16:第三回戦の始め
「けひゃひゃひゃひゃ! 血ィ! 血ィみせろォ!」
第三回戦、第一試合。おじいちゃんの想いを受けっとった翌日、私は気狂いの相手をしていた。
しかも、運の悪いことに。狂ったまま"化け物"になってしまった奴だ。
◇◆◇◆◇
「はは、一人での行動となるとやっぱりちょっと寂しいかな?」
おじいちゃんとの試合が終わった後、私は一人で観客席に座って試合を見ていた。ここは奴隷なんかが来ることができない市民の場所、そういうアウェー感を感じているのもあって一人でこの場にいることがひどく辛いように思える。アルが傍にいてくれれば「師匠としての私」、「大人としての私」が前にでて彼女に年長者としての背中を見せてあげられたんだろうけど、今はただの"私"だ。
昔と何も変わらない、肉体的な死と、精神的な死に強く怯えている私。
……まぁ、その話は置いておくことにしよう。
彼との試合が終わった後。二回戦以降は試合数の関係上連日戦い続けることになるため直帰して休息を取りたいところだったが、おじいちゃんのおかげで私は体力の余裕があった。一晩眠れば完全に回復できるくらいのね?
だから一回戦の時と同じように次戦う相手の情報収集がてら、観戦に行こうとしたんだけど……。出場する選手がちょっと"アレ"でね。魔法使いくんとおじいちゃんの試合の時に私が耳を塞いだせいで何が起きたのかを何となく理解してしまったアルを、若干精神的な不調を抱えている彼女を連れていくのはダメだと判断した。
というわけでチケットと外套を持ってきてくれたオーナー付き奴隷ちゃんにうちの子を宿舎のタクパルのところまで送ってもらうことをお願いした後は、私一人で観戦ってわけだ。何かといつもアルと一緒に過ごしてるし、久しぶりの単独行動って奴。色々思うところはあるけれど、今日はちゃんと観戦して情報収集に努めることにいたしましょうか。
「……でもまぁ、結果はねぇ?」
はっきり言って、今回の試合の結果は見えている。いや前回の結果予想思いっきり外した私が言うことではないかもしれないが、もうこの試合は見えているのだ。同じことを多くの者が考えているようで、さっきちらりと見たオッズは片方が1.9ととんでもないことになっている。あ、これ払い戻し金額の倍率ね? つまり掛けてもあんまり利益でねぇなぁってこと。
そんな大注目の剣闘士の二つ名は"血雨"、私がアルに見せるべきではないと判断した戦い方をする奴だ。
コイツの戦い方は……、まぁなんというか悪い意味で"派手"。男の剣闘士で、二刀流。人の身長ぐらいの刃渡りがある長い剣を振り回しながら戦うこいつは試合が終わった後に、闘技場を血まみれにする。試合中も血吹雪が豪快に飛び散る、まぁ派手だし結構人気のある剣闘士みたいね。
これはオーナーのくれた調査書に書いてあったんだけど、どうやらこの血吹雪は切断した時に出る、って感じのものじゃなくて。肉がはじけ飛んで霧散するって感じらしい。彼の嗜好が人を痛めつける事らしく試合中端から順に血へと変えていって、最後は一つの肉片すら残さず液体へと変えるんだって。すっごくスプラッタ、だから"血雨"って言うんですねぇ。
「正直私も見たくないんだけど……、調べなきゃなぁ。」
戦い方的にも、実績的にもオーナーが結構警戒していた相手らしく、色々調べたらしいんだけど相手のオーナーも結構やり手らしく情報が全く集まらなかったらしい。手に入ったのは直近の試合でのデータだけで、それ以外は対外ブラフをつかまされたってことが報告書には書かれている。
つまり奴がおそらく『スキル』を使って行っているだろう『肉を血になるまで弾け飛ばすことができる高威力の攻撃』の正体を見抜く必要がある。
最適は全て避け続けるってことなんだけど……、時たま回避不能の攻撃をしてくる奴もいるのだ。たしか……、『必中』とかいうスキルだっけ。回避されそうな攻撃の軌道を無理やり変えて当ててくるスキル。何かに当たったことが判定になってるみたいだから剣とかで防御できれば大丈夫ではあるんだけど、そんな高威力まともに受けたら剣どころか私の体も危ない。
そう言うのに対策するためにもちゃんと観察しませんと。
「……お、出てきた。」
明らかに濁って光のない眼、口は半開きで何か薬でもやってるのかと思わせる風貌。……裏でよく見た狂った連中と全く同じ匂いがする。あぁ、覚悟してたけど最悪。眼にも入れたくない。
