第30話 恋愛イベント:宣戦布告

 中間試験の結果が発表された。

 試験が終われば待っているのはゴールデンウィーク。入学してから初の大型連休だ。

 クラスメイト達は祈るように結果発表を待つ。

 この後の期間を楽しめるかは全て中間試験の結果にかかっているのだ。


「はーい、皆さーん。ドキドキワクワクの結果発表の時間ですよー」


 教室に冠城先生が入ってきたことで、教室内の緊張感が高まる。


「焦らしても仕方ないので、パパッと結果発表しちゃいますねー」


 冠城先生はそういうや否やすぐに全員のスマートフォンに中間試験の結果を送信する。

 全員の視線が一斉に手元のスマートフォンに集中する。

 俺の成績は風鈴との勉強会の効果もあってかなり高得点を記録した。数学は平均点を下回ってしまったが、他の科目はどれもA評価相当だった。恋愛実習に至ってはS評価だ。


「さてさて、気になる順位はこちらー」


 先生は黒板の前にスクリーンを出すと、そこに全員の総合成績を映し出した。


「総合成績一位は浦野君でーす。おめでとうございまーす!」

「ありがとうございます」


 浦野はそれだけ言うと、再び手元のスマートフォンに視線を移した。

 裏で策を弄していた浦野からしてみればこの結果は当然のものなのだろう。

 ちなみに、総合成績二位は風鈴だった。


「チッ……!」


 胡桃は風鈴に視線を移して小さく舌打ちする。余程、風鈴に負けたのが悔しかったようだ。


「あとー、今回の中間試験では退学者はいませんでしたー。皆さん優秀ですねー」


 冠城先生の一言により、全員の緊張が解ける。

 中でも飯盛と元野木は糸が切れたように机に崩れ落ちていた。

 何はともあれ、これで一安心である。

 中間試験の結果発表からそのままHRに入って簡単な連絡事項を伝えると、冠城先生は優しい笑みを浮かべて最後に告げた。


「これからも大変だとは思いますけど、最後まで皆さんと共に学園生活を送れることを祈っていますよー。それでは良い連休をー」


 それは冠城先生なりの激励の言葉だった。

 冠城先生の言葉で緩んだ気持ちを引き締めると、俺は前の席の浦野に話しかける。


「浦野、この後時間あるか。話があるんだ」

「大丈夫だよ」


 俺にとってはここからが本番だ。

「風鈴」

「うん、わかってる」


 俺は風鈴を連れて屋上へと向かう。

 厳重にフェンスで囲まれた屋上でしばらく待っていると、浦野が胡桃を連れてやってきた。


「やあ、お待たせ。待ったかい?」

「いや、全然」

「それは良かった。それで話って何だい?」


 わかっている癖に浦野は白々しく惚けてみせる。

 そんな浦野に俺は堂々と自分の決意を告げる。


「俺は、俺達はお前らとは手を組まない」

「それは残念だ」


 ちっとも残念そうな様子はなく浦野は肩を竦めた。


「お前の目的は首席で卒業すること、そのために周囲の生徒達の成績をコントロールしようとした。違うか?」

「良くわかったね。ただ他クラスまではコントロールがうまくいかなかったから、そこは今後の課題だよ」


 浦野が今回総合成績一位だったのは、彼の策略以外にも純粋な努力の結果だったのだろう。


「胡桃、お前の目的も浦野と同じだろ。浦野が首席、お前が次席で卒業する。概ねそんなとこだろ? そのためなら、誰を犠牲にしてもかまわないってか。変わっちまったな」

「っ…………!」


 胡桃は〝変わった〟という言葉に動揺したものの、そこからは黙り込んでしまった。

 だが、黙秘は許さない。


「答えろ、胡桃!」

「チー君は黙って浦野君の言うこと聞いてればいいんだよ!」


 懐かしい呼び方でお互いを呼ぶと、俺と胡桃は睨み合った。


「やっと昔の自分を取り戻せたんじゃん。それでいいじゃん……」


 ギリッ、と強く歯を食い縛る音が聞こえる。


「マサ兄といい、どうしてそうやって変なとこで勘が鋭いんだよ!」


 胡桃は心底苛立った表情を浮かべて叫ぶ。


