第35話 オレたちは、どう生きるべきか


坂田忍  オレたちは、どう生きるべきか



 オレの小説『哀・人形シンデレラ』は、ぶっちぎり一位の人気作品にもかかわらず、ネット小説大賞を受賞できなかった。当然、不正行為になど手を染めてはいない。しかし、かわりに受賞した作品はあきらかにいくつかの不正行為を働いていると思われる作品だった。

 サイトの運営から直々の連絡があり、この件について説明がなされた。

 ネット小説の世界で、完全に不正行為を無くすことは到底できないという説明だ。不正行為であるという決定的な証明がなされない限り、不用意に失格になどすることはできないとのことだった。では、なぜ『哀・人形シンデレラ』は受賞できなかったのか? 

 運営の説明によれば、それはまったく別の論点だということだった。要するに一番の問題は寺山安吾なる作家による誹謗中傷的な例の告発文がネット上で話題となってしまったことが一番の問題だった。あの一件で、すっかり〝ナイス坂田〟の名は地に落ちた。このままオレの作品を受賞させたとあっては、サイトの信頼自体が失われてしまうということなのだ。

 無論、運営からの説明自体はもっとオブラートに包まれた、あたりさわりのない言葉だったが、その言葉の意味するものがそういうことなのだということがわからないオレではない。

 後になって考えてみれば、この時オレの作品が非難の的にならなかった場合、その受賞作の不正こそが浮き彫りになり、非難の的となった可能性だって考えられる。しかし、現実はそうにはならず、受賞作品として世に出されることとなった。果たしてオレと、その受賞者の分水嶺はいったいどこだったのか……


 これにて、オレの小説大賞受賞の夢は儚く崩れ去った。ふと気づけば、一社からの内定さえもらってはいない状態だ。来年のオレは作家先生どころか無職でしかない。

 これではどう足掻いたところで、松永さんを救うことはできないようだ。それが、一番つらいところ……

 松永莉那、松永莉那…… オレは小さくつぶやいた。手段を選ばず、人生すべてを犠牲にしながらも、その身の不幸を振り払うことのできない彼女……

「まつながりな

……」

 オレはもう一度つぶやいた。

――ピコン! と小さく音が鳴った。どうやらその言葉に、オレの手に持っていたスマホが反応してしまったようだ。スマホはオンライン上から『松永莉那』を検索して、その一覧を表示した。

そこに、少し気になる記事を発見して、思わず読み入ってしまった。

「ははははははは……」

思わず笑いがこみあげてくる。それに、大粒の涙までが後を追て押し寄せてくる。

その記事によると、松永莉那という女性が詐欺罪で逮捕されたという記事だ。某サービス業で働く二十二歳のその女性は、借金に困っていて助けてほしいという言葉を語り、数名の男性から多額の金銭を騙し取っていたという事件だった。

まったく。女という生き物はまるで呼吸するかのように嘘が付けるものらしい。

 そうだ……きっとそうだたのだろう。彼女の分水嶺はおそらく、手段を選ばなかったことだ。彼女ほど優秀で、努力家な女性をオレは他に知らない。もし彼女が手段を選び、最も誠実な方法で人生を生き抜こうとしていれば、また別の人生があったのかもしれない。 

 まあ、結局のところは希望的観測なのだけれど……

 

 さて、あとは来年無職になることが決定したオレなわけだが、果たしてどうやって生きていくべきか……

 いつものように家を出て、近所の喫茶店に入ろうとすると、そこにはスタッフ募集の張り紙があった。こういう生き方だってまあ悪くない。なにも一生続けていく仕事というわけでもないのだ。

 ネット小説にしても何もやめてしまう必要なんてない。〝ナイス坂田〟のペンネームを捨てて新しいペンネームでまた出直せばいいだけのことだ。実力のあるオレのことだからきっとすぐに人気作家になることだろう。あるいは来年の新人賞に再び応募するというのも悪くないかもしれない。その頃には渉のやつが編集者となって待っているかもしれないが、そんな奴の力を借りるつもりは毛頭ないし、どうせそんなコネが役に立つ世界だとは思っていない。

 さて、では来年の新人賞あたりで、渉が用意したという筋ジストロフィー患者のボランティア記録というやつを小説風にアレンジして送ったとしたら、奴はどんな顔をするだろうか。あるいは渉の代わりに書いてやったあの出鱈目すぎる名作著書の読書感想文を送りつけてやると言うのも面白いかもしれない。過去に犯した自分の不正がばれるのではないかと慌てふためく渉の姿を想像しながら執筆するというのも悪くないかもしれない……

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