おじいちゃんやタクパルといった珍しい善の心を持ったまま大成した剣闘士が存在するように、その対極も存在している。この最悪な世界で心が壊れ行くところまで行ってしまった剣闘士だ。正直、こいつが元々そんな性格だったのか。それとも剣闘士として戦い続けた結果そうなったのかはわからない。……だが、今狂ったように楽しそうな笑みを浮かべているコイツが、殺しを楽しんでいるってのは確か。裏じゃ珍しくない、というか観客がしていた目と一緒。
普通、仕事を楽しんでいると言えば素晴らしいことのように聞こえるだろうが、私たち剣闘士の仕事は殺し合いだ。この世界じゃまだあり得ることなのかもしれないが、違う世界で生まれその常識を持つ私にとってはクソ以外の何物でもない。
「それに。ある意味、私の一つ。」
表が最悪なら、裏が地獄。あっちでは完全に精神が壊れてしまった奴を何度も見てきた。もちろん順応する奴もいたが、大半は壊れて消えていく。壊れて使い物にならなくなった奴隷なんかゴミ以下だ。男なら知りたくもない生物の餌、女なら使えるところだけ使って後は処分。そんな世界だった。……いつ自分が壊れてしまうのか、それともこの地獄に慣れてしまうのか。そんな恐怖に怯えていたことを思い出してしまう。
『加速』は、強力なスキルだ。単純なスピードだけが上がるのではなく、自分の感じる時間の速度が変化する。自身だけ世界から切り離して、倍速を掛けているようなものだ。速く振るわれた剣はその分破壊力が増し、敵を簡単に切り殺すことができる。
あいつは、私があのまま先代のオーナーに飼われ続けて。アルとも出会わずに裏に居続けた結果慣れてしまった可能性の一つなのだろう。……まぁあそこまで私はひどくならないと信じたいが。
「……まぁいい。考えないようにしよう、どうせ奴の重みは変わらない。」
殺すのに、葛藤しないで済む相手だ。そこには命の尊さ以上のものは存在していない。
『試合開始ィ!』
「おっと、仕事仕事。」
実況の声で意識が切り替わる、誰も得しない自分語りなんかやめて観察のお時間と行きましょう。
長く細く薄い長剣、二刀流ってことはまぁ自傷防止で片刃だろうか。赤く塗られた塗装のせいで何の金属かはわからないけどそれを大きく振り回しながら"血雨"が攻撃を開始する。
うん、相変わらず顔は狂ったような表情だけど技術はちゃんとあるみたいだ。軽量化されてるとは言え人の身長ぐらいある剣を両手で振り回すってのは相当な筋力がいる。振りの速度も結構出てるし見かけ倒れの剣闘士ではないみたいだ。足さばきも……、うん。一般的な剣闘士よりはだいぶ上。スキルなしの単純な戦闘能力で見ても"化け物"の要求値は軽くこえていると見た。
「普通に強いな。」
長い剣はその分攻撃範囲が広くなる。避けるにしても、受け流すにしても、受け止めるにしても普通の剣とは大違いだ。しかも二本。相手の名も知らぬ剣闘士も少しはやるみたいだけど、血雨が作った剣の檻から抜け出せていない。最初は回避できてたけど途中から剣で受け止め始めた。抜け出せないというプレッシャーからか、どんどん対戦相手の顔色が悪くなってくる。
「う~ん、もうちょっと頑張ってくれない……、あ。」
結構な時間が経って、どんどん対戦相手くんの顔色が悪くなっていくんだけど未だ血雨のスキルが何かは解らない。装備とかの魔化の効果とかもありうるから、ってことで色々考えながら見てたんだけどね。やっぱり観客席からだと距離があるから解るものも解んない。なので何か変化起きないかなぁ、と思ったらすごくいい一撃貰っちゃった。
当たった手首から下がそのままはじけ飛ぶ。抉り取る、とかじゃなくてほんとに爆発したみたいな感じだ。……攻撃したところを爆破する能力か? 解らん。……まぁ試合の方はそこから崩れて後は楽しい楽しい残虐解体ショーの始まりだ。私? もちろん途中で帰ったよ? あんなもの見たくないし。本当にアルちゃん連れてこなくてよかったよね。
◇◆◇◆◇
「けひゃひゃひゃひゃ!」
「うる、さいッ!」
マジでうるさかったので隙を見てその顔面を思いっきり蹴飛ばす。そのまま地面に後を付けながら吹き飛ばされる彼、だけど顔を後ろに仰け反らせただけですぐにケロリとその憎たらしい顔を見せつけてくる。倍速掛けて本気で蹴ったはずなのに……、こいつ防御系のスキルも収めてんのか?
