第27話 相互理解

 決意が鈍る前に行動する。

 熱しやすく冷めやすい性格の俺はそうしなければ熱が冷めてしまう。


「こうなったらあとは勢いだ」


 俺は深呼吸をすると、風鈴の部屋のインターホンを押した。

 遅い時間に女の子の部屋に一人で尋ねるなんて、少し前の自分だったら考えられなかった。考えるより先に行動する癖がいい意味で功を成したと言えるだろう。


「はーい、どちら様で――ほえ?」


 数分と待たずに扉が開き、風鈴が出てきて固まった。

 風鈴は髪を降ろし、キャミソールとショートパンツというラフな格好をしていた。

 カラーコンタクトもしておらず、飯盛との一件でかけていた眼鏡をかけており、完全に部屋着モードである。


「なっ、えっ……は?」

「いきなり来てごめんな。話がしたいんだ」


 俺は風鈴を落ち着かせるために言い聞かせるように告げた。


「四十秒で支度する!」


 すると、どこかで聞いたことあるような台詞と共に風鈴が部屋に引っ込み、どたばたと部屋の中で音がする。

 しばらくして音が止むと、カラーコンタクトを付けてパーカーを着込んだ風鈴がおずおずと姿を見せた。


「ど、どうぞ……」


 いつものような自信満々な態度は鳴りを潜め、挙動不審な様子で風鈴は俺を部屋に上げてくれた。

 風鈴の部屋は綺麗に片づけらえており、物も最低限のものしか置いていなかった。

 もっとギャルギャルしい部屋をイメージしていたのだが、これはこれで風鈴らしい。不思議とそう感じた。


「えっと……話って何?」

「この前は八つ当たりしてごめん!」


 俺は勢いよく頭を下げる。


「風鈴の言っていることは正しかった。なのに俺は浦野の言葉を信じて、また自分を見失ってた」


 友達がいなくなるのは確かに嫌だ。

 だからって自分の意思を捨てて人の言うがままに動くなんて間違っていた。

 人の意見を受け入れるのと、言う通りに動くのは違う。

 大切なのは自分の意思で行動するかどうかなのだ。


「ふふっ、主税っていつも謝ってばっかだね」


 顔を上げると、風鈴は楽しげに笑っていた。


「そうだな。謝ってばっかりだな」


 俺も何だかおかしくなってしまいつい笑みが零れる。


「俺さ、両親や親戚がオリンピック金メダリストだらけなんだ」


 そんな中、俺は意を決して自分の過去を風鈴に話し始めた。


「両親は俺にスポーツ選手になれとは言わなかった。やりたいようにやればいいって優しく言ってくれたんだ。でも、俺は勝手に将来は金メダリストにならなきゃいけないって義務感を背負ってた」


