第10話 バレちった……テヘヘ

進捗しんちょくはどう? そろそろ帰ろうか?」

「きりの良いところまで終わりました。問題ありません」


 その返事を承知ととると、俺たちは黙々と帰る準備を始めた。


「何か食べていきますか?」


 帰宅していちいち夕食の準備をするのは面倒臭い。

 いつもなら二つ返事でOKするところだが、今は家にルージュがいる。

 帰って色々問い詰めなければならない。

 でもまぁ神崎さんの方から誘ってくれるってことは少しは仲良くなれたのかも知れない。そう考えると悪い気はしないな。


「いや、帰って食べるよ」

「承知です」


 神崎さんはそっけない口調でそう言った。

 俺は帰り道でまた化物に襲撃されるかもなと何となく考えつつ、帰る準備を進めた。今は夜の8時であったが、外は街灯やら店の灯りやらでまだまだ明るい。

 駅までの道を2人並んで歩いていると、神崎さんが不意に立ち止まった。

 彼女が何やらぶつぶつ呟いている。


「ん? どうしたん?」


 俺は彼女にそう聞きつつも、理解していた。

 周囲が黒いヴェールをかけられたかのように暗くなる。

 そう、あの時のセピア色のように。

 つまり以前、虚無きょむ羅刹らせつと言う化物に襲われた時と同じ現象が起こっていたのだ。


「また出やがりましたね。今回は……多いッ!」


 彼女はそう吠えると、これまた以前と同じように変身を始めた。

 執行官形態エクスキューショナーモードと言うやつだろう。

 白く光り輝く2枚の翼が現れ、彼女の体を硬質化したドレスのようなものがおおっていく。


 おお、先手必勝か!

 展開速いな。


 彼女は右手に出現させた銃を虚無きょむの1体に向けると、トリガーを引いた。放たれた光線を喰らいその頭部が消失する。

 俺が周囲を見回すと10体近い化物の姿があった。

 このままでは包囲されてすり潰されるだけだろう。


 不思議と恐怖感はないが、ピリピリした雰囲気は伝わってくる。

 やはりこのリアリティ、夢なんかじゃないみたいだ。

 恐怖を感じないのは、いつも心を殺して生きているからかな?

 ブラック闘士の処世術がこんなところで発揮されるとは、人生何が役立つか分からんね。


 彼女は少し焦った様子を見せながらも化物に向かって片っ端から銃を乱射している。放たれた光線は鬼たちの頭を貫通し消滅させていった。

 その射撃は正確無比で寸分の狂いもない。


 しかし今回は勝手が違ったようだ。虚無きょむ羅刹らせつとは違う風貌ふうぼうの化物がいる。


 遠目に見ても分かる。

 つか、デカ過ぎィ!

 4、5メートルはあるぞ?


 そいつらは薙刀なぎなたや槍を手にして地面スレスレの低空を飛行しながら突進してくる。

 神崎さんの放つ銃撃はことごとく無効化されているようだ。

 空間が陽炎のように歪んでいるのが、遠目にも分かる。

 これも何かの防御フィールドみたいなものかも知れない。


「チッ! 修羅しゅらかッ!」


 神崎さんは舌打ちをして俺に指示を飛ばす。


「先輩ッ! 私の背後にッ!」

「分かった!」


 俺は彼女に指示された通りに動く。

 あの修羅しゅらという化物が持つ得物に貫かれれば怪我では済まないだろう。

 もちろん刺される気にはなれないので、俺にはせいぜい逃げて彼女の足手まといにならないことしかできない。

 彼女は修羅しゅらの接近に銃を虚空に消すと、手の平から一振りの長剣を出現させる。そしてその剣を振るって修羅しゅらを迎え撃った。


 キィィンキィィィィン。


 刃が交錯し、火花を散らす。

 神崎さんはその俊敏な動きで敵を翻弄していた。

 しかし、後ろに俺がいるせいか、動きが単調になってしまっている。

 彼女はじょじょに、修羅しゅらに包囲されていった。


「先輩捕まって!」


 彼女はそう言って器用に左手で俺を抱えると、翼をはためかせて空中に逃げた。

 地上の建物がどんどん小さくなっていく。

 流石に敵はこの高さまでは飛んで来れないようだ。

 こちらを見上げて地上で咆哮を上げているばかり。

 すると、神崎さんは右手を高々と掲げると、集中を始める。振り上げた剣先には、何やら光の塊が集まり始めていた。


 何だこれ。

 まさかの魔法きた?


【天泣き、地泣き、地獄泣き、そのことごとくを五芒のいましめにて封殺せよッ! 驚天動地ヘブン・ザ・クライ


 彼女が剣を振り下ろすと、巨大な光のエネルギー弾が真下にいた修羅しゅらたちに降り注ぎ、大爆発を起こした。

 こちらにも石つぶてが飛んでくるが、目に見えない何かに阻まれて俺に届くことはない。


 おお、まさしく防御フィールドって感じだ。


 地面からはもうもうと土埃が舞っており、視界が利かなかった。

 これでは敵がどれほどいるか分からない。

 神崎さんは腕に付いているレーダーの様な装置をジッと見つめている。

 それで敵の位置や数を確認しているんだろう。


「何体か生きてますね」


 敵の生死まで判別できるらしい。

 これ機械で再現できるかな?


