17:勝利と、次と



「つぎは~、四倍。あひゃ、あひゃひゃ! あひゃひゃひゃひゃ!」



……四倍?


コイツ今四倍って言ったか?



「あひゃ? 気づいた? 気づいたよねぇ? だぁいせぇいかい!? あひゃひゃ! ……当たれば当たるほど破壊力が上がっていく。そぉ~んなにキレイな顔の下にはどんな血が流れているのか……、たぁのしみ。」



思わず、身震いしてしまう。恐怖とか言うよりも単純に気持ち悪い。


なんと言えばいいのだろうか、性別とか云々言う前にもう同じ生物としてこいつを受け入れることができない。お前ほんとに人間か? 人間に似てるだけの魔物とかだったりしない? 早く死んでほしいんですけど。


まぁ言葉だけで死ぬならいくらでも耳元でささやいてやるが、実際にそんなことができるはずがない。もう一度『加速』、五倍速を用いて思考速度を速めていく。わざわざあっちが情報を開示してくれたんだ、ストレスやプレッシャーを与えてこっちのミスを誘発するつもりだろうが……、私に曝け出したことを後悔させてやる。


さっきこの気狂いは『当たれば当たるほど強くなる』と言っていた。そして『次は四倍』ということも。まぁまともに考えれば今は『二倍』、そこから考えるのは……、攻撃が当たった分だけ攻撃力が倍されていくスキルだろう。名前は……、『倍撃』とかだろうか?


これの上限がどれほどなのかはわからないが、今は際限なしと考えておいた方がいいだろう。……道理で剣で切ったところが爆散するわけだ。私の『加速』でこのタイプのバフが半ばチートなのは身に染みている。二倍は、四倍に。四倍は八倍に。どんどん回数を重ねるごとにその攻撃力は天文学的な数字になっていく。



「受け流し、すらもカウントされそうだよね……。」



多分私、もしくは私が持っているものへのヒット数で倍率が上がっていくんだろう。レイピアの鞘でこいつが『当たった』と判断しているのなら、こっから先は回避オンリーで行かなきゃならない。奴のクソ長い剣に当たれば当たるほどこっちが不利になっていく。……そういえば昨日の試合では、この気狂いの対戦相手だった奴が試合の後半になるほど顔色が悪くなっていた。ようやく合点がいったよ。



(となると、どう回避していくかって話だけど……。難しいな。)



相手は狂っているが、戦いにおいてはひどくまともだ。自分の強みも解っているし、こっちの弱みも理解している。そしてどうやって私の弱みを突きながら、自身の強みを押し付ければいいのかも理解しているのだろう。なんだ? これ戦いの果てに気がおかしくなった奴じゃなくて、元々そう言う性癖だったタイプだなコイツ。性癖とか『みんな違ってみんなダメ』って言うけどこいつのダメレベルは論外だぞ?


普通じゃ使えないような長さの剣を二本扱うことで敵に当てる可能性を最大まで上げ、そして『必中』持ちだから当てようと思えば際限なくできる。たしかクールタイムがあったと思うから、常時『必中』を発動し続けることはできないだろうが……、その間隔が解らん。まだ使えないのかもしれないし、すでに発動可能状態になっているのかもしれない。


『必中』自体は何かに当たった瞬間にその役目を終える、別に私の体に当たるまで狙い続けてくるような化け物スキルではない。故に鞘とか剣とか、それこそ道端に落ちてる石とかに当てられれば無効化は可能。……だけど『倍撃』はそうはいかない、おそらくだけどさっき上げたすべてでカウントが進行する。


五倍速でなら通常の攻撃は避け続けることができる、だが『必中』を使われると普通に危うい。避けたと思ったはずの斬撃がUターンしてこっちに戻ってくるのだ。さすがに七倍速を使用しないと対処はできないだろうし、その速度でも回避が間に合わない可能性も十分ある。



