問い

「……ど、どォいうことだよ……。なンでアイツを殺して……。いや、なぜ魔人がシリウス様の名を……? それより、魔人が人間……?」


 この部屋はよく見ると窓がひとつもない。その分防音はされるのかもしれないが、換気の面で言えば最悪だ。


 充満する血の匂いの中、イルは動揺のままに言葉を発した。


 魔王はそんなのひとつも聞こえていないかのように、


「最っ悪。全身血だらけ。今すぐ着替えたい……。けど、一応君から目を離すわけにもいかないか……」


「まおーたん、これ」


 尾狐がどこからともなく布切れを差し出し、魔王は無言でそれを受け取った。ごしごしと顔を拭い、また黙ってそれを突き返す。尾狐も何も言わずに受け取ってしまい込んだ。


 それから魔王は机の上をズカズカと歩いた。そして椅子の前まで来てどかっとそれに腰を下ろす。あの大きすぎる椅子に。


 厚手のズボンも皺のないシャツも真っ赤に染めて。


 頬に拭い残した血の跡をつけ。


 魔王は再びイルを見下ろした。


「さて。お待たせ、イルさん」


「…………なぜ」


「うん?」


「なぜアイツを殺した……。なンで、テメェが、わざわざ……」


「うぅん? それ最初に聞くんだ?」


 呻くような問いに魔王の表情はきょとんとなる。年相応の純真な目を向けられ、イルは思わず顔を逸らした。


人間君らからしたらひとまとまりに見えるかもしれないけどさ、魔人僕らだって一枚岩じゃない。一応みんな魔王には従うけど、派閥とか勢力とかあるもんさ。聞いてたんだからわかるだろ。リアは僕の反対勢力だった。なら、消えてもらった方がいい。それだけのことだよ」


 そっと顔を盗み見るとなぜこんなことを聞くのか不思議そうで、イルは少し上げた視線をまた逸らした。


「いや、いい、わかった。……わりィ、馬鹿な質問だった」


「まったくだよ」と鼻を鳴らす少年の足元で、イルはうつむいたまま唇を噛んだ。


(クソッ、本当に馬鹿な質問だ……。本人に聞いてどうする。ンな残酷なこと、答えさせて……)


 後悔しても口から出た言葉は取り消せない。


 イルは拳を握って息を吐きだし、やっと前を向いた。


「……最初に言ってた、魔人は人間を攫って作るとかいうの。本当かよ」


「うん、本当だよ」


 固い声で聞いた質問に随分軽い答えが返ってきた。


 多少は予想していたことだが、イルは深々とため息をついた。


「マジかよ。信じらンねェ……」


「そう? 君が一番の証拠だと思うけど?」


「……どォいうことだよ」


 聞き返すと魔王はまた立ち上がった。語りながら近づいてくる。


「――十年前。僕はまだ目覚める前だったから、全部聞いた話だけど。ここテウメスで、いや、この魔王城である大事件が発生した」


「……事件」


「そう、それは――受容器手術直後の魔人の脱走。そりゃもう、大層な騒ぎだったらしいよ。脱走自体は過去にも数件あったみたいだけど――この件が他と違うのはね」


 魔王の口元が上がる。指を一本立てて、


「彼は角山羊に・・・・なる予定だった。そして脱走した魔人はとうとう見つからなかった――十年経った・・・・・今でも・・・


「――!」


 イルの目が見開かれる。


 正面に立つ魔王は反対ににやりと目を細め、立てた指をイルの顔に――いや、額に向けた。


「大体さあ、珍しいんだよ、今どき。いや、珍しいってもんじゃない。もういないんだよ。数百年前じゃあるまいし。さすがの初代様の呪いだって、もうそこまでの効力は持ってない。魔王を倒すなんて言って・・・・・・・・・・・ここまで乗り込もうと・・・・・・・・・・してくる奴・・・・・もういないんだ・・・・・・・。結局、通りすがりのせいで台無しになってしまったけど……そんなの、どこかで頭の中・・・・・・・いじられでも・・・・・・してなきゃ・・・・・あり得ないんだよ・・・・・・・・


 全身の血の気が引くのを感じる。


 朝顔を洗うたび、何かヘンだと思っていた。

 イヤなことを思い出しそうで、鏡を見るのが嫌いだった。


 その気持ちを覆い隠すように額当てをしていたけれど――この額当てはどこで・・・・・・・・・手に入れた物だっけ・・・・・・・・・


 それに――。


頭の中をいじられた・・・・・・・・・、だと――!?)


「あは、もうわかるだろ。十年前に脱走した魔人、いや、魔人の成りそこない。――君のことだよ、イルさん。君は角山羊になる・・・・・・・・はずだった・・・・・


 魔王の瞳に映る、イルのしている特徴的な額当てがきらりと光る。


「そ、そンなワケ……」


 荒い息を吐くイルの顔を、魔王はしゃがんで下から覗き込んだ。少年の顔に楽しそうな笑みが浮かぶ。


「あは。覚えてないんだぁ。じゃあ、思い出させてあげるよ」


 また小枝を向けられる。その先には精神属性パープルの光が浮かんでいて。


記憶読取魔法メモリーリード


「あ、あ……あああああああ!!!!!!」


 魔法陣が広がる。

 十年分の記憶が巻き戻される。


 頭が――額が痛い。


 途切れ途切れの断片が浮かんでは消え、また浮かんでは消え。


 イルの意識は記憶の湖に沈みこんだ。

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