 両親がすごい人だから自分もすごくなくてはいけない。

 あの頃の俺はそんな風に気負っていたのだと思う。


「幼馴染とは、胡桃とはそんなときに出会った。親父のコーチが胡桃の父親でさ、その関係で胡桃とは一緒に遊ぶ機会が多かったんだ」

「幼馴染って、くるみんだったんだね。それで?」


 既に知っているはずの風鈴は知らない振りをして話の先を促した。


「引っ込み思案だった胡桃は俺と一緒に遊ぶ内に明るくなって、その内男子のグループの中で一緒に遊ぶようになっていった。そこから先は前に話した通りだ」


 胡桃が女らしくなるにつれて周りの連中はそれを揶揄うようになり、俺も彼女に好意を抱くようになり、関係は崩壊した。

 だが、この話にはまだ続きがあった。


「幼馴染が従兄に惚れたって話はしたろ?」

「うん、覚えてるよ」

「その従兄ってのがこの前熱愛報道が出た王子雅也、通称スノボ王子だ。俺と胡桃はマサ兄って呼んで、本当の兄貴みたいに慕ってた」

「それでこの前顔色悪かったんだね……」


 風鈴は事情を察したのか悲しげな表情を浮かべていた。


「マサ兄はさ、俺にないものをいっぱい持ってた。唯一の取り得のスノボでもまるで敵わなかった。そんなマサ兄に俺の片想いの相手である胡桃が惚れた」


 あのときは何もかもがどうでも良くなったのをよく覚えている。

 スノーボードの大会では派手に転倒して入院。中学での居場所を失ってから俺は全てがうまくいかなくなっていた。

 そんな俺に初恋が想いを告げる前に終わったという事実は止めを刺すのに十分な出来事だった。


「でも、マサ兄は優しくてさ。その当時アイドルだった合戸優希が好きだからって理由で胡桃を振ったんだ。本当は俺に悪いからって理由だったんだけどな」

「えっ、じゃあ熱愛報道は……」

「あれはマサ兄が前から愛戸優希が好きって公言してたから、成り行きで繋がりが出来て付き合い始めたって経緯があるから本当だよ」


 まあ、合戸優希が元々スノーボードに興味があってマサ兄の試合を見て感動したというのも大きいのだが。


「胡桃は気づいてたんだよ。マサ兄が俺に悪いから自分を振ったって。あいつからしたら俺も恋愛も憎くてしょうがないだろうよ」

「くるみん……」


 風鈴は屋上での胡桃の様子を思い出したのか、痛ましげな表情を浮かべた。


「これがどうしようもないくらいバカな俺の昔話だ」


 これで話すべきことは全て話した。

 自分で言っておいて何だが、やっぱり昔話をすると心が痛むな……。


「そうだったんだ。話してくれてありがとね」


 そんな俺に対して風鈴は優しい笑みを浮かべた後、深々と頭を下げた。


「それとこの前は付き合おうなんて急に言ってごめん。彼女ができれば主税も自分に自信が持てると思ってさ……」

「やっぱり俺のことが好きで告白したわけじゃなかったんだな」

「まあ、ね。その、ごめん」


 風鈴は歯切れが悪そうにそう言うと、自分の肘を掴んで俯いた。

 どうして彼女が申し訳なさそうにするのか、俺にはわからなかった。

 風鈴は俺にたくさんのことを教えてくれた。

 俺のダメなところをはっきりと告げた上でアドバイスをしてくれた。

 髪型、身なり、話し方、俺が周囲から話しかけてもらえるようになったのは風鈴がアドバイスを受け入れて、自分で変えると決めて行動したからだ。


「どうして俺のためにそこまでしてくれるんだ?」


 一つだけわからないことがある。

 どうして風鈴は俺のためにここまで行動してくれるのだろうか。

 ペアで退学が掛かっているからという理由にしては、風鈴はあまりにも献身的すぎるのだ。


「ペ――」

「ペアだからってのはなしな」

「うっ……」


 風鈴はいつも本音で話しているように見えて、心の奥底に隠した部分は絶対に人に見せようとはしない。

 それを知ろうとしない限り、ペアの〝相互理解〟なんて成り立たないのだ。


「俺は風鈴のことをもっとちゃんと知りたいんだ。相互理解ってそういうことだろ?」


 以前、風鈴は相互理解はそういうことじゃないと思うと俺に言った。

 これはその答えのつもりだ。


「っ……うん、そうだね」


 風鈴は俺の言葉に目を見開くと、苦笑して頷いた。


「びっくりしちゃうと思うんだけど、さ」


 ぎこちなくそう前置きをすると、風鈴はスマートフォンの画面に画像を表示させて俺に渡してきた。


「これ、昔のあたし」


 そこに映っていたのは、満面の笑みを浮かべる風鈴のようなギャルと困ったように笑う眼鏡をかけた黒髪ロングの美少女だった。

 二人の内、ギャルの方が風鈴でないことは明白だ。

 つまり、この黒髪ロングの知的な美少女が風鈴ということになる。


「これはこれで可愛いな」


 昔の風鈴の写真を見ても、不思議と驚きはなかった。