「あひゃ! あひゃひゃひゃひゃ!!!」



おっと、ちょっと考えに浸り過ぎていたせいかあっちから攻撃してきた。


とりあえず奴の"檻"に入らないギリギリのラインで様子を見ることにしよう。この気狂いは自分のテリトリー、剣で作る檻の中でこそ実力を十全に発揮するタイプだろう。距離を大きめに取りながら突破策を探る。


大体、2mほど。槍の間合いを保持しながら敵の振るう剣を避けていく。さっき鞘で受けた感じコイツ自身の攻撃力ってのはそこまで大したことはなかった。だが、おそらく今の攻撃力はその倍。まだ受け流すことはできるだろうが、その次はどうなるか解らん。体感的に8倍くらいまでならギリギリ受け流すことは可能だろうが、多分そのタイミングで剣がぶっ壊れる。


かといってこのまま踏み込まないのはダメ。こっちの剣が届く間合いまで近づかないと試合は終わらない、でも近づいたら相手のテリトリー。



「とッ!」


「血ィ血ィ血ィ血ィ!」



……っし、このままだとどうにもならんし、動くことにしましょうか!



「よい、しょっと!」



五倍速をそのままに一歩大きく下がった後に思いっきり地面に向かって自身の剣を叩きつける。


闘技場の地面は固い土の上に砂がまぶしてある。血とかの処理を簡略化したり、滑り止めになるからね? それを、目暗ましに使うわけだ。ステージの管理してる職員たちは文句言われるだろうが……、どうせこの気狂いが勝てば面倒な血の処理をさせられてたんだ。私が綺麗に殺してあげるから許してね。


巻き上がった砂でこの身を隠す、私もこの砂埃のなか相手を見通すスキルなんか持ってないから見えないけど。こいつが何をするかぐらいは解る。その趣味嗜好は狂っていても……、"戦闘"ならまともなんだろ?


何処から来るか解らない。狂っていればそんな巻き上がる砂埃の中に入り込んできてもおかしくないだろうが、まともなら入らない。むしろ後退し防御を固める。目の前のコイツも、そうした。視界は未だ遮られているが足音は突っ込んでくるようなものではなく、後ろに下がるような控えめな音。



(一回戦で見せちゃったから解るだろうけど……、それもコミ!)



鎧野郎にやったように、ロングソードを相手に向かってぶん投げる。少し遅れて、私の剣が弾かれる音。一回戦ではここで私は上空へと飛び上がり、対戦相手の眼にレイピアを突き刺した。この気狂いならそれを知っているだろう。理解しているだろう。実際、相手の気を逸らしてから人間の一番の死角である上からの攻撃は剣神祭以外の試合でも何回か使った。


だからこそ、上を警戒するはずだ。


あはは、鎧の取り外し簡単にしてもらって正解だった! 店主愛してるよ~!



「そこォ!」



砂埃が晴れ始めたころ、あの気狂いの視界の中には。上空に飛び上がり相手を攻撃しようとする私の影が見えただろう。そこに向かって、彼の長剣が突き出される。先ほど私が投げた長剣を弾いたことで現在の攻撃力は四倍。"化け物"級の筋力が四倍になって突き出される突き。鎧すら簡単に貫きその肉体を破壊する攻撃。


だが、彼の手に残った感触は金属の物のみ。肉の感触は、一切ない。



「残念、でしたァ!」



下から聞こえるのは、私の声。そう! 鎧の上半身部分だけ脱いでレイピアを持った私!


鍛冶屋の店長が頑張ってくれたおかげで私の鎧の着脱は結構簡単! どうせ喰らったら壊れてただろうし、そも私がここで死ねば何の意味がない! ちょっともったいなさとか、次の試合のこととか考えちゃうけど今これをせずに負けるぐらいならやった方がいい!


