DRUG TREATMENT rev2
波 七海
第1話 新しい朝が来た
ピピピピピピピピピピピ……♪
スマホのアラームが鳴っている。
俺はいつものように浅い微睡みから覚醒した。
目を覚ましてやることと言えば決まっている。
まずはスマホを手に取ると時間を確認する。
時刻は6時半。
もう見慣れてしまった時間である。
そしてアラームを止める。
これでようやく耳障りな音から解放されるという訳だ。
ここに至って俺はようやく上半身を起こし、気だるげに大きく伸びをした。
――新しい朝が来た
果たして本当に希望の朝なんかが来るのかは知らないが、少なくとも俺の幼少期は希望に満ち満ちたものではなかった。
夢を見ていた気がする。
いや確かに見ていた。
これもいつもと同じもので、どこか確信めいたものがある。
内容はいつも変わらない。
俺の心臓が黒ずんで最早、人間のそれではなくなってしまう夢だ。
そしてその真っ黒な心臓を誰かが抉りだしてしまう。
全くもって訳が分からない。
そんな夢。
まさか黒い心臓を欲しがる者などいるはずもなし、そんなものを俺から抜き取ったところで何があるというんだろうな。
こんな夢を見てしまうのも全ては幼少期に受けていた虐待のせいに違いない。
そう俺は思っている。
俺は小さい頃、叔母の家に預けられ、陰湿ないじめや虐待を受けてきた。
助けなどなかった。どいつもこいつも見て見ぬ振り。
それでも俺は頑張った。
内弁慶外地蔵という言葉があるが、俺の場合はその逆だ。
叔母の目があったからな。
だが精神の摩耗が限界に達するのは早かった。
そもそも虐待の内容だが、叔母は俺に無理難題をふっかけた上でそれをやれと命じるのだ。そして分かっていながら執拗に俺に答えを求め、応えられない俺をいたぶるのだ。ネチネチと精神的に追い詰め、最終的に待っているのは暴力だ。
彼女の命令に応えられなかった場合、どうなるかを散々刷り込まれてしまった俺は自分に振りかかる厄災が怖くて何もできなくなった。
体が固まって動けなくなり、頭の中は真っ白になって思考停止に陥り言葉さえ出てこなくなる程だ。
自意識過剰とかそういうチャチなもんじゃあない。
常に監視されているような、責められ続けているような、問い詰められているようなそんな感覚。
行動することができない。
期待に応えることができない。
選択して決断することができない。
何もできないから虐待されたんじゃあない。
虐待されたから何もできなくなったんだ。
お陰で俺は人の顔色を窺う性格になっちまった。
選択ミスを過度に恐れる様に
俺の心臓――精神は一体どうなっちまったんだろうな?
今朝見た夢みたいに真っ黒になっちまったのかもな。
俺はそんなことを考えつつ朝食の準備に取り掛かる。
とは言え寂しい独り身のことだ。
前日に買っておいたパンとヨーグルトを食べるだけなのだが。
パンの袋を開けながら俺はテレビのリモコンを操作し、ザッピングする。
特に見たい番組がある訳でもない。
適当なニュース番組にチャンネルを合わせると朝のBGM代わりにするだけだ。
『臨時ニュースをお知らせします。今朝、先程ですが宇宙空間にて大規模な太陽フレアが発生したと宇宙開発省から発表がありました』
何やら不穏なことを言っている気がしたので、何となく気になって画面に目をやると、そこには神妙な顔をしたキャスターが気難し気な表情でニュース原稿を読んでいるのが見えた。
どこで何が起こっていようと社会人になったからには働かねばならない。
俺が何を思おうが、世界は俺を無視して回っていく。
軽く朝食をとった俺は洗面と髭剃りを終えるとスーツに着替える。
ネクタイを締めると少しは精神が引き締まった気持ちだ。
後は出社するだけだ。
さて、今日はどんなことが待っているのかね?
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