第34話 友情

 オルカナ王国北部の都市・ドルタモにある宿酒場。店の名を〝ミルクと蜂蜜亭ラッテ・エ・ミエーレ〟という。


「俺はエスプレッソを。嬢ちゃんは?」

「それじゃ……ハチミツ入りカプチーノを」


 カミーユは少し迷うふりをしながら、この店の看板メニューをおごってもらうことにする。


 同席の男は年の頃、四十手前といったところ。一月ほど前に知り合った、竜の角と尻尾を持つ竜人族ドラコニアンの戦士である。

 全世界にわずか百一人の「明星みょうじょう烈士」に名を連ねる実力者でもあった。


「緊張しなくてもいい。俺なんて、剣さえ抜かなきゃどこにでもいるただのオジサンだ」


 どこにでもはいない、とカミーユは思う。

 プラチナブロンドの短髪、涼しげなターコイズブルーの瞳。鼻筋の通った端正な顔立ちながら、どこか愛嬌のあるこの「美中年」をどうして意識せずにいられよう。


 以前のカミーユであれば、趣味と実益を兼ねたコネ作りに、あざとくアプローチをかけていたかもしれない。


(年上の男……子ども扱い……うぅっ、生傷が痛む……っ!)


 昨年イムガイでの失恋を引きずるカミーユが、積極性を取り戻すにはまだ早かった。

 今はただ、上級烈士と仕事を共にできる名誉だけで満足しよう、と自分に言い聞かせる。


「いえ、オジサマは充分に素敵な男性だと思いますよ」

「そりゃどうも。しかし、何だか元気がないな。昔の仲間に会えるんじゃなかったのか?」

「まぁ、そうですけど……」


 はずどおりなら、そろそろ迎えが来る時間だ。

 二人が注文の品を飲み終えようとする頃、男が独りちながら入店して来た。


「さて、六番テーブル……おぁ? 並び変わってんじゃねーか、ったく……」


 眼鏡をかけた赤毛の男性。耳の先が尖っているので、魔人族だ。

 六番――つまりカミーユたちのテーブルへ、つかつかと歩み寄って来るや、驚きの声を上げた。


「すんませーん、ご案内……って、イグナーツか!?」

「待ってたぞ、ジャンルカ。久しぶりだな」


 答えたのは無論、竜人の戦士カトナ・イグナーツである。

 たった今やって来た、新月組しんげつぐみのジャンルカ・グァルニエリとは旧知の仲――カミーユは事前にそう聞いていた。


「監視に付く明星烈士ってのがお前だったとは……出世したじゃねぇか」

「お前こそ、よく腐らずに烈士を続けていてくれたな」


 イグナーツは椅子から立ち上がると、いきなりジャンルカのシャツを脱がせにかかる。


(むぅ……っ!!)


 カミーユは刮目かつもくして男たちの行動を見守った。


「な、何しやがる!?」

「……やっぱり、まだ残ってやがるか」


 ジャンルカの肩には、剣で刺したような古傷が刻まれていた。

 次いで、イグナーツは自分も上着を脱いで見せる。ジャンルカと同じ場所に、こちらも古い刺し傷があった。


「イグナーツ、お前それ……」

「自分でつけた。戒めのためにな」




 二十年近く前、イグナーツとジャンルカ、そして今はイムガイで烈士組合の受付をしている那海ナミという女性は、三人で烈士チームを組んでいた。


 とある戦いの折、過失から那海を傷付けてしまったジャンルカの肩を、イグナーツは怒りに任せて剣で突いてしまう。それが元で、チームは程なく解散してしまった。


 だがその後、イグナーツは考え直す。ジャンルカは決して己のために蛮勇を振るったのではない。結果として失敗したにせよ、那海を守るために行動したのだ。




「未熟だったのはお前じゃない。この俺のほうだったんだ」


 うつむくイグナーツの顔を、ジャンルカが両手で挟んで起こす。


「だからって、自分で傷までつけるかぁ? 重てーよ」

「できればお前につけてほしかったんだがな」

「やめてくれ。男と突き合う趣味はねーよ」


 照れくさそうに互いの肩を小突き合う男たち。

 その光景を眺めながら、カミーユはかつての仲間へと思いを馳せるのだった。


(何だか、ミオ姉が好きそうなシチュエーションだなぁ……)




   *




 先導するジャンルカの後ろを、カミーユはイグナーツとともに追って歩く。


 ドルタモの街から続く坂道を進むと、ドルティオ山の修道院へ続く参道につながる。

 宿酒場を出てから正味十五分ほどで、石造りの休憩所前に到着した。


 待っていたのは三人。最初に、袴姿の女性剣士が進み出る。綺麗に伸びた黒髪の、左半分が真っ白に染まっていた。


「ご足労ありがとうございます。新月組しんげつぐみ筆頭・おお曽根そねみおです」

「カトナ・イグナーツだ。烈士組合の要請で監督させてもらう」


 双方の顔合わせが済んだ途端、直前までの緊張感はどこかへ霧散する。


「うわぁ~! ぶち可愛い~!」

「――ウボァ!?」


 突進して来たピンク髪のギャルに、カミーユはぬいぐるみ然と抱きしめられていた。


「カミーユちゃん、聞いとったけど、ほんっまに可愛い! こまい! あとええ匂いする!」

「匂いはヤメロォ!」


 喜びもあらわにまくし立てるギャルの胸の中で、カミーユはジタバタともがいていた。

 そんなとき、懐かしい少年の声がした。


「ラリッサ、そのへんにしてあげなよ」

「わかった。けんくんに譲っちゃる」


 そう言って迷惑ギャル、もといラリッサは抱擁からカミーユを解放する。

 立て襟シャツに吊りズボン、トンビコートを羽織った少年が、優しい眼差しでカミーユを見つめていた。


「カミーユ、久しぶり。元気そうで良かったよ」

「……お、おぅ。ケンジこそ」


 手紙のやり取りこそあったものの、七ヵ月ぶりの再会。何だかぎこちない。


(何緊張してんだ!? コイツはあたしの舎弟だろ!? 散々イジったり、ののしったりしてたじゃねーかよ!)


 微妙な空気を察知したのか、ジャンルカが横から発言する。


「何だぁ? この感じ。やっぱカミーユちゃんって、献慈の元カノだったり……」

「……は?」


 みおが直ちに反応する。独占欲に歪んだ凶悪な視線は、ジャンルカを刺し貫かんばかりの鋭さであった。


「じ、冗談だよぉ! 気軽に殺気を浴びせんのはやめてくれぇ!」


 すくみ上がるジャンルカを、イグナーツが笑い飛ばす。


「ハハハッ! お前も若者たちと仲良くやれてるじゃねえか!」

「テメェ、他人ひとごとだと思いやがって……!」


 またもや悪態をつき合う旧友たちを目にして、カミーユは心が澄み渡るような感覚を覚えた。


(ああ、そっか……この気持ちが――)


 けんと出会って以来ずっと抱えていた、このくすぐったい感情の正体を、今になってようやく悟ったのだ。


「あたしとケンジは……友だちだよ」




  *  *  *




★イグナーツ イメージ画像

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