姿勢を低く、地面を滑るように相手に近づきレイピアで刺し殺す。どうせそれじゃ殺せないだろうからそっからは体術での肉弾戦だ、とにかくダメージ与えて短期決戦に持ち込む。あとできれば武器を落として敵の攻撃力も下げる!


狙うは、その手。



「……『必中』。」



まぁそう来るよねッ!


相手の右手に握られた長剣の先には貫かれた私の鎧、となると左手の方はフリーになる。さっきの鎧にした突きに『必中』を使わず、残してたってことはやっぱコイツ戦闘ではまともだ! ありがとう! こっちも想定がしやすい!


彼の左手の剣がこっちに向かって飛んでくるのは想定済みだ、だからこそこっちも二刀流の用意ができた。まぁ正確には鞘なんだけど!



「ッう!」



ロングソードの鞘とレイピアの鞘、両方の鞘を左手で持ち相手の攻撃を受け止める。『倍撃』の効果によって八倍になったそれは瞬時に鞘をはじけ飛ばすが、それで『必中』の効果は終わりほんの一瞬動きが止まる。そこを見落とすほど私は甘くない。


元々用意していたレイピアを、その左手に向かって突き刺す。



「ギりィッ!」



化け物の様な声が奴の口から洩れ、左手からその長剣が落ちる。











<加速> 七倍速










その瞬間、私の中のギアをもう一段上げ。その剣が地面に落ちる前に取る。


この加速した世界の中で動き続けることは辛いけど、ここでやらなきゃ負ける。『倍撃』のカウント的に次は16倍だ、やられる前にやらないといけない。


だけど、この剣の刃の向き方的にこっから首を狙うのはちょっとムズイ。となると……、右手か。


奴の剣を下から上に切り上げ、剣をもつ右手を根元から断ち切る。



(これ以上はちょっと、無理! 速度低下、五倍に!)



全身から聞こえる悲鳴に耐えかね、速度を下げた世界のままレイピアで突きさした方の左手も狙う。



「おッ、らァ!」



成功。こっちの疲弊具合も結構ヤバいが、とりあえず相手の戦闘能力を奪うのに成功した。……マジでキツイ、これ早く終わらせないとまずい。七倍速使い過ぎた。いや七倍の世界で動き過ぎた。考えすぎた。



「血ィ、血ぃ……。これは、おれぇの?」


「永遠、自分のでも見とけッ!」









 ◇◆◇◆◇







「ふぇぇぇ!!! 疲れたもぉ~ん! もうアルちゃんのお腹の匂い嗅いで今日は寝るッ!」


「ちょ! 師匠!」



予想外のことに驚いて慌てるアルちゃんを楽しみながら帰り道、闘技場の地下道を歩く。気狂い? あぁ自分の血の色を楽しむ前に首を撥ねたよ、これで世界から邪悪が一人減った。……だけど代償としてこの疲労は普通に明日に響くな。それに装備も結構やられちゃった。


上の鎧は胸のところが綺麗に抉り取られてるし、投げつけたロングソードもへこんじゃってる。これをしなけりゃ勝てなかっただろうし、負けはしなかったかもしれないが七倍速を使い過ぎて明日の試合に出れないレベルになっていただろう。棄権とかできるシステムならよかったんだけどこのお祭り片道切符だからねぇ……。ま、今は生き残れたことをよしとしようか。



「というかアル、君私のお腹でハスハスしてたのに私が逆にそれをしちゃだめってのはひどくない? うぅ、師匠ちゃん悲しい。」


「そ、そうですけど……!」



そうやってふざけながら歩いていると、向こう側から走ってくる音。誰だろうと思ってみればウチのオーナーに、司教のレトゥスさん。あと鍛冶屋のドロちゃんだ。おぉ、全員集合感があるね? どしたんみんな? 正直もう演技する余裕ないので、まだ本性表してないドロちゃんとは別れてきて欲しかったんだけど。


