コドクの魔女

天宮ユウキ

コドクの魔法

 瀬戸内ハイランドの大観覧車は岡山県有数の観覧車だ。特徴的なのは、なんといっても眺めだと思う。一番高い所から見る瀬戸内海は絶景と呼ぶにふさわしい。


 そんなことよりも私は彼女とこの観覧車に乗る。そのためにお金を払ったのだ。もちろん、割り勘ではない。彼女が払ってくれた。彼女は私よりも年上である。


「これ乗ってみたかったんだ」


 楽しそうに話す彼女。


「そうなんですか?」

「うん。だって遊園地に来たら観覧車でしょ!」

「まあ、それはわかりますけど……」

「それに今日は特別な日だからね」


 彼女の言う特別は違う。


「ボクの告白を受けてくれなきゃ、世界を壊すよ」


 とてつもなく物騒なことを言い出す彼女。しかし、私はそれを冗談としか受け止めることができなかった。それが事実じゃないにしても強い感情が私に向けられているという事実は私にとって困惑以外の何者でもなかった。そのせいで私は言葉を発することができない。何か言おうとしても言葉にならない声しか出ないのだ。ただただ、黙っているしかなかった。


「ごめんね……。いきなりこんなこと言われても困っちゃうよね……でもどうしても言わずにはいられなかったんだよ。美奈子が好きなんだもん」

「えっ? あっ……あの……」


 突然の言葉に戸惑ってしまう。

 好きという言葉の意味がわからなかったわけではない。むしろわかっていた。しかし、あまりにも唐突すぎて混乱して返事に困っていた。


「ねぇ……いつになったら返事してくれるかな。ボク困っちゃうな」


 彼女が少し寂しげな顔をする。そんな顔を見てるとますます焦ってしまう。

 どうすればいいのかわからない。そもそも、私が何を言っても彼女は納得しないような気がした。

 だからと言ってこのまま沈黙を貫くわけにもいかないだろう。

 何か言い訳を考えようと思ったら、スマホの画面が勝手についた。見てみるとメールが届いていた。


「ごめんメールが……」

「ボクのラブコールだよ」


 えっ? と思い見ると、彼女と私が写った全く知らない写真が貼られていたメールだった。しかし、文章が文字化けしているので読めなかった。


「データが崩れてるね、直すね」


 彼女がそう言うと文字化けがなくなって読めるようになっていた。


『世界はボクと美奈子の二人きり。みーんな死んじゃった。』


「ひぃ!?」


 あまりの内容に変な声が出てしまった。思わず彼女をじっと見つめて警戒してしまう。一体どういうつもりなのだろうかと疑心暗鬼になってしまう。すると彼女はクスッと笑った。まるでイタズラを成功させた子供のように無邪気な笑顔を浮かべながら。


「魔法でイタズラしただけなのに、そんなに怯えないでよ」


 そう、彼女は魔法が使えるのだ。スマホを触らずにありもしない写真を合成し、知らないはずの私のスマホのメールアドレスに送信したのだ。彼女は自身を魔女と呼んでいた。彼女は「キミ達には魔法少女と呼んだ方がいいかな」と言っているが、年齢も二十九歳と怪しさしかない。もしかしたら、年齢も偽っているのかもしれない。


