13:第一試合


さて、あれから結構な時間が過ぎて。


今日が剣神祭当日だ。


ちょうど今は控室の方で待たされてるんだけどこっからでも外の観客たちの歓声が聞こえる、やっぱ無茶苦茶大きいお祭りなんだなぁと改めて思って見たり。今はどうせ皇帝かなんかのお偉いさんの話かなんかでみんな湧き上がってる感じだろうね、んでその前座が終われば私たちの時間、殺し合いの時間だ。いつも通り賭けとか発生してるんだろうけど一体どれだけの額が動いているのか、まぁこの祭りのためだけにわざわざ遠方からはるばるやって来た人もいるらしい。思いっきり経済が回されてるんだろうね。人が殺し合う祭りで熱狂するなんて……、相変わらずすごい世界だよ。


装備を受け取ってから数週間後、大体今から一月前ぐらいに出場者とその組み分けが発表された。今回は頑なに出ることを拒否していた私が出るってイレギュラーもあったんだけど、それ以外にも色々あったみたいで参加人数が倍に増えている。本来は16人のトーナメントなんだけど数合わせとかが色々あった結果倍の32人のトーナメントとなった。つまり五回勝ち抜けば私は晴れて奴隷から卒業ってわけ。


……この数合わせの参加者増量なんだけど、オーナーとかが調べてくれた結果全く嬉しくないことに"化け物"とカウントされる奴の方が多い。つまりどう足掻いても私の負担は増えるってこと。


まぁ一日で全部の試合をやるわけじゃない、最後の方は連日になるけど一回目と二回目が終わった後は丸一日のお休みがある。だから疲労とかの問題は大丈夫ではあるんだけどね。ちょっとでも数は増えるってことはあんまり気分の良いことじゃない。


どうあがいても私を含めた"化け物"に"化け物未満"は致命的な相性の差がない限り勝つことはできない、しかも私は運が悪いことに初戦から"化け物"相手だ。最初はちょっと楽できるかな? と思ったらこれだよ。つまり何か番狂わせが起きない限り、五回連続でお化けを相手にしないといけないってことだ。……覚悟してたけどねぇ?



「……よし、愚痴は終わり。」



いつものように纏まらない思考を全て捨て、脳の中の意識を切り替える。ここからはもう、ビクトリアである必要はない。ただ生き残ることだけ、ただ目の前の敵を殺すことだけ。それを考えて前に進む。如何に効率的に敵の体力を削るか、如何に自身のダメージを減らすか。私がこの世界での"生き方"を叩きつけられたあの裏の世界の感覚を、全身に行き渡らせていく。昔の感覚が、死の恐怖が、少しずつ浮かび上がってくる。……だけど、私はもうあの時とは違う。



「アル。」


「……待ってます。」



膝を付け、彼女を強く抱きしめる。



「約束は破らないよ、絶対にね。」



人々の都合の良い偶像である"ビクトリア"ではなく、人を物としか扱わぬ世界で形成された"ワタシ"でもない。


帰りを待つ人がいる、ただの人間だ。


ずっとこうしていたいけど。もう、時間だ。不安がないわけではない、だけどもう手の届くところに希望がある。強く笑い、立ち上がる。



「行ってきます。」



ゆっくりと、暗い道を歩く。視線の先には鉄格子から光が漏れていて、歩を進めるごとに歓声が大きくなる。ここまでの音は聞いたことがないくらい、建物自体が強く揺れている。その振動のせいか、緊張のせいか自身とそれ以外の境界が少し薄れていく。一体化するような感覚。


吞まれるな、"私"であれ。


鉄格子が、ゆっくりと上へあがっていく。


時間だ。





 ◇◆◇◆◇






基本、私は対戦相手の名前は聞かないようにしている。


一度それを聞いてしまったら私が背負い続けるものに名前がついてしまうから。最初はまだ両手で数えらたはずのそれはもう正確な数を教えてくれない、ただ一人の人間が背負うのには不可能に近い数だ。忘れてしまえば楽なのだろうけど、そこまで私は適応できていない。……慣れてしまえば、私じゃないような気がしたから。


だから、今私の目の前に立つこの男の名前も知らない。


けど、その強さは解る。


前身に纏われたその鎧は青白く光る特徴からミスリルだということが解る、それも明らかに分厚い。こいつ自体の肉体の大きさもあるだろうが防御に重きを置いたその甲冑がまるで城のように内部の肉体を守っている。作り手がいいのか剣を差し込めるような隙間もかなり少ない。私みたいに頭部を付けない、ってタイプでもないみたいだし。


