「パチンコ依存症ともっぱらの噂、新台が出る日は無断欠席上等! 借金のために働く男――パチンコ先輩!」


「……本名は?」


「忘れた!」


 あっけらかんと答える陽太に、千秋はそうか、そうかと微笑んだ。

 ツッコミを入れる元気も残っていない。


「続きまして――彼女が呼んでいるから早退します。失恋の痛みは尿路結石よりも辛く、新しい恋はインフルエンザよりも熱いとは本人談! 恋のために鬼のように有給を喰い尽くす男――恋脳こいのー先輩!」


 あー、尿路結石経験者かー。

 千秋は半笑いでのろのろと手を伸ばすと、残っていたパセリをつまんだ。


「通勤カバンはスーツケース。その中身は大量のポテチとオリーブオイル! 就業時間も食べ続ける。だって、ポテチはオリーブオイルをかければ飲み物だから! それでも体重以外、健康診断で引っかかったことがない健康優良人――ポテオリ先輩!」


「……」


 千秋は無言で、別の皿に残っていたパセリをつまんだ。

 たぶん、千秋の今日の気分はパセリなんだな! とか、思っているのだろう。陽太がさらに遠くの皿からパセリを持ってきた。

 ものすごく、いい笑顔だ。


「大好きな君にいつでも包まれていたいから! 職場のデスクにおっぱいマウスパッドと十八禁フィギュアを持ち込む男――アニオタくん!」


「…………」


 陽太が持ってきたパセリには手を伸ばさず、千秋は隣のレモンに手を伸ばした。


「ちなみに俺は、かかしが隣にいても喋り続ける男って言われたー。喋るわけないのにね!」


 渋谷のハチ公と池袋のいけふくろうに延々と喋りかけてた実績のあるやつが何、言ってんの? と、は思ったが。

 そんな些細なことはどうでもいい。


 何が、腹立つって――。


「俺が脳内でつけた仮称と、ヒナがつけたあだ名が完全一致してんのがすっっっげーーー腹立つ!」


「え、何? なにな……イッタイ!」」


「うるさい、ヒナ!」


「イッタイ、イッタ! なんで? なんで俺、蹴られてんの? なんで!?」


 千秋にげしげしと弁慶の泣き所を蹴られて、陽太は悲鳴をあげた。子犬のような悲鳴は、しかし飲み会の喧騒にかき消されて、誰の耳にも届くことはなかった。

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