「ほら、そろそろ乗るよ」


 冗談に聞こえないことしておいて、観覧車に乗る順番は守っていたのだ。次が私達の番である。係員さんによってゴンドラの扉が開かれ、中に入るように促される。

 乗り込むとゆっくりと扉が閉められていく。


「なんかデートみたいですね」


 冗談っぽく言ったつもりだった。


「そうだね」


 彼女はそう答えた。そして、沈黙が訪れる。会話がなくなったのだ。私はこの空気に耐えられなくなり、何か話題はないかとうろうろしていた。


「ねぇ、聞いてもいいですか」

「はい?」

「本当に魔女なんですか? まだ名前さえ聞いてないし」

「キミに教える名前はないよ。だってボクは魔女なんだから」


 そう言って彼女は窓の外を眺める。私は彼女の横顔を見つめる。

 とても綺麗な人だと思った。その瞬間、火の玉が私と彼女が乗っている観覧車の周りに漂い始めた。それは、明らかに不自然な光景だった。


「きゃ!? なんで火の玉が!?」

「あはは、魔法だよ」


 そう言って笑う彼女だが、私は怖くて仕方がなかった。しかし、同時にこの人は本当なのだと確信した。そうでなければ、こんなことができるはずがないからだ。

 私は彼女のことを何も知らなかった。どんな人物なのか、なぜ私を好きになったのか。

 観覧車はまだ半分しか昇っていない。彼女と過ごす時間がまだありそうだ。私は勇気を出して彼女に訊いてみた。


「どうして私なんですか?」

「一目惚れだよ」

「そんな……私なんて普通ですよ」

「ボクにとっては、キミが特別なんだ」


 そう言われてしまうと気不味い気持ちになる。私にとってはただのネットの知り合いに過ぎない。彼女と知り合ったのもネットのSNSを通じてだし、顔を合わせたことは今日まで一度もない。


「私別に魔女さんに何もしていませんし」

「違う!」


 彼女が叫ぶと、海に雷が落ちた。青空なのに白く光る稲妻は正に青天の霹靂と言った感じだ。雷鳴で響く轟音が観覧車まですぐに届く。瀬戸内ハイランドと海との距離は極端に近いわけではないが、私が驚くには充分だった。


「ひっ!?」


 悲鳴をあげて怯える私。それを見て笑顔になる彼女。彼女は狂っているのだろうか。


「美奈子、キミはボクにとっては大事な人なんだよ」

「えっ、ええ……」


 私はただただ困惑するしかなかった。彼女は一体何を言っているのだろうか。雷の後の観覧車は静けさを取り戻していた。あんなのを何度も見たくはない。


「あの、魔女さんは、どうしてSNSなんかしていたんですか。その、知り合いとかいないんですか?」


 私は魔女がインターネットするくらいなら、誰かに会えるのではないだろうか? やっぱり魔女だからあんまり会えないのだろうか?


「魔女はコドクの生き物さ。誰かに会うなんて発想はしない。キミは知らないだろうけど、ボクは人もお化けも食べた、魔法の為にね」


 魔女の言葉に背筋が凍りそうになる。彼女は人間を食べるというのだ。でも、もしかしたら彼女は何かの比喩表現で言ったのかもしれない。きっとそうに違いない。そんなことを考えていると、観覧車が高く昇っていく。

 彼女はまた、窓の外を見る。私も外を見た。空は雲一つない快晴で、青い色をしていた。彼女はふっと微笑む。私もそれにつられて笑った。そして、彼女は私に向かって手を伸ばす。彼女の指が私の頬に触れる。そして、撫でるように動く。私は顔を赤くして俯いた。心臓の鼓動が早くなる。


「美奈子」

「はっ、はいっ」

「ボクは美奈子が好きだよ」

「えっ、あっ、はっ、はい……」


 恥ずかしくてまともに返事ができない。だって彼女は自分に魔法をかけたかのようにキレイだったから。魔法さえ使わなければ、彼女は美しい女性だ。私は彼女のことを何も知らない。彼女は魔女と名乗ったが、魔法が使えること、私のことが好きなこと。それくらいしか知らない。


 魔女はコドクの生き物。コドクってなんだろうか? それに私の何を知って興味が湧いたのだろうか。恐怖よりも興味が勝ってきた。


「あの、魔女さん……」


 私が言いかけると観覧車が少し揺れ始めた。地震? と思ったが違うようだ。何かがぶつかったような音も聞こえてくる。


「なんですかこれ!?」

「大丈夫だよ」


 魔女の落ち着きようは異常であった。


「魔女さん! これはどういう!?」

「暇だったから揺らしてみたのさ。もちろん、美奈子がびっくりしないようにここだけ揺らしたんだ。本当に地震なんて起こしたら観覧車どころじゃないよね?」


 彼女は無邪気に笑う。私は彼女の言葉を聞いて安心した。彼女はイタズラをしただけなのだ。本当に彼女は魔女なのか疑ってしまうほど、可愛らしい女の子に見える。そして、ゴンドラは頂点に達しようとした。


