第49話 九花、集う

 サンダルとこすれ合う砂利の音が、青空に小気味よく響いていた。

 バスケットを抱えて、緩やかに下る坂道の向こうには、青々としたススキ野原が広がっている。


「やっぱイムガイの夏は蒸し暑いなー」


 カミーユのぼやきに、ラリッサは微笑みを向けながら問いかけた。


「懐かしい?」

「まあね」


 ゆめみかんの宿を出た二人は、裏手にある湖へと向かっていた。


「せっかく来てくれたのに、澪ちゃんたち会えんくてごめんなぁ」

「いいよ別に。ケンジとのデート邪魔するつもりもないし。ミオ姉はどう? 相変わらず?」

「元気よ。最近ご飯の量も増えとるし」


 ラリッサが答えた途端、カミーユがとんきょうな声を上げた。


「は? まさか、あれ以上食うようになったの!?」

「あー違くて、憑依されよった間、食欲ないなっとったけぇ、復活してきたってゆう話」


 憑依前よりも食事量が微増している事実は、本人の名誉のため伏せておいた。


「なるほどなー。食いすぎはケンジが止めてくれるだろうし、安心だなー」

「ほうね。澪ちゃん、食べる物出されたら出されただけ食べようとするけぇ」

「金魚かよ!」




 ラリッサとカミーユは談笑を続けながら、湖畔へとたどり着く。


 桟橋の先に張り出したあずまでは、二つの人影がラリッサたちを待っていた。

 先に出迎えたのは、背の高い人物だ。


「ごきげんよう。こちらがカミーユ君だね? 噂以上に可愛らしいお嬢さんだ」

「はぅわ!? ど、どうもはじめまして~」


 きりりとした眼差しに射すくめられたかのように、カミーユは目を見開き、頬を上気させる――が、それも束の間のこと。


うる様! 出会い頭に誘惑しないでください!」

「そんなつもりは……今のはちょっとした挨拶あいさつだよ」


 割り込んできた羊角メガネ女子――香夜世かやせを、うるはやんわりとなだめるのだった。


「ウルハって……そっか、例の王子様系……」


 あからさまに肩を落とすカミーユを、ラリッサは小声でたしなめた。


「じゃけぇ、いよったでしょ。リーダー女の人じゃって」

「ルジローって人かと思ったんだよ! 美男子イケメンだって聞いてたから!」


 カミーユの声は、香夜世かやせの方にまで丸聞こえであった。


瑠仁るじろうなら今日は留守番ですよ。まぁ、会えたとしても別の意味でガッカリすると思いますが」

「そんときは観賞用って割り切ればいいし!」

「あなた、なかなかいい性格してますね……」


 香夜世の呆れぶりに内心で同意しつつ、ラリッサはうるの方に話を振る。


「和尚さんも今日はお留守番?」

「ああ。ひゃっけいの喪が明けるまでは大人しくしていると。邪教を一掃できたのはとむらいになったと言っていたが、心中は複雑だろうね」


 じゅうせいの手で邪神は無事討伐されたものの、冥遍めいへんの起こした暴挙はいまだ各地に爪痕つめあとを残していた。

 だが、その混乱も幕府や烈士たちの働きにより、日々収束に向かいつつある。


 教団は瓦解。残党は新たな教主の擁立を宣言したが、大きく失われた影響力は以前と比べるべくもない。


「そんなわけで、僕たちも今週いっぱいは休暇さ。この機会に仕事以外でも交流を進めようじゃないか」

「ほうね。たちまちお菓子持って来たけぇ、みんなで食べようや」


 バスケットから取り出した手土産を、ラリッサはうるたちに勧める。南国フルーツをふんだんに使ったヨーグルトタルトである。


 四人はしょうだいに腰を下ろし、おしゃべりの合間にお菓子を味わった。


「これはまた……ひんやりとして、甘くて、瑞々しい舌触り……ラリッサさんがお作りになったのですか?」

「ううん。ジャンルカ先輩よ」

「へぇ。これは味も見た目も素晴らしいな」

「マジか……あのおっさん、意外と優良物件だったりする?」


 カミーユが露骨に目の色を変えるので、ラリッサはまたもや言い聞かせなければならなかった。


「いけんよ、カミーユちゃん。ジャンパイには那海ナミさんゆう相手がおるんじゃけぇね」

「ナミ? 誰?」

「組合の受付の人」


 旧都周辺の烈士たちにとって那海は顔なじみだ。もちろん、香夜世かやせたちも。


「そういえば那海さん、昨日はジャンルカさんにしつこく言い寄っていましたね」

「僕には、酒瓶を持ってからんでいるように見えたけど……」


 うるの発言がカミーユの不安をあおる。


「え。大丈夫なの? その女」

「た、多分。エヴァンさん旅立ってしもうたけぇ、飲み友おらんなって絡んどるだけじゃ」


 ラリッサは言い終えた後で、あまりフォローになっていないことに気づいた。


「あたし、こっちで仕事すんの心配になってきたんだけど……」

「仕事はちゃんとできる人じゃけぇ、大丈夫じゃ!」


 すかさず言いつくろうも、カミーユの表情はぴくりとも動かない。

 気まずい沈黙の訪れを阻止したのはうるだった。


「おや、カミーユ君もイムガイで活動を?」

「単発だけどね。上司の命令で」

「上司? チームリーダーのことかい?」

「まぁ、そんなとこ。期間には余裕あるし、ゆっくりやらせてもらうけどさ」


 かじりかけのタルトを、カミーユは一気に頬張った。全部飲み込み終わるのを待って、香夜世かやせが問いかける。


「わたしたちに手伝えることはありますか?」

「気持ちだけで充分。優しいお姉さんたちに囲まれてピクニックなんて、久しぶりのご褒美みたいなもんだよ」


 久しぶりの――カミーユが何気なく漏らした言葉を、ラリッサは聞き逃さない。


 かつてはカミーユも、優しい姉と一緒に野山へ出かけていたのだろう。みおたちから聞かされた、姉妹の悲劇的な別れを思うと、ラリッサは胸が締めつけられる。


「カミーユちゃん……」

「おおぅ! いきなり抱きつくなってば!」

「うちら、いつでも力になるけぇね」

「うん……」


 向かい合わせたカミーユの視線が、ふと上の方へ流れる。ラリッサがつられて振り向くと、坂の上からみおけんが手を振っていた。

 さらに、その後ろには瑠仁るじろう幽慶ゆうけいの姿までもがあった。


「やれやれ。結局みんな揃ってしまったな」


 うるは台から腰を上げ、澪たちに手を振り返す。


「ほんま。全員集合じゃ」


 誰か忘れている気がする――そう思いながら、ラリッサはジャンルカお手製のタルトを口に運ぶのだった。




  *  *  *




みお / けん イメージ画像

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