4:丹念に鍛錬



アルちゃんに朝ごはんを詰め込む、っていう楽しい作業を終えた後。私たちは訓練場の方まで来ていた。あ、朝飯食べるところとは違う場所ね? さっきいた場所は私たちが住んでる宿舎の隣にある簡易練習場で、今来てるのはもっと本格的な場所。


簡易練習場の方はウチのオーナーが所有している場所で、こっちの訓練場は剣闘士の興行を取り仕切ってる運営が所有している。単なるトレーニングとか、朝みたいなアルちゃんとのいつもの訓練ならいつもの場所でもいいんだけど、タクパルとの模擬戦となるとちょっと場所が狭すぎるんだよね。


それに簡易練習場は立地的に宿舎の隣にあるからさ、最悪私が吹っ飛ばされた時に建物を壊しちゃうかも、っていう問題も出てくる。人数分使用料を払わなきゃ使えない訓練場だけど、宿舎ぶっ壊した場合の損害と比べれば断然こっちの方がいい。


とまぁそんなわけでやって来た訓練場、白砂で舗装された大きなグラウンドにはすでにかなりの人数がやって来ていた。外周を走っている奴、トレーニング器具を借りて自身の筋肉を傷めている奴、誰かと模擬戦をしている奴と色々だ。そんな剣闘士たちに全員に当てはまるのが、皆ある程度の実力者、ってところ。まぁ例外はいるけどね?



「かなり広い場所なんですね……。」


「ん? アルは初めてか?」


「まぁ連れてきてないからね。」



ある程度の実力者しかいない、それはつまりここにはある程度稼げる奴しか来れない、っていうことだ。結構私たちにとってはここの利用料は高いのよ。私だって今日みたいな模擬戦ぐらいでしか使わない場所だし、アルちゃんには使わせてもあんま意味がないので連れてこなかった。トレーニング器具があるって言ってもそんな前世のマシンがあるわけじゃないしさ……。


まぁオーナーがウチの主人みたいに大量の奴隷を所要してない人だったりすると、剣闘士用の宿舎も練習場も持ってない。ってことがある。道端で剣振るわせても邪魔なだけだから、そういう時にもここが使われたりするのよ。これがさっき言ってた例外ね? ……うん、たまに『なんでお前剣闘士してんの?』って奴いるのよ。数日後に来なくなるけどさ。




「一回入場に100ツケロ、まぁ普段使いはしないよね。」



ツケロ、ってのはこの帝国の硬貨単位。剣闘士が食べてるパンとかクソ不味い野菜汁の一食が大体合わせて5~8ツケロって考えるとかなりの値段だ。私やタクパルぐらいになると毎日は嫌だけど普通に何とかなる値段なんだけど駆け出しには無理だよねぇ……。昔の私みたいに何か目的がなければ、普通は来ない場所だ。



「んで、タクちゃん。ルールの方は模擬戦の奴でいいよね?」


「それで構わん。」



他の人がいないある程度の場所を確保した後、彼にそう問いかける。


そう返すタクパル。まぁ次の相手が番付的に上で、速度重視な戦いからをする相手ということは知っていた。だからこそわざわざ彼に声を掛けたのよ、断らないだろうし~ってことで。今日はウチのボーイたちが歯ごたえなさ過ぎたせいで消化不良だし、自身のスキルの限界突破訓練が行き詰っていることもあって声を掛けさせてもらったわけ。


っと、言い忘れることだった。



「アルちゃんとそこの男子~! 眼ぇ見開いてちゃんと見ときなさいな~! あ、あとなんか襲ってきた奴がいたら囲んで殴り殺していいからね~!」



後進の育成、ってことでちゃんと注意しておく。タクパルの方を見るけど何か付け足すことはないみたいだ。私たちの模擬戦から何か得ることと、自分の体は自分で守ること。できなければ仲間と守り合うこと。大事なことだよねぇ。


ん? 何が危ないかって?


