第29話 相変わらずクソザコな俺だけど天使と魔神に助けられて何とかやってるよ

 今日も何とか一日乗り切ったぞ。


 俺はセピアと肩を並べて駅への道を歩いていた。

 バーガンディーの襲撃を受けて重篤な容体だったセピアであったが、何とか回復して今では会社に復帰していた。


 しばらく安静にしていたので体調はバッチリだそうだ。

 それにしてもうちの会社にも有休なんて制度あったんだな。

 知らなかったわ。


「そういや、最近、会社の業務が上手く回るようになったような気がするんだけど、セピアは裏で何かしてるってことはないよな?」

「ああ、気が付きましたか? ちょっと役員や上司連中の精神にちょちょいと干渉しておいたんです」

「そんなことやってたの!?」

「従業員の多くが黒の心臓ブロークン持ちで思わず、えっ?ってなりましたからね。もちろん先輩ほどの力を宿した心臓はありませんでしたが」


 なるほど、ブラック企業をホワイトにするなんて天使ちゃんマジ天使。


「あ、あまりやり過ぎないようにな?」

「はい! すみません」


 セピアがテヘペロといった表情をすると、俺の胸が高鳴るのを感じる。

 俺は不覚にもドキッとさせられていた。

 いかん。セピアを意識しているみたいだ。


 顔が熱い。

 夜でなければ、紅潮した顔をセピアに見られてしまうかも知れないな。

 俺は周囲が薄暗いことに感謝した。

 その時、セピアが真剣な声色で俺にささやいた。


「先輩。鬼です」

「ああ、分かってる」


 俺の言葉にセピアが執行官形態エクスキューショナーモードに移る。

 そして左腕のギミックから小さなディスプレイが飛び出した。

 そこにはレーダーのような画面と赤い点々がまばらに表示されている。

 数は3体だ。

 この程度の数ならセピア1人でも問題なく倒せるだろうが、念には念だ。


 俺もセピアに続いて神人化する。

 しっかし執行官形態エクスキューショナーモードはメカメカしくて格好が良いな。

 神人しんじんは外見の変化がないからな。

 はたから見たらスーツ姿で刀を振り回しているってな感じなのだ。

 まぁそれはそれで格好良いかと思いつつ、右手に刀を具現化する。


 そこへ能面の般若はんにゃの顔つきをした鬼が俺の前に躍り出た。


「先輩はそいつをお願いします!」


 般若の顔をした鬼は能面と同じような表情をしながら器用に話しかけてくる。


「心臓を喰わせい。はようはよう」


 セピアはフワリと浮かび上がると、前方から近づいてくる2体に銃をぶっ放しなが接近していく。鬼は長い髪を振り乱しながら刀を両手に持ちセピアに斬りかかる。

 俺の方も余裕がある訳ではない。

 すぐ近くまで迫ってきていた般若へと目線を移すと、間合いを測りつつ様子を観察する。変わらぬペースで近づいてくる般若は着物姿で、日本刀を右手に引っさげている。相変わらず何かぶつぶつとつぶやいているようだが良く聞こえない。


 俺は般若と交戦する勇気を奮いたたせると、一気に間合いを詰める。

 神人しんじんになっているので、かなりの速度で近づくと刀を横薙ぎに一閃する。般若は持っていた刀を両手で持つと、その一撃を軽々と受け止めた。そして、俺の首筋を狙って刀を振り上げた。


 速いッ!


 俺はなんとか反応して上体をらせて避けるも追撃が次々と飛んでくる。その全てをかわし、あるいは刀でいなしていく。

 一撃が重い。早く決着をつけなければならない。


 くっそ、もっと上手く武器を扱えたら……。


 今更そんなことを思ってもしょうがないのだが、戦いになるとそう思ってしまう。

 俺は、捨て身の策を実行する事にした。

 般若が突きを放ってくる。

 俺はそれを必要最低限の動きで避けるが完全には避けきらない。

 馬鹿の1つ覚えと言われようが弱い俺ではこうするしかないのだ。


 肉を斬らせて骨を断つ。


 刀を脇腹に生やしたまま、俺は般若の腕を絡め取ると、右手に持っていた刀を首に突き立てる。そして体重を掛けてその首を胴体から斬り離した。


 よし、何とか倒せた。

 セピアはどうだ?


 気になって彼女のいた方に目をやると、1体の修羅しゅらが彼女に襲い掛かっているのが目に入る。

 近くには既に1体が倒れ伏している。

 その体はかすみ状に変化しつつあった。

 セピアは銃を乱射しながら、空いている右手で何かの術式を発動させた。

 詠唱が俺の耳に届く。


【神界の海を揺蕩たゆた金色こんじきの荒ぶる海異かいいよ。その姿を現し害獣を食い散らかせッ! 暴魚骸喰セルフィッシュ


 すると修羅しゅらの足下から光り輝く魚のようなものが現れ、まるで餌に喰いつく魚のように修羅を一気に飲み込んでしまった。

 大地が大海のようにゆらりと波打つ。


 セピアは敵がいなくなったことを確認したのか、キョロキョロと辺りを見渡して俺を見つけると手を振りながら近づいてきた。


「先輩。怪我はありませんか?」

「ああ、ちょっと刺されちまったが何とか倒せた」

「大丈夫ですか!? すぐに見せてください!」


 セピアは少し乱暴に俺のシャツをめくると刀で刺された傷に向かって両手をあてる。本来ならば、神人しんじんなので傷は自然に回復するはずなのだが、如何いかんせん、俺の光子力ルメスは本当に微々たるものらしく目に見えるような劇的な回復は望めないのだ。


 セピアの両手が金色に染まる。

 何だか温かいような、優しいような感覚が傷口を包み込んだ。


「なぁ、セピア。般若って鬼の中でどれ位の強さなんだ?」


 セピアは傷口から目を離さないままで俺の質問に答える。


「弱い順に言うと般若はんにゃ虚無きょむ羅刹らせつ夜叉やしゃ修羅しゅらの順ですね」


 その言葉に俺は地味に傷ついた。

 やだ……最弱……?

