第22話 谷津田潤葉(やつだ うるは)はかえりみる

 じゅうせいの四人を先頭に、没汀ぼっていさいしゅうから三人ずつ、計十人の烈士たちが地下遺跡を突き進む。


 白色の光が映し出すのは、どこまでも続くこけした石壁。


「やはり……この方角で間違いありません」


 魔導ランタンをたずさえた風水師の感覚を頼りに、未発見の『扉』を目指す。

 だが、その道のりは険しく。


「だろうな。しかし、こいつら……」

「数が多すぎる!」


 通路を埋め尽くす異形どもの勢いに、烈士たちは押されかかっていた。


 赤い肌をした人型の怪物・シュノバン。一本角を頂く身の丈は巨漢の幽慶ゆうけいをも上回る。

 腕っぷしの強さは言わずもがな。


「クソッ……! 肩がイカれた……!」

「無理せず一旦下がりなされ!」


 味方に治癒術をかける傍ら、幽慶は前衛を引き受ける。


 開けた反対側では、瑠仁るじろうたちが別の一団を相手取っていた。


「敵の動きをよく見るでござる! フッ! ハッ!」

「わかってるから射線上に立たないでくれぇ!」


 絶え間なく動き回るシタナガの群れに、遠隔部隊も的を絞れず翻弄される。長い手足に加え、生き血を吸い取る鞭のような舌が厄介だった。


「瑠仁郎さん、邪魔ぁ!」

「かたじけな……――ぐぇええっ!」


 瑠仁郎の体を背後から舌が貫通する。


「瑠仁郎さぁあああん!!」

「ところがどっこい、生きているでござる」


 突き刺されたのは〈空蝉うつせみ〉の術で偽装したわらであった。天井から急降下した瑠仁郎は忍刀しのびがたなでシタナガを一刀両断、事なきを得る。


「涙返して。あと邪魔」

「かたじけないでござる……」


 シタナガ、シュノバン、いずれも異界の瘴気を吸い込んで凶暴化している。数で劣るこちらが正面から迎え討ったのでは、押し負けるのは道理だ。


「みんな、よく聞け!」


 うるは踏み込み様、シュノバンを前列まとめてほふり去る。


「和尚は向こうへ回ってシタナガを引き付けてくれ! ルジはこっちへ! スピードでシュノバンを掻き回すんだ!」


 信頼する仲間たちが、即座に応じてくれる。

 潤葉の心に、もう迷いはなかった。


「カヤ、頼んだよ」

「はい。潤葉様――」香夜世かやせの手を離れた黒揚クロアゲが乱れ飛ぶ。「〈大禍鬨おおまがとき〉」


 広範囲を覆う闇の天幕に呑み込まれ、シタナガの群れが壊滅に陥った。

 残るは、突進しか能のないシュノバンだけだ。


「怯むな! 一対一ならばおくれを取る相手ではない!」


 うるは声を張り上げ、皆を鼓舞した。そして自らも刀を振るい、最も敵の数が多い場所へ切り込みをかける。


(ようやく見つけられた。これが僕のやり方なんだ)


 思えば、信念も覚悟も足りていなかった。立ち向かう相手だけでなく、共に歩むべき仲間たちを見据える目を忘れてはいけなかったのだ。


 谷津田やつだうるかえりみる。若き日の過ちを。


(〝あの子〟のほうがずっと周りが見えていた。それなのに、僕は……)


 弟が財閥の跡継ぎに選ばれたのは、贔屓ひいきでも何でもなかった。ただ単に、彼よりも自分がずっと未熟だっただけなのだ。


おごりがあったんだ、自分の力に。だから、気づかなかったんだ、強さとは自分一人のものじゃないってことに)


 谷津田潤葉はかえりみる。守るべき人の姿を。


「さあ、行こう。僕の背中を見失うなよ」

「見失うものですか」


 初めて出会った日と同じ眼差しが、うるの肩越しに注がれていた。


香夜世かやせ。君が僕の背中を押してくれたから――)

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