「ボクだって好きで浦野と組んだわけじゃない!」


 苦悶の表情を浮かべると、胡桃は完全に素の自分を曝け出す。


「ボクにはやり遂げなきゃいけないことがある。そのために浦野君とは手を組むしかなかったんだ」

「やり遂げなきゃいけないこと?」


 どうやら、胡桃の目的は優秀な成績で卒業して箔をつけたいってことではないらしい。

 胡桃はしばらく黙り込むと、唐突に乾いた笑いを零した。


「この学園、ふざけてると思わない?」

「ふざけてるって何が?」

「必修科目に恋愛があることだよ」


 不愉快そうに鼻を鳴らすと、胡桃は吐き捨てるように告げる。


「恋愛が人生を豊かにするなんて、本当にバカげてる」


 その言葉には重みがあった。

 俺が胡桃を好きになったことで、彼女は本当に苦しんでいた。その事実を改めて突き付けられる。


「恋愛なんて人を狂わす毒だよ。チー君もそう思うでしょ?」


 胡桃の泣きそうな笑みを見て、俺は自分と胡桃が同時に失恋したときのことを思い出していた。

 俺が胡桃を好きになったことで、胡桃は苦しんだ。

 その上、胡桃が好きになったマサ兄は俺に悪いからと胡桃の告白を断ったのだ。

 俺も自分の経験上、恋愛が良いものだとは言えないだろう。


「俺は……」


 答えに迷って、俺の隣に立っていた風鈴に視線を移す。

 すると、風鈴は何も言わずに笑顔を浮かべて頷いた。


「俺は恋愛の良いところをこれから風鈴と一緒に知っていくつもりだ。だから、もうお前への片思いは終わりだ」

「そっか、やっぱりチー君は変わっちゃうんだね」


 胡桃は心底失望したように目を伏せると、意を決したように告げた。


「ボクは恋愛を否定するためにこの学園で恋愛をせずに浦野と頂点を取る。そのためなら、誰を蹴落としたってかまわない」


 胡桃が他の生徒を退学に追いやってでも達成した目的。

 それは恋愛が必修科目の智位業学園で恋愛を否定することだった。


「それなら俺達は恋愛が良い物だって証明するために、二人で頂点を取る」

「おっ、いいねぇ。とことんやってやろうじゃん!」


 風鈴も俺の言葉に賛同してくれる。

 この瞬間、完全に俺と風鈴、浦野と胡桃のペアの間には埋まることのない溝ができた。


「バカバカしい……浦野。次の作戦考えるよ」

「はいはい、考えるのは僕だけどね」


 屋上から去っていく二人の背中を見送りながら、俺は感傷的な気分になっていた。

 胡桃の隣に立っているのは周囲を駒としか見れていない冷徹な男。

 そのことに何の悔しさも感じなかったのだ。


「意外とあっけないもんだな……」


 長年引き摺っていたはずの片想いが終わったというのに、不思議と心は晴れていた。


「主税、これで良かったの?」

「何だよ。風鈴も賛成してくれただろ」

「違う、そうじゃない。くるみんのこと」


 風鈴は俺が無理しているのではないかと心配してくる。でも、その心配の必要はない。


「元々、始まってもいなかった恋なんだ。あいつらと敵対した以上スパッと未練は断っておかないとな」


 爽やかな気分で風鈴に正直な気持ちを伝えると、そこであることを思い出した。


「そういえば、告白の返事なんだけどさ」

「うえ!? その件は忘れてよ! あたしはただ主税の自信に繋がればなーって思って軽率に告っちゃっただけだし!」


 風鈴は俺の言葉に慌てたように手をバタバタと振り出した。

 そんな彼女に俺ははっきりと告げる。


「まずは友達からってことでいいか?」


 風鈴も恋愛に対してはまだまだ心の傷が癒えていないはずだ。

 だからこそ、俺は彼女に何の気兼ねもなく心から好きになってもらえるような男になろうと決めたのだ。

 この学園を首席で卒業するというもの、実はそのための口実だったりする。


「もちろん! これからもよしくね、主税!」


 俺の言葉に風鈴は、飾らない自然な笑みを浮かべるのであった。

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