この世界じゃ珍しくない2m越えの恵体に、鍛え上げられた肉体。それを保護するミスリルの城壁。そして扱う武器は……、大剣。こっちもミスリル。タクちゃんの完全上位互換に用意できた最強の武装を持たせた剣闘士。私が言えたことじゃないけど金掛かってるね。



『さぁさぁ皆様お待ちかねぇ! いよいよ剣神祭が始まります! ちゃんとどっちに賭けるかは決めた? 億万長者になる準備は? 一文無しになる準備は? 全部終わってますよねぇ! 初戦から熱すぎてぶっ倒れないようにお気をつけください!』


『さぁ第一試合! 先に現れたのは超重厚! 超重量! 有り余るパワーにミスリルの全身鎧の鉄壁! まさに騎士って奴の完成形がここにある! それもそのはず! こいつは元々騎士様で……』



普段はこんな口上はそこまで時間は取らないのだが、お祭りってことでわざわざ魔道具を使って闘技場全体に声が響いている。こいつのプロフィール情報は大体オーナーから聞いてる。元々戦場を駆け巡って敵を葬り続けた大層な騎士様。でも戦場でバカなお貴族様の上官、その命令を無視して多くの兵士を救った。でも命令違反は命令違反、活躍しすぎて恨みもあったのか汚名を色々と着せられて一気に名誉を失う。


あとは貴族の怒りを買って爵位剥奪、政治が上手くなかったってことで色々借金とか面倒なものが重なって剣闘士に堕ちた人、らしい。この世界ではよく聞く話だ。



『続いて現れたのはこれまで頑なに出場を拒否し続けた魅惑の大華! 女騎士ビクトリアだァ! これまで出てなかったから腰抜けとか! 女だから弱いって思った奴! もう賭けは締め切ってるぜ! 残念だったな! こいつのそんな軟な剣闘士じゃ……。』



最初はまだ丁寧語を維持しててた実況がノリに乗って来たのか言葉が荒くなってきている、いつもの私ならここでパフォーマンスなんかしたんだろうけど、今日の私はビクトリアじゃない。役者として何か言い訳するとすれば『普段とは違う本気の私を見てほしい』、個人とし何か言うなら『そこまで余裕ない』だ。



『さぁ俺の長ったらしい口上もこれで終わりだ! 剣神祭の始まりの音を我らが皇帝陛下に上げて頂きましょう!』



貴賓席から一人の男が、顔を出す。


彼が手をあげると同時に、喇叭の音が鳴り響く。


さぁ、殺し合いの始まりだ。









<加速>三倍速









開始音と同時に踏み込み脳内のスイッチを入れる。地面がめり込むほど強く踏み込み、受け止められる前提で抜刀からの振り上げ。選択するのはロングソード。日本刀のように神速の抜刀術、ってのは私にはできないが疑似的にそれを再現することはできる。


思い出すのは、鍛冶師の彼女の言葉。この剣を打ってくれたドロの教え。



『ミスリルってやつはな、鉄よりも大分重い代わりに魔化はやりやすいし鉄よりも固いのは有名やな。でも、鉄が完全に劣ってるわけじゃないねん、ちょっと精錬の方法を変えてやれば粘りが出てな。使い手によってはミスリルとかも両断できるねん。』



あいにくこれまで鉄以外の鉱石は使う機会がなく知らなかったけど、彼女が言うならそうなのだろう。使い手の差、ってのがコイツと生じるかはわからないけど……。可能なら、断ち切る。成功すれば鎧事その肉を断ち切りもう一本のレイピアを引き抜き刺し殺して終わり。無理なら無理で次の手につなげていくだけだ。


そうして振るわれる私の剣。先に攻撃手段を奪ってしまおうと奴の利き手を狙ったものだったが……、加速した私の視界に、現れるのは彼の刃。


やっぱり三倍速程度じゃ対応される、か。



「ッ。速い、な!」



私が加速しているせいで面白いぐらいゆっくりな奴の声が聞こえる、だがその剣の速さはかなりのもの。人の身長と同じくらいの大剣、しかもミスリル製なのに軽々とそれを振り回している。正直驚異的な身体能力だ、なんか私みたいにスキルでも使ってるのかそれとも全身ミスリルのおかげで大量の魔化を施しているのか。


確実に私を殺そうとしてくる刃を半ば過剰なほど動き避けていく。まだこいつの技量は読み切れてないけど、力技で無理やり斬撃の軌道を変えて来ても可笑しくない。その分威力は落ちるだろうが、風圧だけで喰らったらヤバいことが解る。剣で受け流す、って方法もあるけどここまで単純な身体能力に差があるのならいくら曲がりにくいって言われたこれだって歪む。



(一撃一撃が重い、速度も並じゃ対応不可。……今の速度に、目が慣れてきた、かな?)



