第37話 郷土研究部の聞き込み
春先ということもあり、小さな花を咲かせた野草が風に揺られていた。渡り石というのだろうか、平たい石が地面に並べられて、本校舎裏の広場から草木が生い茂る緑地地域の奥へ道のように続いている。
そしてその途中には小さなプレハブ小屋も見えた。あれがおそらく郷土研究部の部室だろう。
隣の黒髪の少女は周囲を睥睨しながら呟いた。
「改めてみると、結構緑が多いというか。それなのに庭園らしく整っているのはやっぱり手入れされているからなのよね。当たり前にように見ているから気が付きづらいけど」
「そうだな。僕はあまり出入りしていないけど。生物の野外実習なんかでもたまに使うことはあるらしい」
あれから一日が経過した夕方である。僕はさっそく、事件が起こった郷土研究部室を見せてもらおうと本校舎裏の緑地地域を訪れたところだ。星原も「ちょっと興味がわいてきたから」と同行してくれたのだった。
僕らは草木の合間の小道を歩いて、部室に近づく。縦横六メートル四方の小屋で、入り口の横には緑地地域の水やりに使うのか水道の蛇口も設置されていた。またなぜか、補修材などに使いそうな白い粉末状のパテが入った袋も置かれている。
僕は戸を軽くノックして「すいません。昨日、相談を受けた月ノ下です」と声をかける。程なくしてガラっと引戸が開かれ、不愛想な四角い輪郭の顔をした坊主頭の少年が姿を見せた。
「ああ、あなたが新聞部の人に紹介してもらったとかっていう。……どうぞ」
「それでは、お邪魔させてもらうよ」
ぶっきらぼうな対応に少々気後れしながらも、僕は部屋に足を踏み入れた。星原も無言で後に続く。部屋の中は会議机が一つに、椅子が三つ置かれていた。棚には郷土の歴史についての本も何冊かあるものの、青年向けの漫画雑誌もちらほら見える。
中央の椅子に腰かけていた両国くんが「ああ、どうも」と片手を上げて挨拶した。僕は部室内を見まわしながら彼に尋ねる。
「ええと。……部員は三人いるって聞いたんだけど」
「ああ、俺とそこにいる
名前を呼ばれた坊主頭の少年、入谷くんは「どうもです」で会釈した。できれば全員に話を聞きたいところだが、まずこの二人から話を聞くとしよう。
「両国くん。さっそくなんだけど、問題の壊されたっていう石像の一部を見せてくれないか」
「はい。それじゃあ……」
彼は部屋の隅にあった紙袋を持ってきて僕らの前の机に置いた。机の天板に置かれた瞬間、袋の中でカシャリと微かに音が鳴る。中を覗き込むと元は石像だったのだろう、御影石の類と思われる灰色の破片がいくつか入っていた。
「これがそうなのか」
星原もじっとそれを見ながら呟く。
「壊される前はどんな形だったのかしら」
「ああ。写真ならあります」
両国くんは携帯電話を操作して、一枚の画像を表示した。灰色の丸みを帯びた愛嬌のある鳥の石像である。どうやら鳩の石像だった。
「そういえば、例の地元の芸術家の人は『童話作品』をモチーフに石像を作るのが代表的な作風なのよね? 石像の本体は少年だったと思うけど、この少年と鳩の石像って何がモデルなのかしら」
「いやあ、それはきっとあれじゃないですか。『青い鳥』だと思います」
「ああ、それじゃあ少年はチルチルでこの壊された鳥が『青い鳥』だということ。ふうん」
星原は何やら考え込むように石像の欠片を凝視していた。僕も気になっていたことを両国くんに尋ねることにする。
「それで何故、この鳩の石像がモニュメントの欠落部分だと思ったんだ?」
「それは、ほら材質も似ていますし。写真はありませんが『創立間もないころ地元の芸術家が少年と鳥の石像を寄贈した』という話を先代の校長先生がしていたそうです。そして、あの取り壊していた学校の倉庫はそのころの備品を保存していたらしいんですよ。となればそこから見つかった鳥の石像があのモニュメントの欠落部分と考えて間違いないでしょう」
「なるほどね」