そりゃあ闇討ちしてくる奴だよ。私もタクパルも結構な数を殺してここまで来ている。もちろん殺しナシの興行もあるが、殺し殺されの世界がこの世界の基本だ。そうして駆け上がってきたらまぁ……、恨みを買うわけで。この訓練場は剣闘士以外も入場することができる。つまり殺された剣闘士の友人や弟子以外にも、剣闘士の元親族だったり、金のなる木だった剣闘士を殺されたオーナーだったり、が恨みを晴らすために闇討ちしに来ることがあったりする。


まぁ一応剣闘士同士の私闘はご法度だし、殺しちゃった場合はその剣闘士のオーナーから結構な賠償金を求められたりするもんだけど、ヤルやつはヤルのだ。


それに私らぐらいの実力になると、時たま冒険者グループとの興行が組まれることもある。剣闘士に仲間を殺された冒険者が、そいつを闇討ちした後自死した。ってのは結構よくある話らしい、そんなんするぐらいなら出場するな、って話なんだけどまぁリターンがクソ大きいんだろうねぇ。



「っと、準備体操はそんなもんかな? タクちゃん初めていい~?」


「あぁ、構わん。」



「来いッ!」



瞬間、私の足元が爆発する。


そも、この世界の人間の体ってのは前世のものと全く違う存在だ。明らかに人間が出せそうもない出力を平気で出してくる。まぁ普通に魔力や魔法がある世界だ、体のつくりからして別物なのだろう。そうじゃなきゃスキルも使わずにこんな速度は出せない。


今自分が出せる純粋な速度で、彼へと襲い掛かる。


その首を狙った横薙ぎは、思った通り難なく受け止められ子気味いい音があたりに響く。



「やぁ~ぱり止められるよね。じゃぁ速度上げてくよ。」




 <加速>




等速から、二倍に、三倍にと徐々に速度を上げていく。このタクパルという剣闘士の眼はいい方ではあるが、アルちゃんには大分劣る。おそらく完全に目で追えていたのは三倍くらいまでだろう。そっから先は目の動きが剣の先を含めた全体じゃなくて、私の体の動きを見に行ってる。


もちろんタクちゃんも反撃しているが、私がいるスローモーションの世界ではどんなに重く鋭い一撃でも十分に対処可能だ。それこそ音速とか光速レベルの攻撃になってくると対処できないけど、人間が出せる速度じゃ私に追いつくのは無理ってわけ。


にしても弟子を持てるぐらいまで大成している剣闘士なだけあって、やっぱり蓄積された対人の経験値が段違いだ。速度にものを言わせた奴がどこに剣を置いて来るか。どこにこちらが剣を置けば防げるのか。経験によってそれを判断してるのだろう。それに速さにものを言わせて戦う奴ほどその剣の重さは軽い。この大男なら受け止めてもそれほど負担にはならない。


普段使いしている五倍速まで上げたあと、十数度打ち合った後に一旦スキルを解く。



「とまぁ今のが私の速度、目慣らしにはなった?」


「……あぁ。しかしやはり速いな、これが最高ではないのだろう?」


「まぁね、でもこれ以上は負担になっちゃうから最後ね?」



二人とも、少し汗が出てきたぐらい。激しめの準備運動、って感じかな?


