子どもたち

「ねえ、なにやってるのイルさん!? クソ、君がやらないなら僕が――!」


 小枝を構える。


 魔力が流れマナの捕集が開始される。


 枝の先に無属性ホワイトの魔法陣が現れ、


「待て!」


「――ガフッ」


 イルが止めに入るより早く。


 魔王は血を吐いて膝をついた。


「ロキ!? どうした!?」


「ゲホッ、ッガァッ。くそ、こんな時に……!」


 駆け寄りその身体を助け起こすイルのことを、シリウスはじっと見ていた。雪原に暗い雪が積もる。


『……止めておけ、小僧。その身体、もう限界なのだろう。未熟な身体で魔法を使いすぎだ。無理をしてもいたずらに死期を早めるだけだぞ』


「っ、うるさい……っ! 元はといえばあんたのせいなのに……! 魔王になんてなりたくなかった……。君も、放せ!! 子どもは殺せないとか、ふざけるな!!」


 そう叫び大人イルの手を振り払おうと魔王はもがく。


 その身体を、


「放すかよ」


 イルは後ろからそっと引き寄せた。


「悪ィ。子どもオマエの言うことはできるだけ聞いてやりたいけど、それはダメだ。オマエをひとりにはさせない。……そォだよな。好きで魔王になったわけじゃないもんな。……今まで、大変だったな」


 魔王の動きが止まる。湖面がうねる。


 それを見ていた雪原にまた暗い雪が積もる。


 イルは顔を上げ、その雪景色を真正面から見つめた。


「シリウス」


『な、なんじゃ!?』


 ビクリと肩を震わせ、わずかに身を引く。


 微かに怯えたその顔を真っ直ぐ見たまま、


「オマエ、魔王になる前はドラゴンに何度も――十回も殺されてたンだよな……」


『なんじゃ、だからどうした!? そのせいで頭がおかしくなったとでも!? 殺されたこともないくせに勝手なことを――』


「――いや」


 そォか、と呟く。握っていた剣が緑色グリーンの光になって霧散する。下を向いて息を吐く。


 再び上がった目は真っ赤で、


「つらかったな」


『!? ~~~~っ!』


 声にならない声を漏らす。


 積もった暗い雪がみるみる解けて涙となって溢れ出る。


「なァ。オマエも、こっち来いよ」


『……。よいのか……?』


 ためらうように言う彼に笑いかける。


 傍らの魔王は膝を抱えて、顔を隠すようにその両腕に頭を突っ込んでいた。ふたりの会話など聞こえていないかのように、先ほどから押し黙っている。


 シリウスはそれをチラチラと見ながらこちらに寄ってきた。すいっと空中を移動して魔王と反対側に腰を下ろす。


 少し距離のある彼の頭を撫でようとして、


「……あァ。本当に触れねェンだな……」


 イルの右手は空を切った。


「……馬鹿。言ったじゃん。幽体は触れないって」


「そォだな、オマエの言う通りだった。もしかしたら、って思ったンだけどな……」


 下を向いたまま小さな声で言う魔王の頭をポンポンと撫でる。


 それから反対側のシリウスを向いて、


「悪ィ。触れたらさ、オマエのことも撫でたり抱きしめたり、できたンだけどなァ……」


『~~~~! グスッ、うわあぁ~~~~ん!』


 シリウスはとうとう大声をあげて泣き始めた。


 触れないと知りつつもその肩を引き寄せる。その手はまた空を切ったが、シリウスはイルに縋りついた。半透明の手が肩に沈む。


 その反対側で、小さな魔王も肩を震わせていた。そちらもそっと引き寄せる。魔王は抵抗せず、イルの脇に小さな肩がぶつかった。


 右側に初代魔王。

 左側に当代魔王。


 泣きじゃくるふたりの小さな魔王に囲まれ、大人イルはただ静かにその頭を撫でた。


「……そォだな、俺にオマエらは殺せねェや。ふたりとも、今までよく頑張ったな。……けど、このままでいいとも思えねェ。だからさ、聞かせてくれよ、シリウス。十回の人生で何があった。十一回目で何があった。……どォして、魔人を作って国中にこンな魔法をかけようと思った? ……オマエも、それでいいか?」


 左側に顔を向ける。小さな魔王は顔を伏せたまま、


「ズズッ、そんなの、僕がさっき話したじゃん。わざわざまた聞く必要なんて……」


「あァ、そォだな。けどさ、俺はコイツの口から直接聞きたいンだ。もしかしたら伝わってなかった話があるかもしれない。誤解してた話があるかもしれない。だから、さ」


 頼むよ。そう言って背中を撫でる手のひらの暖かさを、魔王はただ感じていた。


 鼻水をすすり顔を伏せたまま、


「好きに、すれば……。どうせ僕が何言ったって聞くんでしょ」


 ありがとな。


 そう優しく肩を叩かれ、魔王はますます顔を沈めた。


「……さて、シリウス。……落ち着いたか?」


『ぐすっ。うぅ……』


「ゆっくりでいいから。教えてくれよ、オマエの話を」


『……聞いても、』


 掠れた、微かな声だ。イルは穏やかに聞き返した。


「うん?」


『聞いても、怒らぬか? 僕のことを、嗤わぬか――?』


 雪原に映る光が表面の水で乱反射する。


 雪の積もった大樹の、その大きな葉で。イルはそれを優しく受け止めた。


「あァ。約束するよ。絶対に嗤ったりしないし、怒りもしない。だからさ」


 話してくれよ。


 大樹の葉に反射した陽光が雪原に映る。


 暖かなその光に照らされ、シリウスは訥々と語りだした。

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