14:帰還と対策


第一試合の後のアルちゃんとの会話。


アルちゃんが飛びついてきてこれなら‼ って感じになってるけどジナちゃんは冷静。そのまますぐに観客席に移動して試合を見ることに(オーナーが席取っといてくれた、本人はジナの試合を見た後別件の仕事に。)


そこでは第二試合、魔法使いとおじいちゃん剣士の戦いが行われている。



魔法使いとの対戦













「ししょぉ!」



簡単な礼で観客への挨拶を済ませた後、待っていたのは私に向かって飛びついてくるアルちゃんだった。あはは、もう、私今鎧着てるんだから飛びついたら危ないでしょう? それに今回はそんなに苦戦しなかったしさ、いつもの試合と一緒だよ? ほら大丈夫大丈夫、ちょっと疲れただけさ。それに泣くのは奴隷から解放された時の嬉し泣きように取っておかなくちゃ。



「す、すみません。でも……。」


「うん、ありがとね。それと……、ただいま。」


「っ! おかえりなさい!」



これで、一回目。私は、自分の耳で、必ず彼女の声を四回聞く。……ま、一戦一戦が大事な試合だ、毎回喜んでも罰は当たらんよね。


彼女の腰に手を回し、軽く持ち上げる。七倍速を使ったせいで体に影響は出ているけど、倒れてしまうほどのダメージは受けていない。今からもう一戦してもなんとかなるぐらいだ。しっかりと体を休めれば……、大丈夫なはず。


正直この体がどこまで『加速』に対応できるのか、ってのは未知数だ。明らかに前世の人間よりも頑丈なおかげで五倍速までは完全に対応できてるけど、それ以上が結構しんどい。実際の速度は違うし、仮説みたいなもんだけど人間の走る速度を大体時速8キロとするならば七倍すれば56キロ、高速に乗った車と同じような速度を出すことができる。


車とかは鉄の塊だけど、こっちは生身の肉体だ。実際の人間の瞬間的な速度は時速8キロなんか優に超えるし、私の体にどれだけの負荷がかかっているのかは正直解らない。解るのは『七倍よりも先は死の領域』ってことだけ。スキルとしての『加速』の限界はまだ先にあるみたいだけどそれに到達する前に私の体が壊れてしまう。……使う必要がなければいいのだけれど。



「……さ、次の試合に向けた清掃もある。さっさと戻るとしようか、アル?」


「はい!」



抱き上げていた彼女を下におろし、控室までの道を歩く。普段の興行なら誰かとすれ違うこともありそうだが、今日は大事なお祭りだ。死体の処理とか清掃とか、あと賭けの準備とか? まぁ色々あるみたいで試合と試合の間に時間がある様子。……っと、珍しいこともあるもんだね。



「わざわざこっちまで降りてきたの? オーナー。」


「早い決着だったな、ビクトリア。」



そこには、私たちのオーナーが来ていた。彼は滅多にどころか、全くここには来ない。奴隷用の道があるだけで彼にとってここに訪れる価値のある者なんて存在しないからだ。オーナーが変わった後の私の初めての試合も、ビクトリアとしての試合も、いつだってこの人は闘技場に足を運ばなかった。……まぁ結果が解っているようなもの見に来るはずもないか。ん? ということは……、心配してくれたってこと?



「ど、どうしよアル! オーナーがデレ期に入った! 非常にまずいよコレは! これまでお金にしか興味なかった奴が女に興味持ち始めたんだよ! こ、これは何か酷い病気に違いない!」


「えッ! オーナーご病気なんですか!?」


「違うが? ……はぁ、まぁいい。これを。」



そう言うと彼の後ろで控えててくれた名も知らぬ奴隷ちゃんが大きめの外套と二つの分厚い冊子、あと何かしらのチケットを渡してくれる。チケットは……、おぉ。私の次の試合、第二試合の奴。わざわざ指定席の見やすい奴じゃない。なにこれ見て来いってこと?