ちらっと弟子ちゃんたちの様子を見てみればみんな真剣な顔してこっちを見てる。うん、こっちの方はもう気にしなくてよさそうだ。周りを見ても彼らに近づこうとしたり様子をうかがっている奴はいない。



「それで、ご注文は? 対戦相手のトレースはさすがにできないけど私ら速度厨がどういうやり方を好むのか、ってぐらいは見せてあげられるよ?」


「よし、ならそれを頼む。時間は……。」


「こっちのスタミナ管理もあるから任せてもらってもいい? あぁ心配しないで30分ぐらいなら連続でいけるから。……あぁあと、これ終わったら休憩挟んで全速力、って感じでもいい?」



彼から帰ってきたのは強い頷き。


ならよし。じゃあ再戦、っと。


さっきと同じように思いっきり踏み込み、それと同時にスキルを発動させる。ただし今度は緩急、そしてブラフも付けて。この場には私が“ビクトリア”として振舞わないといけないような相手はいない。だからこそ自分の出せるすべてを彼に魅せてあげる。普段は剣一本だけで戦うようにしているのだが、そこに足技も付け足していく。


剣で魅せるのではなく、ただ荒々しく。敵を殺すための戦い方だ。


まぁさすがにマジで殺しはしないんですけども。






 ◇◆◇◆◇






大体、一時間弱ぐらいだろうか。


本気での打ち合いはほぼ私の全勝で進んでいる。大体……、219対17くらい? あ、一本。つまり致命傷レベルの一撃を与えた数ね。寸止めしてるから実際には当ててないんだけど。まぁこれでも剣闘士の中じゃ素の速度で上から数えた方が速い方ですし? その上スキルも使ってるから最大五倍速ですし? 逆に17も持ってかれてるのがヤバいくらいですよ。


まぁさすがに小休憩挟みながらでもこれ以上は限界みたいで、スタミナ切れでタクパルちゃんの精彩も欠いて来た。中盤の眼が慣れてきたころ、連続で取られた時みたいな正確性とパワーはなくなってきている。だからここ数分は私の独壇場になってるんだけどまだタクちゃんの闘志は消えそうにない。健全な肉体には健全な精神が宿る、って言うけど強靭な精神も宿るみたい。ま、これ以上は二人とも辛いしそろそろ終わりといたしましょう。



「これで、220!」



股の下を通り抜けて背後から首元へ剣を運ぶ。タクちゃんの図体がかなり大きい上体幹がしっかりしてるから太腿を視点にして鉄棒みたいなこともできる。ほら空中で一回転。



「うん、キリがいいしスタミナ切れてきたでしょ? そろそろ休憩しません?」


「はぁ、はぁ、はぁ。……そう、しよう。」



剣を地面に突き刺し、肩を上下させながら息を整える彼。うんうん、いい練習になったみたいで何より。……んまぁ私も口はへらへらしてるけど体中汗まみれで実は限界寸前。さすがに休み挟んだとしても、一時間近く動き続けるのはキツイっすよ。しかも私の場合『加速』使ってるから実際動いてる時間はもっと長いし、スキル使用に伴う体力消費もある。カッコつけてこんなこと言ってるけど足がちょっと震えてるのは秘密。そしてそれを解ってても触れてこないタクちゃんは紳士。


いや、にしてもタクちゃんすごいな。こっちはビクトリアじゃなくてジナとして戦ってたんだよ? 魅せ方も気にしない単に相手を殺すための戦い方。右から攻撃しようとする姿を敢えて速度を落として相手の眼に焼き付けた後で、反対側から攻撃するとかさ。連撃の途中で加速したり減速したりして感覚を狂わせたりさ。彼の大きい体を利用して曲芸師みたいに飛び回ったりしてたのに20本近く持ってかれた。ブラフと私の癖を読んで、的確に剣を振るう。や~っぱこれまで生き残ってるだけあるねぇ。私もすごく勉強になった。



「……何をどう考えたら人の剣の上に乗るとか思いつくのだ。」


「だってタクちゃんの剣遅かったから。」


「嫌味か?」


「そうだよ?」



だってさっき陰でこそこそ悪口言ったから怒ってたんでしょ? だから目の前で悪口言って上げたの。え、何? そもそも人の悪口を言うな? いや~、そりゃ無理な話ですぜ旦那。そういうの善き人間の心、みたいなのは全部ここ来たときに消滅しましたとも。なぁ~にが楽しくて人殺しを仕事にしなきゃいけないんですかい? あはー! ふざけなきゃやってられませんて! 真人間のタクちゃんがどれだけ希少種なのかお判り? 弟子三人も持ってて誰も逃げ出さずに従ってて、しかも慕われてるって相当レアだよあんた。


