子ども

「くそ、ふざけるなよ!! こんなポッと出の、通りすがりの人間の一言で救われやがってぇ……! そんなの、何も解決してないじゃないか!? 君はこっち側のはずだろう!? 僕は、僕は! ずっと待ってたのに!!」


 握った小枝を折らんばかりに握りしめる。


「許せない……っ! 僕は四年間ずっと君を待っていたのに……! 君しかいないのに……。ただでさえ成りそこないの上に、こんな腑抜けになりやがって!!」


 魔王の強大な魔力が吹き荒れる。魔法にもなっていないただの実体のない力エネルギーなのに、それはビシバシと周囲の者の肌を打った。


 ――ゴウッ! ひとしきり暴れた魔力はマナを捕らえ集まり、


「――使えない人間はいらない」


 枝の先に身体属性シャトルーズの魔法陣を灯した。


 その光は魔王の顔を下から不気味に照らし出した。


「ニャ!? やめなよまおーたんっ! そんニャ立て続けに魔法使ったら……。それに今このニンゲンを逃したらもう次ニャンてニャいよ!!」


「……うるさいっ。うるさい、うるさい、うるさい!! 黙れメイ!! 魔人の分際で僕に指図する気か!? 僕は魔王だ!!」


「それでもっ。ここは退くわけにはいかないニャア!」


 自分のことを殺そうとする魔王と、それを止めようとする魔人。


 その奇妙な光景をイルは呆けたように見つめていた。


 尾狐族に腕を掴まれ暴れる魔王。


 彼がどんなに恐ろしいと言われる存在でも、実際街中の人間を眠らせるほどの強大な力を持っていたとしても――その姿はただのひとりの子どもにしか見えなかった。


 我儘で、傲慢で――、そして寂しい、ただの子ども。


 目の前で繰り広げられるやり取りは自分の生死にも関わることなのに、イルの頭にはおよそ関係のない疑問がぼんやりと浮かんでいた。


 この魔王を名乗る少年はいったい何歳なンだろう、と。


 身体つきから十四歳四つ下の妹よりは年下に思える。十歳のメリクよりは年上だろうか。


(けど、あの顔つき……。それに立ち振る舞いや喋り方も……たまに危なっかしいが俺より年上に見えることもある。いったいいくつなンだ?)


 そしてその疑問はぽろりと口からこぼれた。


「オマエ、いま何歳だ?」


「……は?」


 魔王と魔人はぴたりと動きを止めた。一斉に視線がこちらに集中する。


「ア、いや……。なンでもねェ……」


 その視線から逃れようと首を逸らしたイルの向こうで、魔王は鼻を鳴らして枝を振った。魔法陣が光の粒となり崩れ去る。


「もういいや。興が削がれた……。その質問、今する?」


 少年は脱力し尾狐の手を逃れた。それからため息をついて、思い出すように、あるいは疲れたように額に手を当てた。


 イルはその姿をじっと見た。よく見ると彼の目の下は暗く影になり、頬は青く生気がない。黒い瞳は湖の底みたいに、暗く静かに、けれど確かに淀んでいる。


「……あの時点で八年、そして目覚めてからは四年。僕が生きてた時間は十二年だ」


「十二か……」


 魔王の言い方には引っかかったものの、イルの見立ては概ね正しかったようだ。


 そして考える。


 ラスタバンの広場で聞かされた、彼の「お願い」。


 いったいどんな気持ちでこの少年はあの言葉を口にしたのかと。


(あの時の表情、全部思い出せる……。まだ十二歳の子どもが、あんな……)


「で、いきなりそんなこと聞いて何なのさ。君は状況わかってるの?」


「……何でもねェ、ただの気まぐれだよ。それより、オマエこそ何なンだ。さっきからワケのわかンねェことで喚きやがって。俺のことについてもやたら詳しかった」


 あの言葉の後に彼は言っていた。「けどその前にやることがある。長い話になる」、と。


 アリィの言葉で救われたとは言え、復讐心が全て消えてなくなったわけではない。今でも魔人たちの翼や尻尾が目に入る度、心の奥がざわざわと逆撫でられる。それに彼らが何か企んでいるのは間違いない。


 けれど――まずはこの少年の話を聞きたいと思った。


 後のことなんて、それから考えればいいと思った。


 息を吸って吐いて、胸の中の空気を入れ替える。少年に視線ピントを合わせ、彼が湛える湖を真っ直ぐに見据える。


「教えろよ、魔王。オマエは何を知っていて、俺に何を話そうとしている」

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