「そうだ、トーナメント方式のおかげで丸一日の休養期間があるだろう? お前の次の対戦相手ぐらい見て置け、こちらでは限界がある。」


「あぁ、なるほど。この見るからに怪しい人が着そうな外套着て見て置けって奴ね。」



幾らオーナーがお金持ちでいろんな伝手を持ってたとしても情報収集には限界がある、貴族と繋がってる商人とかはその最たるものだ。それに捕らえた情報がブラフである可能性も十分存在している。そんなものに踊らされるぐらいなら実際に戦う奴が肉眼で見た方が使える情報が手に入るだろう、って配慮ね。



「その紙束は先日渡した資料の追加資料になる、そろそろ次が始まるだろう。早く行くといい。」


「あいよ、りょーかい。……あ、あと次の」


「二回戦の第二試合のチケットか? すでに手配している。次はこの者に運ばせるから彼女から受け取れ。」



そう言うともう用は終わりだという雰囲気をぷんぷんさせながら帰っていく彼、お付きの彼女はいい人みたいでなんかペコペコしながらそれに付いて行った。私もアルもオーナーがそう言う性格知ってるからいらないのにね?



「まぁいいや。……じゃ、情報取集と行きますか。」






 ◇◆◇◆◇





「だぁー! こうなるんだったら姫騎士に賭けときゃよかったべ!」


「ははは! そうやって見た目で判断するからおめぇはいつまでたっても田舎もんなんだよ! 帝都で長い俺の忠告はちゃんと聞いとけって!」


「くっそぉ~、今日はお前のおごりだからな!」



多くの観客たちに紛れて、私たち二人は普段とは違う視点から闘技場を見下ろしている。この目線の先で広がる空間で普段私は戦っているし、アルも闘技場の地下へと続く道から鉄格子越しで見ている。そのせいか同じものを見ているのに全く別のものに見えてきてしまう。



「……これが市民の目線、ってやつだよ。愛弟子。」


「……はい。」



フードを深く被ってはいるがのぞき込めば正体はバレるし声を知る者なら気が付くだろう、だからまぁ一応呼び方もいつもと変えている。気が付くやつはいるだろうけど今はそんなことを気にするよりも試合に集中した方がお得だ。……にしても、オーナーが一般席でしかチケットを用意できなかったって今年は相当な盛り上がり方なんですかね?



『さぁさぁお待たせいたしましたぁ! 第二試合がいよいよ始まろうとしています!』


「……師匠、次の試合はどんな方が?」



鳴り響く実況の声を聞き流しながらアルに説明を施していく。


片方はおじいちゃん剣士。いわゆる生きる伝説、ってやつだ。剣闘士なんて一年でも続けてたらもうとてもヤバい、って感じのお仕事なんだけどこの人は30年近く戦い続けている。年は50手前と前世の感覚からしたら『老けたおじさん?』って感じなんだけどこっちの世界じゃもう十分なおじいちゃんだ。老化のせいでパワーもスタミナもスピードもないんだけど、これまで蓄積した経験と技術がある。


詳細は解らないんだけど何かしらの特異なスキルを持っているみたいで強い警戒が必要。もし私が戦うとすれば何かされる前に確実に一刀で殺し切る、って感じかな? さすがに対応されないとは思うけどここまで生きてきた化け物に警戒しない方が可笑しい。オーナーが新たに手に入れた情報によると、なんでもそろそろ限界を感じてたらしく最後に一華咲かせてやろう、ってことでお祭りに参加したみたい。



「30年……、とんでもないですね。」


「この人のオーナーが子供の時から剣闘士やってるみたいで意見が通りやすい場所だったみたいね。」



ま、この世界にはクソみたいな人間もいるけど良い人間もたくさんいる。そこは元の世界と一緒ってことだ。そんな人の良い若いオーナーのところに子供のころから活躍し続けている剣闘士が頭下げてきたらねぇ? 答えるしかないってことだろう。


うるさい実況に合わせゆっくりと出てくるのは壮年の男性、髪は全て白髪で身に着けている装備も最低限のものだ。自身の最大の武器である技術と経験を十全に扱うために普段通りに近い装備で挑む、ってことだろうか。



