヴァンピールが、自ら理を外れてまで追い求めたものが何であったのかは、知る由もない。
だが、エヴァンにも一つだけわかることがある。
人が真に恐れるのは死ではなく、別れなのだ。
「エヴァン、私たちで止めましょう。これ以上被害を増やしちゃいけない」
「……そうだね。もちろんだ」
感傷に沈みかけたエヴァンの心を、アナの声が力強く引き上げてくれた。
立ち止まっている暇はない。今を生きる者の責任として、自分たちは未来へと踏み出さねばならないのだ。望まぬ別れを一つでも多くこの世からなくすために。
* * *
★ジャンルカ /
https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16818093075762856189
★エヴァンゲリス / アナ
https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16818093075826244601
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