第2話 邂逅

玄関街・ラスタバン

 誰かが近づいてくる気配を感じメリクは顔を上げた。その動きに合わせて灰色の髪がふわふわと揺れる。


 その「誰か」が自分たち親子を助けてくれた青年だとわかった途端、彼のいたずらっぽいつり目が大きく輝いた。


「イルにい、おかえり! もう仕事終わったの!?」


「オウ。メリク、おかみさんを呼んでくれないか。精算したい」


 イルの言葉にメリクは頷き、アリィを探しにふわふわの髪を揺らして駆けていった。


 ここは玄関街・ラスタバン。その中心部に位置する、アリィが営む宿屋兼便利屋組合にイルは滞在していた。


 あの盗賊騒ぎからはすでに十日が経とうとしている。


「お帰りなさい、イルさん。喧嘩の仲裁はもう終わったの? 相変わらず早いわねえ」


「ああ、まあ……。素人の殴り合いだったンで」


 メリクに手を引かれやってきたアリィに、目を逸らしながら答える。別にやましいことがあるわけではないが、いろんな人間に散々目つきが悪いと言われ続けてきたせいか、目を見て話すのは苦手だった。


 それをメリクがキラキラした瞳で見上げてくる。


「ねえねえ、殴り合いって、こういうのでしょ? こういうの! シュッシュッ!」


 口で効果音を付けながら腕を前後に突き出した。イルはそれに笑いかける。


「あァ、そういうンだ。カッコイイな、メリクは」


「へへ、えへへへへ」


 メリクは恥ずかしそうにアリィの後ろに隠れ、そこで顔をほころばせた。その姿に青年はさらに目を細める。


 その姿をアリィも微笑ましく見つめ、それからため息をついた。


「まったく、イルさんったら。私とは目を合わせもしないのに子どもにばっかり優しいんだから」


「ああ……スミマセン……」


「ふふ、冗談よ。精算ね、こっちよ」


 くすくすと笑うアリィに続き、イルは宿屋の奥へと歩いていった。


 宿と組合、両方を兼ねた受付へ向かいながらアリィは喋り続けた。それに合わせて長い三つ編みが左右に揺れる。


 宿屋一階のそこはちょっとした酒場にもなっていた。ちょうど夕飯時ということもありかなりの騒々しさだったが、彼女の声はよく通った。


「本当に、イルさんが来てくれてから溜まってた依頼がどんどん片付いてくれて助かるわ。こんな前線手前の街に留まって依頼こなしてくれる人なんてそうそういないし、警備隊に頼んでも魔人の見張りで忙しいからっていっつも断られるんだから。魔人魔人で魔獣の被害や人間同士のいざこざはいつも後回し。腕の立つ人はすぐここから出て前線か王都へ行っちゃうしねぇ。イルさん、ずっとここにいてもいいのよ」


「そういうわけには、」


 言いかけるアルタイルを遮り、アリィは「わかってるわよ」と残念そうに微笑んだ。そう頼んだのは他でもない自分なのだから。


 けれど人間の感情は複雑で。


 魔王を倒して姉の仇を取ってほしいという想いと同じくらい、この青年に健やかに平和に暮らしてほしいとも思っていた。


 その気持ちを隠すように声を落として、


「私には何もできないけど、頑張ってちょうだいね。ここにはいつでも帰ってきていいからね」


「イル兄、本当に魔人と戦うの? だったら僕も行く! 僕も魔法使えるもん!」


「こら、メリク! 声が大きいわよ。そのことは私たちだけの秘密だって言ったでしょう」


 アリィは慌ててメリクを嗜め、周囲を見渡した。


 この青年がひとりで盗賊団を制圧したこと。彼が魔王の討伐を夢見ていること。そのどちらも、事情を知らない誰かが知れば大騒ぎになるのは目に見えていた。


 そして集まった人々に何と言われ彼が何を思うのか――それもまたあまりにハッキリとわかっていて。だからアリィは息子と、あのことを口外しない約束を交わしたのだった。


 さいわい周りの騒々しさに紛れてメリクの声を聞いている者はおらず、アリィは胸をなでおろした。


「メリク、あんたねぇ。教会で視てもらえるのは精霊様のご加護があるかどうかだけでしょう。それだけじゃ魔法使い様にはなれないのよ」


 目を輝かせるメリクに諭すように言う。


 教会――シリウス魔法教会の司祭には、「精霊の観測者フレンド」と呼ばれる者がいる。


 この世に確かに存在しているけれど、普通の人間には見えない存在、精霊。


 精霊たちは好いた人間の側に集まり加護を与えるけれど、とりわけ仲良くなりたいと思った者にしか自分の姿を見ることを許さない。だから彼らの姿が視える者は観測者フレンドと呼ばれている。


 そして精霊の加護の量と人間の魔力の量は、そのまま比例するらしい。


 ライラプス王国では子どもがある程度の年齢になると教会の観測者フレンドに視てもらい、その後の進路を考えていくのが一般的だった。


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