っと、そんなお話ししてたらちょうどお弟子ちゃんたちが走ってきた。アルちゃんも一緒ね。



「師匠! 大丈夫ですか!」


「あぁ、大丈夫だ。単に疲れただけだ。」


「どっちも寸止めで終わらせてたしね~。」



若干ふらついているタクちゃんにタオルとか水筒を渡してあげる弟子ちゃんたち、みんな彼のことを慕っているのか心配そうに彼のことを見ながら世話をしている。まぁ訓練だってことを理解してくれてるおかげで私にヤバい視線を向けてくる子はいない。それは本当にありがたい。


昔タクちゃんみたいに人が出来ている剣闘士と試合で当たった時、“ビクトリア”としてまるでワルモノを倒すように殺しちゃったことがあってさ……、いやあの時はほんと応えたよ。闇討ち二件に、弟子との試合メイキングが一件。先に闇討ちがあったおかげでか、最後一人だけ残ったあの子の憎悪に染まった目は当分忘れられそうにない。まぁみんな私が殺したんですけど。



「はい、ジナさん。水です。……やっぱ足限界でしたか。」


「サンクス、やっぱ解る?」



にやにやしながら足を触ろうとするアルの手を軽く叩きながら水を受け取る。この子め、私に似て悪い子になっちゃって。そういえばあっちの弟子ちゃんたちは飛んできた、って言うぐらい走ってたのにアルちゃん普通に歩いて来たな? もしかして師匠が心配じゃなかったとか!? ヨヨヨ、私すごく悲しい。



「いやどんな顔で言ってるんですかそれ、全部は解りませんでしたけど……、普通に勝ってたじゃないですか。」


「まぁそれもそうか。」



演技で鍛えた無駄にうまい泣きまねを止め、彼女が渡してくれるタオルで汗を拭く。つまり私が勝つって信じてたから、ってこと!? いや~! 愛されてるな私! 「違いますが?」あ、そうなの。しょんぼり……。


ま、嫌われてないのならそれでいいや。ヨソはヨソ、ウチはウチだ。意見はズバズバはっきり言ってくれた方がありがたいし、自分の意思表示がちゃんとできるなら私は特に何かいうことはありませんで。たくさん食べてたくさん運動して強くなりましょうね? ……と、言うわけで。




「あ、そうだタクちゃーん。休憩の間ちょっとそっちのお弟子ちゃん借りてもいい? アルの練習に付き合ってあげて欲しいんだけど。」


「えッ。」


「大丈夫……、そうだな。こちらは構わないのだが、アルはそうでもないみたいだな。」



今日は見学で終わりだなぁ、みたいな顔をして油断していたせいかものすごい顔になったアルちゃんを無視して話を進める。あっちの弟子ちゃんたちも別に大丈夫、って感じだし師匠であるタクちゃんのOKもでた。



「きょ、拒否権は!?」


「あると思う?」


「ね、年齢差とか体格差的に絶対無理ですって! 勝負になりませんよ!」



大丈夫大丈夫、寸止めルールだし。できそうになかったら私が剣を指しこんで止めてあげるし。


というか同じ相手ばっかりとやってたら変な癖残るんだよ? それが原因で死ぬのやでしょ? ほらちょうどよくパワータイプの勉強してるこの子たちがいるんだし。胸借りるつもりで頑張りなさいって。ほら今なら死なずにただで経験させてもらえるんだぜ? まぁもちろん逃げてもいいけど、そん時は私が後ろから全力で追いかけるけどな!



「……ぅう! やってやりますよコンチクショー!」



その後、無茶苦茶鍛錬した。

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