「それで次が……。」



片方が珍しければもう片方も珍しくなるみたいで、反対側からゆっくりと出てくる剣闘士は魔法を扱うことができる。



「……え。」


「こうなるともう仕組んでる可能性が高いよねぇ……、まぁ一番上の権力者さんが主催してるし奴隷如き好きにできるんでしょうけど。」



アルの診断の時にも言ったが、魔法は貴族の象徴で決して剣闘士なんかが扱っていい技術ではない。……だが、私の隣に魔法を扱える農民の出の子がいるように、何事にも例外は存在する。彼のオーナーは貴族で、彼の母親は奴隷だそうだ。あとはまぁ……、言葉にしなくても解るだろう。彼の父親は"最初からいないことになっている"。まぁ奴隷は人じゃないからね、そこら辺はとても自由だ。


優秀な母体を用意してあとは魔法を扱える自身の血があれば簡単に手に入る最強の剣闘士、ってわけだろう。実際教育に金はかかるだろうがお貴族様となればその問題は無視できる。貴族同士のパワーバランスとか、国家と貴族の関係とか色々あるみたいだからねぇ……。私の感性は拒否反応を起こしてるんだけど、こっちの人間にはまぁ放置してもいいレベルの問題みたい。



「あ、あと名義上は彼の懇意にしてる商人がオーナーみたい。」


「……それ私たちが知ってもいい奴なんですか?」


「比較的ダメな方だけどとあるスジじゃ有名なんだって。他に試そうっていう人がいるレベルに。」



ま、どっちみち戦うことになればどうせ殺す運命だ。彼がどんな運命の元で生まれてきたのかは知らないし、どんな気持ちでそこにいるのかも知らない。もちろん知りたいとは思わない。私がもし貴族とかの高い地位であったのならば何か考えたのかしれないけどね? はっきり言って他人事だ。



「ちなみにですが師匠はどっちが勝つと思います?」


「魔法の方。」



ま、個人の才能もあるだろうけど今回の勝因は資金力の差かなぁ? 魔法使いくんの方は"親"の血がよかった上にその資金力を十全に活かせる立場にある。まぁ奴隷なのは変わらないけど彼の"ご主人様"の道楽が終わるまでは湯水のように金をつぎ込むことができたんだ、オーナーが調べたところによると結構な金額が彼の魔法習得のために使われていて、その上装備だって整えている。


軽装タイプらしくそこまでゴテゴテしてないが、どれも全部最上級の魔化が施されているみたい。さすがにコレは……、おじいちゃんの運がなかった、って感じかな?



「と、なると師匠にとっては如何に攻略するかっていう問題になるわけですね。」


「しょゆこと。」



まぁなんだ? 剣神祭は試合数の問題で時間を掛けて行われる。今日の初日で8試合、明日の8試合で一回戦を終わらせて残り16人に。三日目に8試合を終わらせて残り8人。四日目に4試合をしてベスト4、そして五日目に決勝戦に進める2人を決めて六日目が最終日って予定だ。


つまり私が彼と対戦するのは明後日になる。



「でもまぁ……、彼も当たりかなぁ?」







『それではッ! 試合開始ッー!!!!』







様々な属性を使いながら、おじいちゃんを追い詰めていく彼の様子を見ながら私はそんなことを考えていた。上に行けば行くほど"化け物"としての濃度が高まっていく。目の前のことに向かって準備をするのもいいけど先を見据えた方がいいかもねぇ。


そんなことを考えながら彼が使える魔法の種類を一つ一つ確認していく、そのすべてを一回戦で曝け出してくれるわけはないだろうが使えるものを知っているってだけで十分対策になる。まぁこれでも? アルちゃんに何か教えるためって名目で魔法の教本手に入れましたから? 休憩時間とかかなり読み込みましたから? アルちゃんがちょっと引くレベルで暗記しちゃいましたから? 魔法対策はバッチリってわけだ。



「体術解禁かなぁ……。」





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