「お、驚かないの?」

「いや、何となくこっちも風鈴らしいなって思ってな」


 むしろ今までの風鈴を見ていれば、昔はこうだったと言われても納得感しかなかった、


「そ、そう?」


 風鈴は目を泳がせると、髪の毛をくるくると指でいじり始める。

 それから、写真を眺めながら目を細めて話し始めた。


「主税の言ってた予想。アレ当たってたんだ」

「良いとこのお嬢様って奴か?」

「うん、あたしの家は代々政治家の一家でさ。おじいちゃんが昔総理大臣だったんだ。もう何代前かわからないけどね」

「日本の総理ってコロコロ変わるからな」


 もはや今の総理大臣が何代目かなんてわからないくらいである。


多々納大万ただのうだいもく、今は財務大臣だよ」

「マジかよ。俺、政治のニュースとか一ミリも興味ないから知らないけど、すごい人じゃん」


 気になってスマートフォンで〝多々納大万〟検索してみれば、如何にも堅物感溢れる男性の写真が出てきた。

 これ、何年後かに歴史の教科書に載るのではないだろうか。


「お父さんも議員だし、お母さんは大企業の社長令嬢。実家はとにかく厳しくてさ。あたし、昔は友達全然いなかったんだ。いや、いることにはいたかな」


 寂しげな笑みを浮かべると、風鈴は当時のことを思い浮かべながら話を続ける。


「友達付き合いは全部親が決めた相手とだけ。好きな男の子ができたら取り巻きの子達が徹底的に潰しちゃったんだ。それでも一度だけ親に逆らって男の子に告白した」

「それで、どうなったんだ?」

「その男の子のお父さんがリストラされちゃったんだ」

「なっ……」


 政治家の父と大企業の社長令嬢の娘。コネならいくらでもあったのだろう。

 何となく風鈴が智位業学園に入学した理由がわかった気がした。

 智位業学園は世間的には名門校。その上、全寮制だ。

 両親を納得させた上で魔の手から逃れるには渡りに船である。


「当然。男の子にはめちゃくちゃ嫌われたよ。それで思ったんだ。あたしは人を好きになっちゃいけないんだって」


 自分が好きになった人間が不幸になる。そんなの辛すぎる。

 浦野の言っていた入学者の条件が頭を過ぎる。

 恋愛弱者。そう考えたとき、両親のせいで恋愛をすることを諦めた風鈴は条件に当てはまる。


「あたしは両親にとって自分の価値を高めるブランド品でしかなかった。どうせ全部決められるのならもうどうでもいい。そんな風に考えて友達も何もかも諦めたんだ」

「ブランド品、か」


 風鈴の悲し気な一言に俺は自分の両親の姿を思い出した。

 二人は決して俺にオリンピック選手を目指せとは言わなかった。

 だというのに、俺は勝手にブランドを背負わされた気分になって、勝手に失望した。

 恵まれた環境にいたのに、俺は自分自身の手でそれを壊した。本当に何もかも壊してばかりだ。


「でも、どうして今の見た目というか雰囲気になったんだ?」

「この写真に写ってる子。吉良絢華きらあやかっていうんだけど、あたしがいくら拒絶してもあたしに関わろうとしてきたの――毎日つまんなそうでほっとけないってね」

「知らない人のはずなのに、写真見てるとすっごいイメージ浮かんでくるな」

「でしょ? 絢華はいろんなことを教えてくれたんだ。実は今まで主税に教えたやつ、全部絢華の受け売りなんだ」


 懐かしそうに写真を見て微笑むと、


「絢華のおかげであたしは友達ができた。メイクとかファッションも教えてもらって毎日が楽しかった。それまで服なんてお母さんが買ってきたものしか着てなかったからね」

「親にはバレなかったのか?」

「取り巻きの子がチクったんだけど、絢華は平気そうにしてた。てか、絢華の両親が会社勤めじゃなかったのが逆に良かったのかもね」


 おそらく、絢華って子の一家は風鈴の両親の影響が運よく及ばなかったのだろう。

 コネがあると言っても限度はあるからな。


「あたしは絢華にたくさんのものをもらった。だから、昔のあたしみたいにつまらない毎日を送ってそうな人がいたら同じように楽しいことをたくさん教えてあげたい。そう思ったんだ」

「それが俺に優しくしてくれた理由か」

「うん、完全に自己満足」


 俺は胸が温かくなるのを感じていた。

 自分が優しくしてもらったから、同じように人に優しくしたい。


「その自己満足のおかげで俺は楽しい毎日を送れているわけだが……」


 それはとても綺麗で尊い考えに思えたのだ。


「もっと楽しい毎日を送るために手伝ってくれないか?」

「もち!」


 俺の言葉に、風鈴は満面の笑みでサムズアップした。

 こうして俺達ペアは再び二人三脚で行動を開始するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る