第2話 オレはヒロインじゃねぇ!

 ジャンルカたちれっの仕事は、何も魔物退治ばかりではない。

 たび引き受けた依頼の目的は、むしろその先にこそあった。


「遺跡の場所ってこっちで合ってる?」

「オークどもに壊されてなけりゃな」


 依頼主は歴史学者で、危険地域にある史跡を調査しているのだそうだ。


「縁起でもないこと言わないでよー」

「悪い。オレだってここまで来て無駄足とか勘弁だからな」

「じゃ、黙って道案内よろしくね」


 ショールを巻き直しながら、みおは悪戯っぽく微笑んだ。

 ぱっと見は年相応な十九の娘だが、長身の袴姿に刀をかんぬき差しにしたたたずまいには、風格すら漂っている。


「澪姉、ちょっと気が立ってない?」

「多分あれじゃ、お腹空きよるけぇじゃ」


 けんとラリッサが口々に言うのを、澪はじっとりとした眼光で黙らせる。


(なるほど、これがリーダーの威厳……とはちょっとちげぇな)


 ジャンルカはバッグを探り、澪に紙包みを差し出した。


「昨日焼いたタルトの残りならあるぞ」

「腹ペコ扱いしないでよ! もぉ……はぐはぐ、もぐもぐ」


 言い放つそばから、澪は奪い取るようにタルトをむさぼり食べる。

 ご満悦なリーダーの表情に、ジャンルカはこのまま専属の菓子職人パスティッチェーレを続けるのも悪くないと思い始めていた。




 その後も二度オークとの交戦があったものの、さほど労せずして目的地へとたどり着く。

 この場所にジャンルカが来るのは三度目となる。


「二十年ぶりだ。懐かしいぜ」

「案内お疲れさま」


 まばらに立つ石柱群の奥に大きな門が構えていた。その下部分は斜面に埋没しており、悠久の時の流れを窺わせる。

 先史民族ドヴェルグの遺構であった。


「全景が映るように、だって。依頼主が」

「じゃったら、もちぃと離れんにゃいけんね」


 ラリッサが収納袋――容量拡大・軽量化を施した魔導具――から写影機を取り出し、スタンドを組み立てる。


「大学で撮影の経験あるんだって? ケンジから聞いたぜ」

「ただのアシスタントな。じゃけぇ、撮るんはジャンパイに任せる」

「おうよ」


 別角度から計四枚、撮影を終えた一行は次の段階へ移る。


「あとは文様の拓本取るだけだね」

「じゃあ門のところまで行こっか」

「…………」


 踏み出す足が重い。手が痺れ、冷や汗まで出てきた。


「……ジャンルカさん?」

「何でもねぇよ。……ってのは通用しねぇか」


 仲間たちが気遣いの目を向けてくる。ここが幼いジャンルカの捨てられていた場所であることを皆知っている。

 リーダーの決断は早かった。


「あなたは一旦離れてて。それから……」

「俺が付いてるよ。ついでに周辺も警戒しておく」


 けんも迷わず名乗り出る。以心伝心。打ち合わせの手間もなく、パーティは自然に二手に分かれた。


 ジャンルカは手頃な岩を見つけ腰を下ろす。


「ふぅ……薄々こうなる気はしてたんだが……」

「気にすることないですよ」


 献慈はそれだけ言うと、古傷には触れず話題を切り替えた。


「それにしても不思議ですよね。石柱の並びが星座に対応してるとか」

「ああ。門の位置がちょうど北極星だとよ」


 ドヴェルグ様式の遺跡は世界各地で発見されている。いずれも山中に建造されていることから、天体観測に使われていたという説が有力だ。


「『門の向こうが異世界へ通じてる』なんて説も昔はあったみたいですね」

「異世界……ユードナシアか。お前さんの故郷だったな」


 入山いりやまけん。この一見して平凡な東洋人の少年――黒髪に紛れた一筋の緑線を除いて――が別世界からやって来た存在だとは、俄かに信じ難い。


「未練は当然ありますけど、みお姉と歩む人生には代えられませんから」

「そうか。いい相手に巡り会えて良かったな」


 背負わされた宿命、それに立ち向かう確固たる意志、まばゆいほどの。

 例えば、小説の主人公を間近にするのはきっとこんな気分なのだろう。


「ええ。本当に――」

「……!」


 迂闊。地上ばかり警戒しすぎていた。献慈を背後から襲う人面の妖鳥ハーピィの影に今さら気づく。

 詠唱は――間に合わない。


(無詠唱でぶっ放すか? だが、そんなことをすれば――)


 安定を欠いた魔力が暴発してしまう。




 「ジャンルカぁっ!! お前が……出しゃばりさえしなければ……!!」




 あの時のように。


「ク……ッ!」


 咄嗟に身を乗り出していた。少年をかばう背中を、魔物の鉤爪が切り裂くのを覚悟する。


「…………?」


 痛みは、ない。

 それどころか、献慈の姿も。


「〈りゅうけん斬朧ざんろう〉――」


 真っ二つの妖鳥が転がるそばで、閃く白刃が献慈の仕込み杖へと収まる。


「ありがとうございます。知らせてくれて助かりました」

「あ……あぁ」


 無様に寝そべったジャンルカに、ヒーローの手が差し伸べられた。

 覚えず胸が高鳴る。身を起こす傍ら、自分にツッコまずにはいられない。


(……待て待て! オレは小説のヒロインじゃねぇぞ!)




 程なくしてみおとラリッサが調査から戻って来た。


「留守番ご苦労さま。……何か二人とも距離近くない?」

「『ジャンケン』コンビは元から仲良しじゃけぇ」

「それを言うなら『献ルカ』でしょ?」

「どっちも同じじゃろ?」

「全然別物だからぁ! 私は断然『献ルカ』派なのっ!」


 心底どうでもいい――と思ったジャンルカだが、面倒そうなので口を挟むのは止めにした。


 一方、けんはこの手の言い合いには慣れっこらしい。


「その話は後で聞くから……。それより首尾はどうだった?」

「文様の採取ならバッチリだよ。あと――リッサ、あれ見せて」


 澪の求めに応じ、ラリッサが画仙紙を広げて見せる。


「依頼とは関係ない思うけど、たちまち写しといたけぇ」


 門の側面に刻んであったという。何らかの文章のようだが、ジャンルカには見当がつかない。


「こいつはオレも知らねぇ文字だな……ん? どうした、ケンジ」

「これ……英語だ」

「エイ語? ひょっとしてユードナシアの言葉なのか!?」


 the key is in the Fire of Babylon.

 …………

 ……


「『鍵はバビロンの火中に在り』――とか、そんな感じ。意味まではわからないけど……多分、詩か何かだと思う」

「やっぱり献慈は読めるんだね。……実物見に行ってみる?」


 献慈はすぐさまかぶりを振る。


「遠慮しておくよ。俺はこっちの世界で生きるって決めたから」

「……わかった。それじゃみんな、支度して。撤収するよ」




 帰り際、ジャンルカは献慈に尋ねずにはおれなかった。


「おい、せっかく見つけた故郷の手がかり、気にならねぇのかよ?」

「今は俺、後ろを向きたくないんです。ただ――」


 いずれすべてを受け入れられるようになったら、過去を振り返るのもいいと思っている――そう口にした若者の顔を、ジャンルカは忘れることができなかった。

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