第12話 奇妙な男子会?

 海の向こう、オルカナでの遺跡調査を終えたけんたちは、無事イムガイへと帰還していた。


 転移ゲートでの往復が移動の大部分ではあったが、山中を歩き回っての大仕事は心身への疲労を残している。


 今が頑張り時の新人烈士にも休息は必要だ。


「それにしたってよぉ、せっかくの休暇がこれでいいのかぁ?」

「何かご不満でも?」


 テーブル越しにジャンルカの愚痴を受け流しつつ、献慈はノンシュガーのカフェラテをすする。


「不満だらけじゃ! 何が悲しゅうて男二人カフェデートしよん!?」

「口調感染うつってますよ。断られて悔しいのはわかりますけど」


 グ・フォザラ港に程近い、海の見えるオープンカフェ。風は穏やか、日差しも暖かな絶好のデート日和だ。


「やっと打ち解けられたんだしよぉ、ラリッサちゃんとはあと一歩距離を縮めたいっつーか……変な意味じゃなくてよ」


 それも半分本音なのだろう。だが献慈はこれまでの付き合いから、ジャンルカが存外面倒くさい男だと理解している。


「当てつけなんて格好悪いですよ。素直に那海ナミさんのこと誘えばいいじゃないですか」

「なっ……あ、アイツとはそ、そういうんじゃねーし!」


 図星だ。この後、強引に話を逸らすのも知っている。


「お前こそ、みおちゃんと一緒じゃなくていいのかよ? 無理してオッサンに付き合うこたねぇんだぜ?」

「澪姉はラリッサとショッピングだって言ってるじゃないですか。女の子同士の仲に男が割って入るのも無粋でしょ」


 献慈が何気なく言った直後である。


「その心意気、天晴なり……誠に感服いたした!」


 拍手をしながら近づいてきたのは、狐の耳と尻尾を生やした着流しの男性だ。


「え……誰……?」

「オレに訊くなよ!」


 困惑する二人を尻目に、意外と美形な男性は自ら名乗った。


「申し遅れた。拙者はじゅうせいゆん瑠仁るじろう。忍者でござる」

(自分から忍者……)