三倍速の世界じゃ結構避けるのに苦労する連撃、こっちから剣を振ることもあるが今の速度じゃ断ち切る前にこっちが両断されそうだ。軽い牽制程度に収め剣と剣が打ち合う音が連続的に響いていく。打ち合いながら剣の様子を確認するが、こっちの方は刃こぼれなし。代わりにあっちの方は少し欠け始めている。


こっちが角度に気を付けて振っていたおかげか、あっちが気にしていないか。まぁ後者だろう。技量は私には劣るけど化け物として必要なものは兼ね備えている、彼が剣に求めているのは切れ味ではなく叩き切る為の道具。剣がなければ棍棒でもいい、って感じの戦い方だ。身体能力で押し切ることができたからのやり方だろう。実際、私が今の速度が最高なら厄介なことになっていた。



(数度打ち合えば無理して合わせてくる可能性もある、それにこっちの体の限界もある。……やるなら、一瞬。)



幾ら超人的な体を持っていたとしても、人間である限りどこかで歪は生じる。ほんの少し、ほんの一瞬でいい。それを引き出すことができれば、後はこっちのものだ。あまり時間を掛けて相手が戦術を変えてきたり、奥の手を使ってくるのは避けたい。さっさと終わらせよう。



剣を、投げ捨てる。



奴がその大剣を振り下ろした瞬間に自身の剣をその頭部へと投げつける。速度、角度共に問題ない。ちょうどそのヘルムの隙間、目を貫くように。人は誰だって頭への攻撃は警戒してしまうものだ。それがいくら強固な兜に守られていても、必ず隙間は存在する。金属を頭の形に合わせた球体にするのってやっぱり難しいし、そものぞき穴がなきゃどこも見えない。


訓練すれば甲冑で受ける、ってことはできるようになるかもしれないけど……、なら最初から回避しないといけない攻撃をすればいい、ってことだよね。


彼の視界に、剣が出現する。


戦場を駆け抜けた彼が私と同じことをする奴と出会わなかったとは思わない。多分今と同じ三倍速で動き続けていれば、その経験からすぐに対応してきただろう。いくら一時的に視界を奪われようが、私たちに"化け物"にとって五感の一つでしかない。他の感覚器と経験があれば簡単に対応できる。


だから、ギアをあげる。




三倍速から、"七倍速"へ。




元々私の素の速さってのは剣闘士の中で上から数えた方が早いってレベルだ、ある程度訓練された兵でも素の速度で制圧することができる。それを、さらに速くする。当然その分代償を払うことになるが……、これで決着がつくから安いものだ。


その速度に入った瞬間、脳は悲鳴を上げ少しでも体を動かすと全身が軋んでいく。故に、長時間の使用は避ける。使うのは、一瞬だけ。


強く踏み込み、空へと飛び掛かる。全力で投げたはずの私の剣は、何段も遅くなり、彼の動きも更に遅くなっている。私がちょうど空へと飛びあがるのと、彼が剣を避けるために首を動かし始めたのが同時。そっちは避けられるだろうけど……、こっちはどうかな。


優秀な奴ほど、視覚情報を確保し続ける。いくら他の感覚器が使えたって人間の構造上、視力に勝る情報入手方法はない。だから、敵からは絶対に目を離さない。



奴のヘルムの奥の瞳は、こちらを。



レイピアをすでに抜いた私の姿を捕らえている。






<加速>速度低下、五倍速





慣れ親しんだ速度で、狙うは中身。


この世界の人間なら摩訶不思議な方法で刃を筋肉で防御しても可笑しくはないが……、眼と脳はさすがに無理だろう。切っ先を合わせ、腕を押し込めば、入る。後は同じことを念入りに三度ほど繰り返せば、おわり。



「やっぱり、相性が良かった。」



曲芸師のように、彼の頭に足を掛けさらなる飛翔と共に彼を蹴り飛ばす。さすがに死んでいるとは思うが一応の確認だ。


空中で剣を振るうことで血を払い、着地する。振り返ってみれば彼はまだ倒れている途中、動きそうにない。ん、私の勝ちだね。



安心して『加速』を切れば、どさっという巨体が倒れ伏す音。あとは一拍遅れて頭が割れそうになるくらいの大歓声ってわけだ。……一応、まだこの仮面は使うつもりだし……、"ビクトリア"としてお辞儀ぐらいしておきましょうか。




とりあえず一勝……、だね。




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