第7話 ザコすぎ、お手本見せてあげよっか?

 ノックをする。


「…………」


 女子小学生からの返事はない。


 少し待ってから再びノックをしたが、やはり返事は無かった。

 部屋の中から音楽が聞こえるので、中にいないということは無さそうだが。


「……まあ、致し方あるまい」


 俺が諦めて一階に戻ろうとしたところで「どうぞ」と小さい声が聞こえた。


「失礼……」


 中に入ると、女子小学生は携帯ゲーム機でRPGをやっていた。

 どうやら聞こえていた音楽はゲームのBGMだったようだ。


「ゲーム画面、見てても良いだろうか?」


「別に、いいけど……」


 俺はそっと女子小学生の隣に座る。

 そして、ただゲーム画面を眺めていた。ぼんやりと考え事をしながら。


 考えるのは、名倉さんのこと。

 心に引っかかったのだ、自分を取り繕って周囲が優しくてくれるのであれば、それで良いのではないか? という彼女の考え方が。


 俺はずっと、自分を曲げて周囲に合わせることを敗北だと考えていた。だから、取り繕うという形ではなく、諦めという形で周囲を見下し誤魔化してきた。


「……うるせー」


 もやもやと胸がわだかまるのだ。

 はあ、こういうのがあるから人と関わるのはあまり好きでは無い。


 女子小学生はチラリとこちらを見た後、ゲームの音量を最大まで上げた。

 ガンガンと音が耳に響く……。


「ああ、すまない。別に君に言っていたわけではないんだ。ただ、少し先ほどの会話を思い出してね」


「なーんだ」


 女子小学生はゲームの音量を元に戻すと、画面を見ながら言葉を続けた。


「お前さ、私のこと、なぐさめたり怒鳴ったりしなくて良いの?」


 以前にも似たような質問をされた気がする。

 この質問は、女子小学生にとってどんな意味を持つのだろうか?


 考えても、求められている答えは分からなかった。

 まあ、分かったところでその通りに答えるつもりも無い。

 俺は名倉さんとは違うのだ。


「……別に俺は怒鳴りたくないし、君もなぐさめられたい訳ではないだろう?」


 女子小学生は、ふんっと鼻を鳴らす。


「じゃあ、なんでこっち来たの? 名倉花香にしっぽ振ってれば良いじゃん」


「いや、あのままだと名倉さんに論破されそうだったのでな」


「……ふふ、なにそれ」


 女子小学生は小さく笑うと、チラリと俺の顔を見た。


「お前、さ、名倉花香と相性悪いんだし、私とだけ話してれば良いじゃん」


「どうした、急に」


「……別に。私のペットのくせして、ほかのやつにしっぽ振ってんのがむかつくだけ」


 ゲームのキャラが敵に止めを刺した。

 女子小学生はパタパタと足を揺らす。

 そして、そのままゲーム機の電源を切ると、しげしげと俺の顔を見つめた。


「どうしたのかね?」


「ばーか!」


 くりくりとした目で俺を真っすぐに見つめ、女子小学生は言った。


「……うん?」


「うざい!」


 彼女は真顔のまま罵倒を続ける。


「ざこ! きもい! くさい!」


「え? 臭い?」


 急な罵倒に困惑していたところ、突然の具体的な指摘に俺は急いで自分の服を嗅ぐ。


「……ウソ、くさくない」


 そう言いながら、女子小学生は軽く俺の足を蹴った。

 次に、ぐりぐりと俺の足を踏み始める。


「…………えーと?」


 だんだんと、踏む力は強くなっていった。


 ぐりぐりぐりぐり。


「そろそろ痛いから止めてくれ」


 女子小学生は小さく鼻を鳴らすと、再び弱い力で俺の足を踏み始める。


「……お前、なんで怒鳴らないの?」


 小さな声だった。


「怒鳴っても、コミュニケーションは取れないと考えているからだ」


 女子小学生は「ふーん」と呟く。


「あのさ、さっきの悪口ね、元母親が元父親に言ってたのとか、大人が私に言ったのとか、そういう感じ」


「そうか、それは……そうか」


 俺は何かを言おうとしたが、肝心の言いたいことが見つからなかったため口を噤んだ。

 そんな俺を見て、女子小学生は更に言葉を続ける。


「私の元母親、元父親と離婚して名倉花香の親と再婚してんの。それで、夏休みに新婚気分でハネムーンだってさ、バカでしょ。私が邪魔で上手に家族ごっこできないから、私をいないことにしてごまかしてんの」