「狂ってる強者ほど面倒ってよく聞くけどなんで私に当たるかなぁ? ッ!」
「女の血ィ! 浴びせろ! 浴びせろォ!」
あぁ、ほんとに狂ってる。狂ってるくせに強いからさらに腹が立つ。こいつが二本の長剣を用いて作り上げる檻。五倍速ならまだ隙を見て抜け出すことはできるけど、少しでも速度を落とせば喰らってしまう。明らかに昨日試合で見せたソレよりも精度も速度も違う。しかも試合開始前に『強い女の血は久しぶりだよなぁ! その顔がどこまでキレイに歪むのか……、楽しみィ!』とか言ってくるし。
あ~ッ! 速く殺して終わらせたいのに普通に強いせいで無理じゃねぇかクソ!
前世見たスパイ映画の赤いレーザーを素早く通り抜けていく演者たちのように、こいつが振るう剣を避けていく。こっちもこっちで攻撃に転じたいところだけど、総合的な技術の差で言ったらあっちの方は上みたいで、五倍速の世界に入ってるってのに一向に攻め入る隙が無い。ロングソードで叩き切ろうにもその動作に入る前にあっちの剣が飛んでくるし、レイピアで突きをしようにもそのなっがい剣で防がれる。
コイツの着ている鎧、軽装タイプのだけど明らかに昨日の物とは違う。おそらく施されている魔化も違うものに成っているのだろう。私対策ってことで『速度上昇』とか『眼力上昇』とかが付いているのかもしれない。こういう対策されるってことは理解してたけど実際やられると面倒なことこの上ない。
もう! 私のスピードに対応するためにそっちも速度をあげちゃったら……、単純な力押ししかできないじゃないの!
簡単な例になるけど……、時速40キロで走る車と、時速200キロで走る車。ぶつかったらどっちが痛い?
武装をロングソードではなくレイピアに換装、ロングソードだと振り下ろすなどの攻撃がメインになって相手に当たるまでの時間が長くなり、対応されてしまう。だからこそ直線で突き刺す。防御されてもいい、いやむしろ剣で防げ。何の材質か解らんがとりあえずこれで突きまくって剣ごと破壊する。
「……そこ、『必中』。」
「ッ! マズ!」
剣の軌道が、人体では不可能な速度で書き換えられる。下に向かって振り下ろされたはずの剣は、最初から私に向かって振られていたかのように変化し、この身を切り裂こうと迫ってくる。
レイピアで受けるのは、不可。受け流すにもレイピアの角度があってない。攻撃に転じようとしたせいで間に合わない。回避も無理。鎧で受けるのも……、昨日のアレを見せられると不安しかない。一撃でも食らえばアウトの可能性もある。ならば、
<加速> 七倍速
ギアをさらに上げて応対する。ロングソードを今から引き抜いて迎え撃つには剣が重すぎる、間に合わない。あと残っているのは……。
体を無理やり捩じりながらレイピアの鞘を引き抜き、その剣へと当てる。七倍速のせいか、それともあの鍛冶師の子が強く作ってくれたおかげか、鞘は奴の剣を弾き飛ばし無理やり距離を作ることに成功する。
その隙を逃さぬように後ろへと飛び去り、『加速』を解除する。
「……はぁ、……はぁ。」
体が重い、脳も弾けそうになるほど痛い。やっぱりまだ七倍速に私の体は対応できてない。……だけど、六倍速じゃ鞘での防御は間に合わなかった。アレが最善手ではあったけど……、功を焦り過ぎた。気を付けないと。傷は付いたがまだ使える鞘を元の場所に戻しながら、息を整える。
「ようやく、当たったねぇ? これで一回め~ぇ。」
「…………気持ち悪い。」
加速を解除したおかげで奴の声がようやく等速で聞こえるようになる。聞き取りやすくはなったが、何も嬉しくはない。とりあえず、方針の転換だ。武器の破壊を五倍速で狙いに行くんじゃなくて、一戦目と同じように七倍速で勝負を決めに行くことにしよう。こいつも"化け物"の一人ではあるがスタミナが無尽蔵ってわけではないはずだ。集中力が切れた瞬間を狙って『加速』を起動し、決める。
「つぎは~、四倍。あひゃ、あひゃひゃ! あひゃひゃひゃひゃ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます