第二章 宵闇を照らせ、地上の星たちよ

第15話 言わぬが花

 頻発する魔物の異常発生は、各地の霊脈に乱れを引き起こし、やがては大きな歪みを生み出してゆく。

 最終的に生じた空間の亀裂から邪神なる存在を召喚、イムガイ全土に破壊をもたらすのが冥遍めいへんの狙いであると思われた。


 予測される出現地点は二ヵ所ある。


 一つは旧都東に広がる古戦場だ。何かしら巨大なものが呼び出されるとしたら、遮蔽物の少ないこちらが有力だろう。

 一両日中には熟練の烈士チームが四組、交替で見張りを立てる手筈だ。


 もう一方は南西の城塞跡だ。若手の実力派を中心に五組が結集する。

 旗振り役となるのはじゅうせいである。すでに独自ルートで場所を特定し、周辺地形の把握、予想される出現魔物のパターンまでをも割り出してあった。




 くして、組合の会議室に集まったのは参加チームの代表者が二名ずつ、計十名。


「以上が作戦のあらましだ。質問があれば受け付けるよ」


 壇上のうるが説明を終えると、出席者たちから次々に感嘆の声が上がる。


「さすがは十字星だ」

「これだけ情報が揃えば対処もしやすいな」

「同意する。けど不測の事態にも備えておかなくちゃ」


 慎重を期する声にも、抜かりなく。


「ご指摘の点は考慮済みさ。臨機応変に動ける遊撃隊の目星がついているからね」


 潤葉の眼差しは新月組しんげつぐみのふたりへと真っ直ぐに注がれていた。




 決起集会が終わり、みおのもとへやって来た人物はほかでもない。

 凛とした声が、壇上にいたときよりも幾分優しげに響いた。


「ごきげんよう。こうして顔を合わせるのは初めてだね」


 谷津田やつだうる――艷やかなショートヘアに鬼の片角、眉目秀麗な男装の麗人は、聞きしに勝る堂々とした佇まいだ。


 ほんの少しだけ、澪は胸の高鳴りを覚える。


(私より背高い女の人珍しいなぁ。声素敵ぃ……あとまつ毛長ぁ~っ! 鼻筋も通っててすっごく格好いいんですけど~っ! ……とか口に出したらけんいちゃうかなぁ。ジャンルカの時もちょっと怪しかったし)


 隣に立つ恋人の手前、澪は平静を保ちつつ挨拶を交わした。


「はじめまして。瑠仁るじろうさんからお話はかねがね」


 ここ数週間の間、十字星の忍がお互いの連絡を取り合ってくれていた。冥遍めいへんの目を警戒しての行動らしい。


 潤葉の同伴者・香夜世かやせは澪には見向きもせず、献慈のほうへ話を振る。


「瑠仁郎……あの男、あなた方にご迷惑をかけていませんか?」

「迷惑だなんてとんでもない。毎回急に現れるのはびっくりしますけど」

「なるほど。それは注意しておきます」


 香夜世は潤葉とは何もかもが対照的だ。着ている物もあちらが白い装束なのに対し、彼女は黒を基調に統一されている。


(何かいい匂いする~。お香かなぁ? ヒツジ角可愛い~。くせ毛可愛い~。眼鏡ポイント高い! あとツンツンした雰囲気も可愛い~! 抱きついたりしたら怒られるよね。リッサ連れて来なくてよかったぁ)


 できればお友だちになりたいけれど、さっきから何だか避けられている気がして話しかけづらい。


 澪がじっと見つめていると、さすがに無視できなくなったのか、香夜世は渋々といった様子でこちらへ向き変える。


「……あなたがおお曽根そね澪ですか」

「うん! 香夜世さんもよろしくね!」


 ここぞとばかりに両手で握手を求めた。香夜世の手は自分とは違い小さくて、すべすべして、少しひんやりして、柔らかい。

 それから、ほのかにしっとりとしている。


「……! よ、よろしく……頼みますよ? 此度の作戦、あなた方にはしっかりしてもらわないと困るのですから」

「わかった。一緒に頑張りましょ」

「は、はい……」


 目を逸らされてしまった。考えてみれば新月組とは同業のライバルでもあるのだし、やっぱり少し嫌われているのかもしれない。


 潤葉のほうはそうでもない様子だが。


「フフッ……カヤは素敵なレディを前に緊張しているのかな?」

「潤葉様っ! わたくしは決してそのようなことは……!」


 からかうような、じゃれ合うような、そんな距離感が羨ましい。

 澪は思ったままを口にする。


「二人とも、とってもお似合いね」

「ありがとう」


 潤葉は香夜世を抱き寄せながら微笑んだ。


 期待したわけではないが――私と献慈にはお似合いだって返してくれないんだな――と、澪はちょっぴり残念な気持ちになった。


 こういった機微には献慈も無頓着で、そこが彼のいいところではある。自分たち同士の心が通じ合ってさえいれば満足という人だから。


 そうは思いつつ、たまには自慢したくなる――私の彼氏はこんなに素敵な人なんだ――って。


(そりゃ、ぱっと見は頼りなさそうに感じるかもしれないけれど……)


 献慈のことを想うと、澪は言葉が溢れてきて止まらなくなる。




 私の心に寄り添ってくれて、でも優しいだけじゃなくて、ダメなことはダメだって、きちんと言ってくれる人。

 今この時だけじゃなくて、未来のことも大切に考えてくれてる。


 ただ、さっきも思ったけど、鈍感なところは直してほしかったりもする。


 デートの前日、私が服選び悩んだり、髪とかお肌のお手入れ頑張ったり、寝る前のお菓子我慢してることとか。

 それはいちいち察しなくていいから、結果だけ認めてほしい。絶対綺麗になってるはずだし。


 自分の好みを押し通すのも控えめにしてほしい。

 暇があると変な歌歌ってる。変って言ったら怒るから言わないけど。

 でも聴けないとそれはそれで寂しい。たまになら許す。


 広い肩幅、平らな胸、大きいお尻――私は好きじゃないって言ってるのに、けんは全部大好きだって、しつこく褒めてくるのが鬱陶しい。

 鬱陶しいけど、イヤなわけじゃない。嬉しいのは嬉しい。そこまで言ってくれる人、ほかにいないし。


 あと、少食なところ。私の半分ぐらいしかご飯食べないの、お料理の作り甲斐がない。

 お料理は献慈も作ってくれる。たまに作るからって威張ったりしないところが好き。味は美味しい。量は増やして。私の分だけでも。


 正直、私は見た目に自信がある。

 ちょっと本気出せば、みんなに自慢できるような美男子とか、毎日自分のことを楽しませてくれる人だって、むこうから寄って来るはず。


 半分は自惚れだけど、もう半分は友だちの意見が保証してくれてる。

 ……やっぱり自惚れかもしれない。今のは全部撤回。


 とにかく、献慈は私が自分で選んだ人だから。

 打算だってもちろんある。男の見た目につられたわけじゃないって、ひねくれた女の見栄。


 だけど、そんなのは些細なこと。

 

 私自身がこの人を幸せにしてあげたいって思える相手は、二度と現われないかもしれないから。


 だから、決してこの手を離したくはない。




 無言で絡ませた指を、けんはそっと握り返してくれた。


澪姉みおねえ……」


 そう呼んでくれる人がそばにいてくれるだけで、澪は迷いなく前へと踏み出せるのだ。


「ふたりとも、幸せそうだ」


 うるの祝福が、遅れて澪の心へと沁み渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る