 女子小学生は溜息を吐くと、パタンとベッドに寝転ぶ。


「名倉花香も連れてけば良いのにね……早く、一人になりたいもん」


 俺も同じように思っていたから、気持ちは分かった。

 そして事実、今の一人暮らしはとても居心地が良い。


「教えてあげよう。周囲の大人は一人暮らしを始めると、したり顔でホームシックになる等とほざいてくるが、あれは嘘だ」


「……やっぱ、そうなんだ」


 彼女は柔らかく笑った。

 だから俺は、少しばかり調子に乗って更に言葉を続ける。


「そして、あの表情をしている時の大人が言った言葉は、ことごとく嘘だ」


「ふん。お前、今まさにその表情してるけど」


 そう言うと女子小学生はけらけらと笑った。

 楽しそうだ何よりだ。全く。


 俺が微妙な表情を浮かべていると、ひとしきり笑って満足したのか女子小学生が再びこちらを見る。


「別に私、お前のこと信用したわけじゃないから」


「ああ、分かっているとも」


 俺の返事に女子小学生はつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「大人のくせに……バーカ」


 その後は、昼飯の時間になるまでひたすら対戦ゲームをやった。

 そこそこ良い勝負だったのではないかと思う。



+++++



「あのっ、お昼ご飯できたよ~」


 名倉さんがドアから半分だけ顔を覗かせて声をかけてくる。

 そのタイミングで、ちょうど俺の操作キャラが死んだ。

 ゲームセットだ。


「分かった、ちょうど一区切りついたところだ」


 俺が立ち上がろうとすると、女子小学生に服の裾を掴まれる。


「やだ、もう一回やる」


「いや、俺は下で昼飯を食べるから。手を放してくれ」


「じゃあ、こっちでカップ麺食べれば良いじゃん」


「俺には確認したいことがあるのだ。だから名倉さんの昼飯を食わねばならない」


 女子小学生は「……あぁ」と察したような顔をして、服の裾を離した。


「お前の予想通りだと思うけど。まあ、食べたいなら食べれば?」


 俺は頷き、名倉さんに続いて階段を下りる。

 足枷をガチャガチャ鳴らしながら尻を擦るようにして下りる様を、名倉さんは気の毒そうに見ていた。が、特に何も言われることはなかった。

 助けてくれても構わないのだが……


「今日のお昼は、カレーだよ~」


「なるほど」


 皿によそわれたカレーを眺める。

 朝の食パンのように黒焦げというわけでも無さそうだ。


 俺は一口カレーを食べる。


「……なるほど」


「どう、かな?」


 どうかと問われれば、米には芯が残っており、ルーは液状、更に野菜は生煮えで、とても美味しいとは言えない代物である。

 最低限、肉には火が通っているのがせめてもの救いだ。


「名倉さんも食べてみてくれ」


 俺の返事に、名倉さんも自分の分を口に含む。


「う~ん、ちょっとお野菜が固いかな? でも、まあ、ふつー?」


 正気か……?


「ちなみに、その普通という評価は何を基準に下している?」


「えっと、ママかな? あと、昔に林間学校で作ったときもこんな感じだったな~って」


 ……なるほど。

 この味は母親が原因か。


「ちなみに、給食や外食で食べたものと比べてどう思う?」


「えぇ! さ、流石にお外で出されるレベルと比べられたら困っちゃうよ~」


 あわあわと名倉さんは手を振る。

 その反応を見て、どうやらこのままでは改善の余地が無さそうだと理解した。


「なあ、これから食事は俺が作っても良いか?」


 いつもならば諦めて出されたものを出されたまま食べるのだが、この時は柄にもないことを口にした。

 何故だろう? 少し考える。


 ……名倉さんの前で何かを諦めたとき、俺の今までの生き方も、他人に合わせているだけではないかと指摘された気になるからかもしれない。


「え? でも、浅野くんは一応ペットさんなんだよね? その、気をつかってくれなくても大丈夫だよ~?」


「……そうか、分かった」


 少しばかり自分から動こうとした結果、棄却された。ので、諦めた。

 というか俺、この家の共通認識としてペットなのか。


 カレーの二口目を口に含む。

 ねっちょりとした米と嫌に固い野菜は、しばらく会っていない母の味の記憶を喚び起こした。

 カレーでいっぱいの皿を見る。

 もう一度忘れるには、少しばかり時間がかかりそうだ。


~~~「バカな大人観察日記」~~~


7月30日 土曜日


今日は、捕まえた大人とかくとうゲームをしました。

大人は、やっぱりザコだったので、よゆうで勝てました。

めちゃくちゃ下手クソだったから強いキャラを教えたのに、弱かったです。

子供に、かくとうゲームでも勝てないのに、えらそうで、大人はかっこ悪いと思います。

明日は、別のゲームでボコボコにしてやろうと思います。


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