新月組しんげつぐみ入山いりやまけん殿とお見受けする。以後見知り置き願いたく」


 瑠仁郎は一方的に名刺を手渡すと、風のように去って行った。


「……何しに来たんだ? あいつ」

「さあ……でも、どうして俺のこと知ってたんでしょう?」

「忍者だからじゃね?」

「なるほど……」


 腑に落ちないながら、献慈は無理矢理自分を納得させた。


「それはそうと」ジャンルカはカプチーノを飲み干し、「女子が不在となりゃあ、今こそ男同士の話をするべきだよな?」


 したり顔で提案を持ちかけてくる。これに不穏な気配を察知しない献慈ではない。


「下ネタとか勘弁してほしいんですけど……」

ちげえって! お前はその……ぶっちゃけ澪ちゃんとはどこまで進んでんだ?」

「下ネタじゃないですか! 言うわけないでしょ!」


 献慈の一喝で、ジャンルカは表情を正したかに見えた。


「オレはな、お前らの前向きさに救われたんだ。これからは自分に正直に生きるって決めたんだよ」

「そんな正直さは求めてないです!」

「ちぇっ……献慈のけちんぼ」


 拗ねてしまった。やはりこの男、面倒くさい。


「そういうのは……まだ早いです。ちゃんと結婚してからって決めてるんで」

「真面目か! 若いのによく我慢できるな」

「…………」

「……あ。あれか。こう、お互い……」

「その手つき止めてくださいってば!」


 悪びれぬジャンルカに献慈はイラつきを覚える一方、こんな馬鹿話に興じるのも悪くはないと思えていた。

 とはいえ、騒ぐにも場所をわきまえるべきだった。


 じゃれ合う二人に、ほかのお客から声がかかる。


「ちょっと、ええかな?」

「あっ、すいません」


 旗袍チーパオを着た活発そうな少女。献慈の顔を見るなり、ぱっと喜色を浮かべた。


「やっぱしや! ワレ、何でこないなとこおるん!?」

「えっ? どちら様で……?」


 面識はないはずだが、献慈がとぼけているとでも思ったのか、少女は一層距離を詰めて来る。


「何やぁ、水くさいやんけ! 夏の野山で組んずほぐれつした仲やないか!」


 その発言に俄然、ジャンルカが献慈へ侮蔑の眼差しを向ける。


「お前……結婚前どうこう言いながら、よそで浮気してやがったのか!?」

「誤解ですって! 俺、この子知らないし……」


 献慈の態度に、今度は少女が血相を変えた。


「知らんとか言うなや、献坊けんぼうォ! ボクんこと忘れたんか!?」

「忘れるも何も――え? 献坊って……もしかしてヨンティンくん!?」


 よくよく見やれば、少女の振る舞いや面立ち、とくに太めな眉の形には見憶えがあった。

 以前付き合いのあったおうの烈士チーム・モン三兄弟の「末弟」モンヨンティンがそれだ。


「そうや。やっぱ化粧しとると判りにくいかなぁ?」

「そういう問題じゃ……声も違うし。逆に今まで女の子なの隠してた?」


 献慈の問いに、少女の姿をした「彼」は首を横に振る。


「いや、元から男やで。献坊は知っとるやろけど、指先一つで土遁とか使えるん、あれ何っちゅうか……特異体質のおかげやねん」

「体質……なの?」

「おう。陰と陽の気っちゅうのあるやろ? 陰の方に傾きすぎると女ん体なってまうねんて。ここんとこ悪霊退治の仕事重なったせいやろな」


 他人事のように語りながら、ヨンティンは献慈たちのテーブルにある焼き菓子を勝手につまんでいる。


「よくわからんが大変そうだな」


 ジャンルカが気遣うも、本人は至って平然としている。


「そうでもないで。女のナリしとったほうがアネキ優しゅうしてくれるよってな」

「アネ……お姉さんいらっしゃるのですか!?」


 一転してジャンルカの目の色が変わった。


「おるで。これ写真な。めっちゃ別嬪やろ?」

「すげぇ美人じゃねぇか! しかもエロい! 献慈、お前知り合いなんだよな!? 紹介してくれよ!」


 はしゃぐ独身中年に、献慈は残念なお知らせを告げねばならなかった。


「お姉さん、女性専門とおっしゃってる方なので……」

「そっちかぁ……しゃあねぇな。眼福眼福」


 未練がましく写真に手を合わせるジャンルカを、ヨンティンは渋い顔で遠ざける。


「おっちゃん、もうええかな? ボクこの後、船乗らなあかんねん」

「おぉ、わりい。献慈もちゃんと挨拶しとけよ」

「うん。俺たち今はこの近辺で活動してるんだ。澪姉やラリッサとも一緒にさ――」


 献慈はヨンティンと互いの近況を軽く伝え合い、別れを告げた。


「……行っちまったな」

「そうですね」

「また会えるとよいでござるな」

「はい。…………えっ?」


 隣のテーブルに、まだいた。瑠仁るじろうが。


「む? いかがなされた?」

「お帰りになったはずでは……?」

便所はばかりに行って参っただけでござる。其方そなたらの語らいに水を差さぬよう待っていたまで」


 こちらの不安をよそに、瑠仁郎は小指を立ててティーカップを傾けている。


(この人コワいんですけど……?)


 献慈は目線で訴えるが、ジャンルカからは――オレに言うな――との表情が返って来るのみだった。


新月組しんげつぐみ不在の間、こちらでは動きがござった」

「それは、冥遍めいへんの?」


 献慈は瞬時に察した。瑠仁郎がうなずく。


「拙者ども十字星は邪教に目を付けられているらしい。来たるべき時に備え、新月組は常どおりの行動を心がけていただきたく。彼奴きゃつばらの不意を突くは、其方らの役目にござる」

「なるほど。了解しました」

「同志よ、健闘を祈る。しからば御免!」


 瑠仁郎は忍び走りで会計へ向かい、今度こそ店を去って行った。


「同志……?」

「お前の周り、変なのばっか寄って来るよな。同情するぜ」

「それはどうも」


 ジャンルカが「変なの」に含まれるとは口に出せない献慈であった。




  *  *  *




ヨンティン♂ / ヨンティン♀ イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16817330667383916879


永和ヨンホァ(写真) イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16817330669100928010

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