第22話 みんなで力を合わせて頑張るぞ!
私はラジオ体操の会場で、何度も周囲を見渡していた。
平川優芽に会わなきゃいけなかったから。
でも、平川優芽は毎回ラジオ体操に来てるわけじゃなかったから、不安だった。
誰とも目を合わせないようにしながら、いろんな人の顔だけを見る。
ちがう人、ちがう人、ちがう人……
どんどん不安が大きくなっていった。
昨日、一昨日も探したけど会えなかったし、今日も明日も会えなくて、そのまま全部手遅れになっちゃうんじゃないかって思えてくる。
……ほんとは一人で全部なんとかしたかった。
子供だから、大人をたよらないと何もできないのがイヤだった。
目に涙がたまってくる。
誰にもバレたくなかったから、うつむいて公園のすみっこまで走った。
「……バカ、バーカ」
木の陰にかくれて座ってたら、ラジオ体操が始まってしまった。
全部イヤだった。ペットの大人が早く帰ってくれば良いのにと思った。
私は無理やり涙をひっこめて、公園のみんながいる方に歩いて行く。
行かなくても良いかなって思ったけど、ペットの大人がラジオ体操に毎日行ってるのをすごいって言ってくれたから。
ちゃんと手をのばして、体操する。
まわりのやつは、みんなヘロヘロした動きでダサい。
やりたくないなら来なきゃいいのに、てきとうに来ててきとうに帰ってるのもダサい。
全部きらい。
深呼吸が終わるときには、もう涙は落ち着いていた。
平川優芽が帰る前に見つけないといけない。
私は公園の入り口の方を見て、絶対見のがさないようにしたけど、全然見つからない。
少しずつ、公園の中から人が減っていく。
スタンプももらわないといけないのに……どうしよう。
また涙が出そうになった。
小学生になって一回も泣いたこと無かったのに、なんでこんなに泣きそうになるんだろう?
なんかもう、自分が落ち着いてるのか落ち着いてないのかも分かんなかった。
「……あれ、あゆみさん?」
振り返ったら、いた。平川優芽が。
「ど、どうしたの? え、泣いて、あ、と、大丈夫かしら? 浅野は一緒じゃないの?」
「ぁ、ぐ、うぅ……」
すぐに説明したかったけど、涙が止まらなくて全然しゃべれない。
恥ずかしくて、でも涙をふこうとしたらすごい泣いてるって思われる気がして、何もできなかった。
「だ、大丈夫、落ち着いてからで良いからね?」
平川優芽に気をつかわれてる自分が、バカな子供みたいで恥ずかしかった。
こんなの、私もクラスのやつらとも全然変わんないって思われる。
このまま泣いてちゃダメだと思って、私はスマホの画面を見せた。
「えっと、地図? GPS? かなり遠くの町みたいだけど」
「それ、アイツの、浅野のいるばしょ……」
「えっと?」
平川優芽は困惑したように私を見てくる。
「ちょっと、待ってて、スタンプもらってくる」
涙がひっこんだから、私はスマホを平川優芽にわたしたまま、スタンプの方に行った。
+++++
「————つまり、これはアイツに渡した防犯ブザーの現在位置を表示しているのね?」
スタンプをもらって帰って来たあゆみさんは、コクリと頷く。
彼女の話を聞くに、姉と夏休みのあいだ遊びに来ていた浅野が、三日前からいなくなったのだと言う。
「どうしても親御さんは頼れないの?」
再び、あゆみさんはコクリと頷く。
「浅野、取られたくないから、お願い、します……この地図の場所まで、連れてってください」
あゆみさんは深く頭を下げる。
「今日中に帰るなら新幹線に乗らないといけないし、さっさと駅まで行きましょ?」
彼女はまだ何かを隠していそうな気がしたけれど、それだけの理由で断るほど私は人間不信じゃない。
何より、アイツが人からここまで慕われているというのが嬉しかったから、助けてあげたかった。
「え、連れてってくれるの?」
「ええ」
私が肯定すると、あゆみさんは丸かった目を更に丸くする。
「新幹線のお金、時間かかるかもだけど、ちゃんと返します……!」
「別にいいわよ、私はお金かかる趣味とか無いし。それよりほら、どうせなら向こうでちょっと観光とかしたいし、さっさと行くわよ?」
そう言って私は、最寄り駅を目指す。
あゆみさんはまだ何か言いたそうだったけれど、大人しく付いて来ることに決めたようだった。
それにしても……
ネットで切符代を調べながら考える。
あゆみさんや私の連絡に、浅野から返信が無いのは少し変だ。
急にあんなところまで遠出するというのも、引きこもりがちなアイツらしくない。
……というか、あゆみさんのお姉さんとはどういう関係なのだろう?
アイツを受け入れてやれるのは、私くらいのものだと思っていたけれど。
それとも、また中学の頃みたいに戻ったのかな?
でも、前に図書館で会ったときは、そんな感じじゃなかったし。
「……あ、そろそろ駅ね」
「うん」
私たちは窓口で切符を買い、丁度出発するところだった電車に乗り込む。
子どもは大人料金の半額とはいえ、結構な出費だ。
でも、まあ、別に良い。親も頼れない子どもなんて、私くらいしか助けてあげられないだろうし。
あゆみさんは、つまらなさそうに車窓から外を眺めていた。
これから二時間半、乗り換えなんかも考えたらもう少しかかるけれど、どうあれ子どもには少々退屈な時間になりそうだ。
……あ、でも、最近は小学生でもスマホを持っているから、そうでもないのかしら?