 ついでに虚無きょむすら下から2番目の強さなのかよ。

 こないだ会社で虚無きょむを倒したのはマグレだった?

 ショックなんだが?

 般若如きに苦戦しているようじゃ、今後が思いやられるな。


 俺が内心焦っていると、空気が張り詰める。


「先輩、また鬼です」

「連戦かよ!」


 セピアがレーダーを確認する。

 俺の視界にも赤色の点が飛び込んでくる。

 凄まじい数だ。20体近くいるんじゃないだろうか?


「救援を呼びます。先輩はここで大人しくしていてください」

「セピアは大丈夫なのか? すごい数だぞ?」


 俺は立ち上がると脇腹の調子を確かめる。

 若干の痛みはあれど何とか動けそうだ。


「先輩は回復と、鬼の攻撃をかわすことだけを考えてください」

「了解」


 セピアがそう言って飛び立つと、あっという間に見えなくなってしまった。

 俺は言われた通りに脇腹に手を当てて力を込める。

 セピアの飛んで行った方向から閃光のような光が見えたかと思うと爆音が聞こえてくる。


 どうやら戦闘に入ったようだ。

 俺はレーダーの赤い点の場所を思い出していた。

 あれは俺たちを包囲するかのように展開していた。

 とてもじゃないが逃げ切れない。

 それにしても、今回の襲撃には違和感を覚える。

 いつものように散発的ではなく組織的なのだ。


 俺はとりあえず、脇道に入って回復に専念する事にした。

 しばらく爆音が鳴り響き、空が光輝いた。

 霊的エネルギーも感じるので、セピアが戦っているのがよく分かった。


 くそ! 

 狙われてるのは俺なのに、ただ護られているだけってのが気に食わねぇ。

 イラついてしょうがないわ。


 そんなことを考えていると、背後から気配がした。

 暗い闇の中から現れたのは、羅刹らせつが2体であった。

 俺はすぐに反対方向へと向かう。

 大通りに戻ると、今度は左右から羅刹と修羅がやってくる。


 鬼は力は大したものだが、スピードはそれほどでもない。

 とは言えただでさえ、苦戦するのに囲まれたらデッドエンドだ。

 とにかく絶え間なく動き続ける必要がある。


 俺は鬼のいない方向へとダッシュで移動する。

 その時、後ろから大きな爆発音が響いた。

 何事かとそちらに目をやると1体の修羅が手をこちらに向けている。

 その手の平には黒い霊的エネルギーがその大きさを増していく。


「勘弁してくれよ……おい」


 バランスボールくらいの大きさはあるだろうか。

 修羅が黒子力ダルク弾を俺に向けて放つ。

 それはかなりのスピードで俺に迫ってきた。

 俺は慌てて体を捻って左側へと身を投げ出す。

 黒子力ダルク弾はさっきまで俺がいた辺りで爆発すると、爆風と破壊を撒き散らし、エネルギーの余波が荒れ狂う。


 ヘッドスライディングのような体勢から立ち上がると、目の前の壁の上から新手の鬼が顔を出す。


 四面楚歌。

 もう囲まれちまっている。


「覚悟を決めるか……」


 俺は刀を出してゆっくりと構えると、周囲の鬼を牽制しつつ、全方向に意識を向ける。もちろん、俺の牽制などまったく気にもせず鬼はズンズンと無遠慮に間合いを詰めてきた。俺は少しでもダメージを大きくしようと光子力ルメスを練り刀に力を乗せる。


 仕方なく飛び出そうかとした瞬間、空から何かが落ちてきた。

 え? は?

 目の前に迫っていた鬼の体が突如、綺麗に左右真っ二つになったのだ。


 何が起こった!?


 呆気あっけにとられた俺が目を白黒させている内に鬼の体が塵になっていく。


「もう、お兄ちゃん、感謝してよねッ!」


 聞き覚えのある声だ。それにこの姿は――


「ルージュか!?」

「ピンポーン。お兄ちゃんは黙って見てて」


 ルージュがこちらに振り向きつつ、キメ顔でそう言った。

 背中には黒光りする4枚の翼。


 更に暗闇の中に凛とした声が木霊する。


【冥界に眠りし暗黒の龍よ、暗黒の魂よ、暗黒の力を我らに示せッ! 黒龍咆哮ロキアン・ドラグヴァ


 今度は俺の近くにいた修羅が黒い奔流に飲み込まれ消滅する。

 声の方へ目をやるとそこには、ルージュの上司、スカーレットが6枚の黒い翼を見せつけるようになびかせながらドヤ顔をしていた。


 魔術を放ったのはスカーレットのようだ。

 彼女は腕を組みながら、気持ちのいい笑顔を俺に向けて言った。


魔人まじんになる気になったかい? 阿久聖君」

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