「この眺めをずっと見ていたいな」


 観覧車のてっぺんから見下ろす瀬戸内海は美しかった。海の青さが際立っている。太陽の光が海面に反射してキラキラしている。まるで宝石を散りばめたかのような輝きを放っている。

 私はこの景色を写真に収めたいと思い、スマホをポケットから取り出した。カメラアプリを起動させて、写真を撮ろうとした時だ。魔女が私の肩を叩いた。


「ボクとずっとここにいようよ」


 私はその言葉を理解できなかった。ただ、目の前にある景色を撮りたかった。魔女の言葉を無視して私はシャッターを切る。カシャッと音が鳴り、画面に映るのは、私と魔女のツーショットだった。魔女は笑顔だった。その笑顔は、私には眩しく見えた。

 それから座っていたが、違和感を感じた。どうやら観覧車は止まっているみたいだ。彼女の方に向くと、魔女は私を見つめていた。


「魔女さん、なんで観覧車動いていないんですか?」

「キミと一緒にいたいから時間を止めたよ」

「そんな……止めないでください!」

「嫌だね」


 魔女は意地悪そうな表情で私を見つめる。彼女は魔法の力で時間を止めてしまった。彼女は私の隣に座ってきた。ドキドキしてしまう。彼女は私の方を向いて、私の顔に手を当てた。私は彼女から目を離すことができなかった。魔女の唇がゆっくりと開く。そこから見える白い歯は美しく輝いていた。


「あの、魔女さん?」

「美奈子、ボクの言う通りにすれば、世界は壊さないしキミに危害を加えないよ」


 彼女は優しく囁きながら私に近づいてくる。

 私は怖くなった。彼女の瞳には私が写っている。彼女の吐息が私にかかる。私は彼女の言葉に従うしかなかった。


「わかった……」


 私が呟くと彼女は満足げに微笑み、私の頭を撫でてくれた。彼女は私にキスをする。柔らかい感触が口元に広がる。そして、舌を絡めてきた。初めての感覚だ。頭がクラクラする。魔女の唾液が口に入ってくる。甘く感じてしまうのはなぜだろうか。


「うっ、あっ、魔女さん……」

「可愛い声だね」


 魔女は私の唇から離すと私の頭を撫でる。私は恥ずかしくなり俯く。


「美奈子は本当に可愛いね。ますます気に入ったよ」

「えっ、えっと……」


 私は戸惑っていた。魔女に気にいられてしまえばどんどん取り返しがつかなくなる。そう思った。


「……魔女さんはどうして孤独なんですか?」

「……」


 魔女は黙って何も語らない。時も場所も動いてない。なにより……。


「ボクは魔法に生かされている。美奈子を今ここで食べてもいい」

「魔女さんにとって、私は魔法の触媒なんですね」

「……違う」


 魔女はそう言ったきり、また口を閉じた。

 沈黙の時間が続く。

 時間が止まって観覧車が動かないからか時間が長く感じる。観覧車が降りないと私はどのみち逃げられない。私は魔女の方をチラッと見る。魔女は私のことをじっと見つめている。だけど、さっきみたいな余裕はなさそうだった。私は少しだけ安心した。


「魔女さん、あなたは何がしたいのですか? 魔法を使って、私を閉じ込めて、一体何をするつもりですか? 私はただ、あなたのことが知りたいだけです」

「ボクのこと……」


 魔女は俯いて何かを考えていた。


「ボクは……美奈子とデートがしたいだけだ。それに美奈子と一緒にこの景色をずっと楽しみたい。だから……」


 魔女は私に向かって手を伸ばす。手は震えていた。私は魔女の手を握る。魔女は驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になる。