車窓に向いていた彼女の目は、何気ない仕草で私に向けられた。
逆に、私はなんとなく視線を逸らす。
「……ねえ、平川さん」
その声がとても深刻そうで、私は慌てて彼女と目を合わせた。
「大人も、なやみってあるの?」
「えっ、と……あるんじゃない? たぶん。少なくとも、子どもより沢山」
「平川さんも?」
「私もまだ子どもだけど……でも、うん、昔よりも悩みは増えたわ。だからそれで、たまに全部が嫌になるの」
一番に思い浮かぶ大人は、父と母。
二人とも昔から喧嘩ばかりで、それはきっと私よりも更に大きい悩みがあるから。
だから二人は、どうでもいいようなことで喧嘩する。きっと、そう。
「……今より、なやみ増えるんだ」
あゆみさんは静かに呟き俯いた。
「ええ、でもね、自分なりに悩みから逃げる方法とか、解決する方法とか、そういうものはきっとあるから、大丈夫」
「平川さんも、そういうのあるの?」
「私は……アイツの世話かしらね」
「好きなの?」
あゆみさんは真顔で聞いてくる。
「別に好きってわけじゃないけど、ね。私とアイツ同じ中学で、そのときにちょっと色々あって……私がアイツの世話しなきゃって」
「…………」
あゆみさんは黙って聞いている。
これは、あのときの話をしなければならないということだろうか?
あまり思い出したくはないけれど……でも、まあ、良いか。
ちょっとした時間つぶし。
+++++
私と浅野が初めて会ったのは、中学ニ年の冬。
新生徒会の顔合わせのときだったと思う。
私はアイツと役職が違ったから互いにあまり関わりは無かったけれど、何となく真面目で静かなやつなんだってイメージは持ってた。
逆に、私はあんまり真面目なタイプじゃなくて、どっちかというと人の顔色を見て仕事をしたりしなかったりする感じ。
家に居場所が無かったから、とにかく学校での居場所を失いたくなかったの。
でも、やっぱりサボってる負い目は感じてて、だから目立たない仕事をずっとやってるアイツはよく目についたわ。
しかもなんか偏執的で、あっちはあっちで自分を守るために必死な感じ。
で、まあ、私がアイツを一方的に認識してる感じだったんだけど。
その後、色々あったのは文化祭ね。
先生が急に、生徒会からも文化祭で出し物をしようって言い出して、モザイクアートをすることになったの。
あ、モザイクアートっていうのは……なんて言えば良いかな?
沢山のコピー用紙に小さいマスが方眼紙みたいに並んでて、それぞれのマスを決められた色で塗るの。
で、塗り終わったコピー用紙を組み合わせて、遠くから見たら大きな絵になってるっていう。
これがまた面倒でね、いちいち5ミリくらいのマスを一つ一つ塗っていって……ほんと、あんなの続けてたら頭がおかしくなるわ。
それを、完成するまで生徒会役員は毎日昼休みを使って塗るようにって先生が言って。
最初の日は一応みんな来たんだけど、肝心の先生が来なくて。
で、次の日、誰も行かなかったわ。部活とか、色々理由をつけて。
……アイツ以外は。
私も最初、アイツが来てるって気が付かなかったんだけど、たまたま昼休みに生徒会室の前を通ってね。一人で塗ってるのを見たの。
一緒にいた女子達は、それ見て「真面目アピールかよ」とか言ってて。
私もなんか笑って誤魔化しちゃって。
その日からかな? こんなところが私の居場所なのかなって、悩むようになった。
でも、結局そのまま。たまに様子だけ見に行って、でも勇気が出なくて手伝えなかった。
それから、文化祭の五日前くらいかな?
先生がモザイクアートの進捗を確認したらしくて。
残りはあと三割くらいだったんだけど、先生が一回集中してやって今日の放課後に全部終わらせようって。
そのときは、なんか和気藹々としてて、だけどアイツはだれとも話さず一人でやってて。
見てらんなかったけど、やっぱり私は友達の女子と雑談しながら作業してた。
それで、その日の放課後にちゃんとモザイクアートは完成したの。
その絵がね、地元の小学生に描いてもらった絵なんだけど、絵の下には文化祭のスローガン「一致団結」って書いてあるの。
なんだかなあって見てたら、皆でやったときに一番作業が速かった生徒会長が「7割は俺が完成させた」なんて冗談を言ってて。
でも、みんなサボってたから、なんかそれが事実みたいになっちゃって……
アイツが「なんだそれ」って言って生徒会室から出て行ったの。
それから、アイツは何にも頑張らなくなって、すぐに諦めるようになった。
中学の最後の方はそれで先生に怒られてたりもして。
だから、考えるのよ。
私がみんなの勘違いを正せてたらとか、私は見てたってアイツに言ってあげられてたらとか。
それ以降、何となく学校で人といるのも嫌になって、高校では友達作れなかったんだけど、たまたまアイツも同じ高校だったって気づいて……それ以来、私はアイツの世話焼いてるのよ。
それが、アイツの世話を焼く理由よ。
私は話をそう締めくくり、チラリとあゆみさんを見た。
彼女はとても、嫌そうな顔をしていた。
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