 こんなことを考えてしまうのは技術者の悲しいさがである。

 彼女は爆心地から少し離れた場所に降りると、俺を解放して剣を構える。

 そして、未だ晴れない土煙の中をじっと睨みつけている。


 しばらくすると、煙の中から2体の修羅しゅらが躍り出てきた。

 1体は大剣を振り上げて上段から神崎さんに斬りつける。

 もう1体もタイミングを合わせて彼女の左側から槍による鋭い突きを見舞ってきた。


「無駄です!」


 彼女は左手に魔法陣のようなものを展開しつつ、大剣による一撃を、右手に持っていた長剣で受け止める。体格差を物ともしていない辺り物理法則が捻じ曲げられているのか、単に神崎さんの力が強いのか。

 まぁ、宇宙の法則が乱れるような攻撃をするヤツもいるくらいだから多少はね。


 槍での刺突攻撃も彼女が作り出した魔法陣に阻まれて、彼女までは届かない。

 2体の攻撃が失敗に終わったのを理解したのか、少し離れた場所にいた修羅しゅらの1体が咆哮を上げる。すると、大きく開かれた口の辺りから幾重にも重なった波動のようなものが放出される。

 それはすごい速度で迫り来るが、彼女はすんでのところで器用にかわし、対峙していた2体に注意を戻したかと思うと、再び剣撃を交える。

 そして、力強い呪文のような言葉を吐いた。


 まるで言葉に何かが宿っているみたいだ。

 よく聞く言霊ってやつ?


【天を満たす光子こうしの欠片よ。舞い踊りそのうたげを謳歌せよッ! 月花繚乱ミストルティア


 神崎さんの力ある言葉と共に桜の花びらのようなものがひらひらと舞い散ったかと思うと、次々と修羅しゅらの体を切り刻んでゆく。花びらの奔流に飲み込まれた2体の修羅しゅらは体中を切り刻まれて地面に崩れ落ちた。どう見てもこと切れているように見える。


 残りは魔法の範囲外にいた1体のみ。

 彼女は銃を出現させ、残りの1体に銃を撃ちまくりながら接近すると、右手の剣を修羅しゅらへと叩きつけた。その剣はオーラのような光をまとい、かなりの長さになって輝いている。


 相変わらず修羅しゅらには銃撃は効いていないようで平然としていたが、剣による攻撃は嫌だったようで、思ったよりも俊敏な動きで右側に避けると、持っていた大剣を神崎さんの頭上に振り下ろした。

 修羅は彼女をかなり上回る大きさだ。

 その一撃を喰らえばただでは済まないように思えたが、彼女はそれを難なくかわすと再び剣を一閃する。

 しばらく、両者の剣の応酬が続く。彼女の体格を考えたらもっと押されても良さそうなものだが、2人は互角の打ち合いをしている。

 その斬り合いが永遠に続くかのように思われたその時、彼女の左手が光のオーラに包まれ、その大きさを増していく。左手には銃を持っていたはずだが、どうやら彼女の意思で出したり消したりできるようだ。

 彼女は左手のオーラをドリルのような形状に変化させると、打ち合っていた修羅の脇腹目がけて貫手を突き入れた。ちゃんばらに夢中になっていた修羅はその一撃を避けることができずに彼女の左手にその巨躯を貫かれる。彼女の手がどんどん埋まっていき、腕まで達した時、ビクンと痙攣をして修羅しゅらは膝から崩れ落ちるように倒れてしまった。


 死んだのか?

 何が起こったのか理解できなかった俺の口からは自然と声が漏れていた。


「何が起きたんだ……」

「体内の漆黒結晶アテル・クリストを破壊したんです」


 こともなげに答える神崎さん。

 いや、専門用語なんて分かんねぇし……。

 仕様書しようしょくれない?


 彼女は周囲に敵がいないかを確認した後、剣を虚空にしまうと、指をパチンと鳴らした。すると、セピア色に染まっていた世界が色彩を取り戻す。街の灯りや、車の騒音まで一気に知覚したので、俺は思わず面食らった。


 なるほど、結界みたいなもんか。

 あれだけド派手に戦ってたのにどこにも痕跡こんせきがないしな。

 あれだ。漫画で見たようなヤツだわ。

 まさか実際に見ることになるとは人生何が起こるか分からないな。


 俺が神崎さんの方に目をやると、その姿は既にいつものパンツスーツ姿に戻っていた。彼女は俺が困惑しているのを華麗にスルーして帰ろうと言ってくる。


 お前は大根役者か。


 俺が今起こったことの説明を彼女に求めると、彼女も困惑した顔でつぶやいた。


「あれ? やっぱり記憶改竄が上手くいってない?」

「つーか、今のことも新歓の時のことも記憶にばっちり残ってるぞ?」


 その言葉に彼女の表情が劇的に変化していく。

 ちょっと面白い。

 ばつが悪そうにしている彼女に向かって俺は再度説明を求めた。


「で、説明してくれる?」

「承知です……」


 彼女は全てを諦めたかのように、項垂うなだれながらもそう答える。

 

 このモヤモヤがようやく晴れるのか。

 色々、問い詰める必要がありそうだ。


 そして俺たちはすぐ近くにあったファミレスへと向かったのであった。

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