え? ヘンリエッタ様? この前聞いたけど剣神祭の期間中は皇帝サマの近くでなんかずっと仕事みたいで、『応援いけなくてごめんなさい! あなたの勝利をずっと祈ってるわ! ところで私の(以下略』みたいなことを言ってたから来れないと思う。



「すでにこちらから説明しておいた。他言無用の契約もレトゥス殿を立会人に結んでいるから安心しろ。」


「さようで……。」



私の消耗具合を見て不憫に思ってくれたのか、レトゥスさんことレトちゃんが私に回復魔法を施してくれる。淡い緑の光が少しずつ私の体を包んでいき、ちょっとずつではあるがさっきまで感じていた全身の痛みが和らいでいく。たすかるぅ……。



「ごめんねレトちゃん。」


「いえいえ、お気になさらず。」


「それでオーナー、わざわざ来てくれるなんてもしかして心配してくれた? うぅ、ビクトリアちゃん愛されてるぅ!」


「……まだ軽口が叩けるくらいの元気は残っているようだな。」



まぁこれがなきゃ私じゃないし、死ぬまでこういうのは続けるから覚悟しておいてよね! っと謎のツンデレムーブをかましているとオーナーがドロちゃんの方を向く。あ~、うん。ごめんね作ってくれたもんぶっ壊しちゃって。あと剣さっきまで杖にしてたし……、もしかしてそういうの怒っちゃうタイプの鍛冶師だった? だったらマジでゴメン。



「や、ちゃうちゃう。それは気にせんでええで。装備ってのは使う奴が自由に使ってええもんや、そりゃ雑にやられたら思うとこあるけどちゃんと手入れしてもらってるみたいやしな。……でもまぁ、派手にやられたもんやなぁ。」



どうやら初日から何かあったときに備えて回復が使えてこっちの事情が分かるレトちゃんと、装備とか担当のドロちゃんを招集してたみたいだ。第一第二回戦は何もなかったからそのまま帰ったらしいけど、今日は私がヤバそうだったから飛んできてくれたみたい。



「んでドロちゃん、思いっきり穴空いてるんだけど……。どうにかなりそう? 明日までに。」



体の方はレトちゃんが回復してくれてるし、明日までには間に合うと思う。けど明らかに無理難題を吹っ掛けられたようなドロちゃんの顔を見るに装備の方は間に合わなさそうだ。



「上半身の方やけど、さすがに思いっきり穴あいとるし、明日の朝にってのは無理やな……。あ、でも剣の方は大丈夫やで。一月前ぐらいに、ロングソードもレイピアの方もヘンリの姐さんから何かあったときのように量産しとけぇ、って言われて予備作っといたから後で宿舎やったか? そっちに持ってくわ。」


「マジ?」


「マジや! 安心しときぃ! 鎧の方も決勝戦には間に合わせるからな!」


「……やっぱあんた仕事はやない?」



それに実際に試合みせてもろたおかげでより姉ちゃんに"ふぃっと"した鎧にしてやるわ! あと魔化の方も最初から見直して詰め直すでぇ! あ、全身鎧着ないと効果発動せんからちゃんと全部返してや? ということで、ドロちゃんが言うには一回全部預ける必要があるらしい。一応その代わりとして彼女のお店にある一番いい装備を代わりの剣と一緒に持ってきてくれるらしい。え、でもそのお代の方は……、あ。オーナーが出してくれるのね。ありがとさん。



「ふぅ~~、それ聞いて安心したよ。……あ、オーナー。さすがに今日観戦して情報収集は無理そうだからお願いしていい?」


「構わん、すでに手を回している。」


「お仕事が早いことで。」



……いや本当に助かる。多分これ他のオーナーだったらこんな手厚くしてもらえなかった可能性あるし、そもこの人たちと出会えなかった可能性もあるわけだから……。とにかく万物に感謝。



「……じゃあ、アルちゃん。一緒に帰りましょうか。」


「はい!」



残り、二戦。勝たなきゃ。



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