若干、牽強付会という気もするが、否定するだけの要素も見当たらないのは確かだ。彼の言葉に相槌を打ちながら、僕は欠片の一つをつまみ上げてみる。
「なんだかこれ、粉が付いていないか?」
石像の欠片に灰色の粉が付着していたのだ。
「それですか。ええとさっき言った浅草って女子部員が、ジオラマっていうんですかね。郷土研究の活動の一環で地形模型を作っていまして」
「それで?」
「それに使うパテの粉を石像にこぼしたことがあったんですよ。一応、本人が水で洗ったんですが。……その粉が残っていたんじゃないですかね」
入り口の前に置かれていたパテの粉は模型のためのものだったのか。
やり取りを聞いていた星原が周囲を見回して「模型ってあれの事?」と部屋の隅に置かれた布が被せられた台を指さす。
「ええ、そうですが……」
彼女は興味を惹かれたらしく「見てもいい?」と台に近づいた。両国くんは「どうぞ」と了承する。僕も気になったので台に目を向けた。
星原が丁寧な仕草でそっと布を持ち上げる。するとそこには学校を中心としたこの地域一帯の山林や河川、平地にめぼしい建物を再現した模型図が現れた。山の稜線や河川の砂州なども再現されていて素人のものとは思えない出来栄えだ。
「すごいな。これを浅草さんという女子が作ったのか?」
「ええ。何でも家が石材や園芸を扱っている店を経営しているとかで3Dプリンタもあるらしいんですよ。それで国土地理院からのデータを出力して型を取ってから、パテやカラーパウダーで形を整えて作っていましたね」
僕が感心して唸っている一方で、星原は首をかしげていた。
「星原? どうかしたか?」
「あ、いや。この模型図なんだけど、普段学校から見ている山よりも稜線が強調されているというか、少し高いような」
僕らの学校は都内ではあるものの、郊外の緑が多い地域にあり山林もすぐ横に臨むような立地だ。彼女は普段の景色と比べて違和感があると言いたいらしい。
「そりゃあ普段と目線が違うんだから、そういうふうにも見えるんじゃないか?」
「そんなものかしら」
釈然としない表情で星原は布をもう一度、模型に被せた。僕は両国くんたちに向きなおると「ところで、壊されたときの状況はどんなだったのかな」と本題に入る。
両国くんは「はあ」と相槌を打ってから説明を始めた。
「昨日も話した通り、先週の水曜日のことでした。……俺らは外でビラ配りと署名集めをしてから部室に入ったんですよ。それで部内で今後の方針を話し合って、十八時に解散したんですが」
「うん」
「その後で俺が部室に忘れ物をしまして、十九時ごろに鍵を借りてもう一度入ったら机の上に置いていた鳥をかたどった石像が壊されていたってことなんです」
「なるほど、それじゃその時に部室の窓とかにこじ開けた痕跡とかは……」
「いや、多分犯人はそんなところから入ったりはしていないでしょうね」
彼は僕の言葉を遮るように言い放ったので、「は?」と僕は眉をひそめる。両国くんは続けて語る。
「だって鍵がかかっていませんでしたから、犯人は普通に入り口から入ったんだと思います」
「なるほど、それなら……。え? 『鍵がかかっていなかった』?」
僕が聞きとがめると横に立っていた入谷くんが「はい」と頷きかえす。
「部室の施錠をしたのが浅草だったんですが、どうも彼女が鍵をかけたつもりが、ちゃんと鍵の錠が回っていなかったらしいんですよ」
両国くんがさらに「だから俺が忘れ物を取りに来た時には鍵が開いていたってことです」と補足する。
僕は思わず「ええ」と間の抜けた声を漏らす。それでは悪意があった人間がたまたま「施錠がきちんとされていなかったこと」に気が付いて部室に入り込んだということなのだろうか。
だがそうだとしても、そういう立場の人間がどの程度いるのかわからないし、探しだすのは至難の業ではないか。
隣の星原は「なかなか難儀な状況になってきたわね」と呟いた。
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