彼女に恋などしていない

川雨そう

第1話 「突然の別れ宣告」

「もう君に会わない」


 一年で一番幸福に満ちた日、クリスマスイブの夜だった。

 指の間で挟んでいた煙草がチリチリと音を立てる。


「なんで?」


 僕は尋ねた。だって、あまりにも唐突だったから。


「好きじゃなくなったから」


 そう言われるのは初めてだった。

 他に好きな人が出来た、なら聞いてきたけれど。


「また会いたくなったら連絡してよ」

「しないから安心してね」


 洗面所に置いた化粧水や、ベッドの下に脱ぎ散らかした服をバッグに詰めながら言った。

 黒いコートを羽織り、玄関まで歩くとブーツを履いた。セミロングの茶髪を巻き込むようにマフラーをして、振り返る。

 にこりと自然すぎる笑みを浮かべていた。


「大好きだったよ」

「そっか」

「じゃあね」


 軽く右手を振って、彼女が扉の向こうに消えていった。

 アパートの一室に残されたものは静寂と白い煙だけ。

 カンカンカンとアパートの外階段を下りる音が、遠くから聞こえる。


「ま、いっか」


 驚いたけど、悲しくない。

 僕は彼女を好きと思ったことがない。だって、付き合ってすらないのだから。

 居心地は良かったから一緒に過ごすことが多かっただけ。

 なにより、僕のことが好きだったから。


 持っていた煙草に口を付ける。

 燻された空気を飲み込んだ。

 肺に充満する瞬間、ヒリヒリとした感触が喉と一緒に脳を刺激した。

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