「……ボクはコドクの生き物だ。キミを殺してしまう」

「はい。魔女さんならきっとできると思います」


 私は魔女のことを信頼していた。彼女が本気になれば、私は一瞬にして殺されるだろう。でも、魔女は私を殺さなかった。


「なんで? って顔をしているね」

「はい」

「美奈子は不思議な子だね」


 魔女は微笑む。私もつられて笑った。


「美奈子はなんでボクが魔女になったと思う? なんで魔女って名乗っているかわかる?」

「わかりません」

「じゃあ教えよう」


 魔女は私から手を離して立ち上がる。そして、窓の外を見た。時間が止まった空は青く澄んでいる。雲一つなく快晴だった。彼女はふぅとため息をつく。


「魔女を名乗っているのはね、今の子なら好きそうって言う理由だけ。ボクの魔法は、本当は呪術の類いの代物なんだけど、まあ美奈子には関係ない話だね」


 私には魔女の使う魔法のことなんて知る由もない。ただ、彼女が自分のことを話すとき、どこか悲しげだった。


「ボクは人や化け物をたくさん食べた。ある時は頼まれて、またある時は自分から。理由は様々だけど、魔法の為に喰らった。……ボクは一人じゃなきゃいけない。コドクを通して魔女の力を増していく。だからね……」


 魔女は振り返り、私を見つめる。その目は淋しそうに見えた。彼女はゆっくりと私に近づく。彼女の吐く息がかかるくらいの距離まで詰め寄ってきた。彼女の体温を感じる。私は目を閉じ、彼女の言葉を待った。魔女はポツリと口を開く。


「ボクは悪い村に生まれて、魔女にされた」

「悪い村?」


 私は聞き返す。魔女は小さく首を縦に振った。彼女の表情は変わらないが、声は震えていた。


「ボクは生まれた村には悪い風習があって、魔女になる為に色んな物、人や動物、虫とかをかき集めて儀式をするんだ。大きな部屋に閉じ込めて一つになるまで放置して、最後の一つになったところでやめる。これを事あるごとにするんだ。もちろん一度儀式を受けたモノもする。だから、儀式を通して何度も生き残ったモノは強くなる。その力を増やす為にまた儀式をする。ボクはそうして魔女としての力を強くしていった」


 魔女の声が少しずつ大きくなる。彼女の表情はだんだん暗くなっていく。私はそんな彼女を見ているのが辛かった。魔女の過去を聞いていると胸が痛くなる。私は彼女の手を握った。


「ありがとう。美奈子は優しいね」

「いえ……」


 魔女は微笑みながら私の頭を撫でる。私は照れ臭くて俯いた。魔女の話を遮るつもりはないけど、私はどうしても彼女に聞いておきたかったことがあった。


「あの……魔女さんの村はどうなったのですか?」

「村はボク以外みんな死んだ。ボクも追われる身になって今も生きてる」

「そうなんですか……」


 私は魔女になんと言えばいいのか分からなかった。彼女は私の気持ちを察したように微笑んでくれた。


「大丈夫だよ。ボクは平気だ」


 彼女はそう言って、私の頬にキスをした。私はドキドキしながら、彼女と向き合う。


「ボクは魔女になっても生きている。細々とね。けどね、ボクはボクの居場所が欲しかった。ボクは美奈子が好きだ。キミが欲しい。キミが居てくれれば、何もいらない」


 魔女はそう言い、私を抱き締めた。私はされるがままになっていた。


「魔女さん」

「魔女で良いよ」

「魔女さん、どうして私なんですか?」

「なんでだろうね。美奈子の生活を魔法で覗いたりしたけど、確かにどうしてだろうとは思う」


 魔女は私から離れて、私の顔をじっと見つめてくる。私は恥ずかしくなり視線を逸らす。

 観覧車は相変わらず動かない。魔女は私のことをじっと見つめていた。


「美奈子のSNSを見た時、なぜかピンときた。まるで魔法をかけられたような。そんなふうに感じていた」


 魔女は窓の外を見る。時が動かない空は青く澄んでいた。雲一つなく快晴だった。彼女はふぅとため息をつく。私はそんな彼女を見て、どこか悲しい気持ちになる。


「魔女さん……」

「なんだい? 美奈子」

「魔女さんは普通の女の子である私を選んでくれたんですよね? なら、好きにできたはずじゃ?」


 そうだ。現地で会った時点で魔法をかけてしまえば簡単に手に入ったはず。それにSNSでも干渉できる魔法が使えるなら最初からできただろう。なのにしなかった。


「そう……だよね。ボクは魔法が使えるんだから、美奈子をどうにもできたはずなんだよ。でも、美奈子に対して愛が芽生えてからは一目みたいと思うようになってしまった」

「えっ……?」


 それってつまり、私に会いたかったから魔法をかけなかったってこと?魔女は窓の外を見ながら呟く。その横顔はどこか淋しげで、悲しげだった。


「最初は美奈子に一目惚れだった。でも、キミがどんな人なのか知りたくなって、SNSを見たら、どんどん惹かれていった」

「魔女さんは、なんでそこまでしてくれるのですか?」

「ボクにとって美奈子は初めての存在だった。ボクの全てを受け止めてくれる存在だった。だから、ボクは美奈子と一緒にいたいと思った」


 魔女は私に振り返る。その瞳は私だけを映していた。


「ボクは美奈子を愛している。だから、美奈子が欲しい。ボクと付き合ってくれないか」


 魔女の本音。脅迫とは違う純粋な気持ちでの告白。私は今、最大の魔法を受けた。

 もしかしたら、油断した隙に食べられてしまうかもしれない観覧車から降りたら、連れ去られてしまうかもしれない。


 なのに、なのに……。


「魔女さん……」

「美奈子?」

「観覧車をそろそろ動かして欲しいです。魔女さんと今日のデートを楽しみたいです」

「分かった」


 魔女の魔法で観覧車が動きだす。いや、空も動きだしたから正確には時間が動いたんだと思う。観覧車はゆっくりと回りだす。


「魔女さん、手を繋いでも良いですか?」

「もちろん」


 私は魔女の手を握る。彼女の手は暖かくて、優しかった。私は魔女と向かい合う形で座っている。彼女は優しく微笑んでくれていた。魔女はゆっくりと口を開く。


「今日は楽しもうね」

「はい!」


 私は笑顔で返事をする。それから、私たちは色々な話をした。好きな食べ物や嫌いなモノの話。家族や友達のこと。そして、今までの思い出話。魔女はずっと笑って話を聞いていた。私ばかり話すのも悪いと思い、魔女のことも聞いた。彼女は少し躊躇いながらも、答えてくれた。それは決していいものではなかったが、それでも私は嬉しかった。私は本当の意味で魔女のことが怖くなくなった。


「美奈子、そろそろ観覧車が着いちゃうね」

「うん……」


 観覧車がそろそろ降着地に着く。私はそれが名残惜しかった。もっと乗っていたかったなぁ。そんな気持ちが溢れてくる。


「魔女さん……」

「どうしたんだい?」

「コドクができなくなりますよ? いいんですか?」


 私がそう言うと魔女は優しく微笑む。私は彼女の笑みを見て、ドキッとする。魔女はゆっくり立ち上がり、私の横に座り直す。私はドキドキしながら、彼女の行動を待つ。魔女は私の肩に手を置く。

 そして、そのまま顔を近づけてきた。私は目を閉じ、受け入れる準備を整える。


 唇に柔らかい感触を感じる。

 それは一瞬のことだったけど、とても長く感じられた。目を開けると魔女の顔があった。彼女の頬は赤く染まっていた。私は照れ隠しで視線を逸らす。


「美奈子、ありがとう」

「いえいえ」


 魔女は私の頭を撫でる。私は照れ臭くて俯いたままだ。


「美奈子、好きだ」

「私も好きです」

「コドクができなくなったボクの責任を取ってくれないか?」

「せっ、責任!?」


 魔女の言葉に私は動揺する。


「まあ、別に取らなくていいよ。その代わり……」


 観覧車が降着地に着いて扉が開く。魔女は私の手を掴んで引っ張り出す。


「今日は遊園地のデートを楽しもう!」


 そう言って魔女は私の手を引いて走り出した。私は引っ張られながら、魔女の後を追いかける。

 彼女は振り向かずに走る。

 私はそんな彼女に付いていく。

 私は彼女と一緒ならば、何もいらなかった。そうして、私と魔女の物語は始まったのだ。

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