19 鉢合わせ

「アラカルトで頼む? コースにする?」


 展示会の会場から、少し離れたホテルのレストランは、正面にレインボーブリッジが見えていた。先週、イケコンと行ったバーほど、目の前ではないけれど、東京の夜景を背景に広がるブリッジの灯は、やっぱりきれい。


 素敵な夜景を望める高級ホテルのレストランの割に、ステーキやオマールエビのグリルなどのメインと前菜をアラカルトで頼んでも、それほどすごい値段にはならなそうだった。コスパ、という言い方は好きじゃないけど、コスパのいいお店かも。


「コースだと、ハンバーグステーキか、ホタテ貝のポワレがメインか。どうする?」

「コースでいいかな。スープやデザートも付いてるし」

「メインはどっちにする?」

「うーん。悩むなぁ」

 走ったり、歩き回ったりしてお腹がすいてるから、ハンバーグに惹かれるけど、あんまりがっついてるように見えるのも恥ずかしいし。ホタテ貝のポアレってどんなのだろう?


「両方頼んで、半分ずつシェアしようか」

「うん、それでもいいかもね」

 二つとも味見できるのはいいけど、シェアするなんて、すごく仲のいいカップルみたい。


***


 一通りコースが進み、デザートを食べた後で席を立つ。


「ちょっと、お手洗い行ってくるね」

「ああ」


 トイレは、店を出てロビーを横切ったところだった。済ませた後、鏡の前でリップを直していると、横から、ぽんと肩をたたかれる。振り向くと、寺崎先輩がにやーっとしながら立っていた。


「かーなーちゃん、こんなところで偶然ね」

「せ、先輩!」


 びっくりして心臓が止まりそうになった。なんで、こんなところに?


「え、今日は、なんで?」

「マッチングアプリの人に会うって言ったでしょう?」

 ああ、そうだった。なんか高級時計をしている人と会うって言ってた。でも、よりによって同じレストランに来てるなんて。


「それより、佳奈ちゃんの方は、誰? あのかっこいい男の子」

「あ、あの、前に話してた同期です」

「そう。二人きりで、とっても仲良さそうで、いい感じじゃない」

「あ、えと」

「今日は、ここで泊まり?」

「いやいやいや、そういうあれじゃなくて」

 焦るばかりで、うまく言葉が出てこなかった。


「お互い、頑張りましょうね」

 ニヤリ、と笑うと、寺崎先輩はトイレの奥に入って行った。


 今日は、心臓に悪いことばかりだ。

 席に戻っても、まだ心拍数が上がったままだった。


「デザートも美味しかったね」

「そ、そうだね」

 話を聞きながらも、寺崎先輩がどこに座っているのか気になってしまい、上の空だった。

 しばらくすると、トイレから戻って来た先輩の姿が見え、少し離れた窓際の席に着いた。お相手の様子は、よく見えないけれど、きちんとしたスーツを着て、髪型もきっちり固めている様子。


「何キョロキョロしてるの?」

「実はね、職場の先輩が偶然、この店に来てて、さっきトイレでばったり会ったの」

「へえ、すごい偶然。相模原からここまで来たんだ」

 偶然にもほどがある。

「ここ、景色は抜群だけど、値段はそこそこで、すごくコスパが良いんだよね。その先輩、よく知ってたね」


 なんか、その言葉に引っかかった。


 吉岡君が、ここに連れてきてくれたのは、すごく納得感がある。デジタルラボ・アンリミテッドで遊んで、そこから歩いてすぐのところだし、お互い新入社員同士、懐具合はよくわかっている。

 でも、超高級時計をしているハイスペックな人が、初めてのデートで、コスパのいい店に連れてくるものかな?


 レジで吉岡君が会計している間に、先にレストランの外に出た。コースとグラスワインひとり二杯ずつで、税金とサービス料金込みでも、たぶん一万円ちょっとくらい。


「お待たせ」

「いくらだった?」

「あ、いいよ。ここも俺のおごり」

「そんな。さっきのデジタルラボも払ってもらってるし、悪いよ」


 もうすぐボーナスだけど、そんなに使わせたら気の毒だ。イケコンみたいに、いくらでもお金持ってそうな人におごってもらうなら、まだ罪悪感がないけど、新人同期の給料はわかっている。


「狭間先輩に負けるわけにいかないから。デートのお金は俺が持つよ」

 ああ、そうか。勝負がかかっているから、頑張っちゃうのか。

 おごってもらったら悪いと思ったけど、ここは、男のプライドとやらを尊重してあげないといけないのかな?


「わかった。ごちそうさま! 夜景もきれいだったし、とっても良い店だったね。どうもありがとう」

 できるだけ明るく、にこやかにお礼を言ってあげる。


「まだ、そんなに遅くないから、バーに行ってみる? 同じフロアにあるから」

 確かに、出てきたのが早いから、まだ終電までは余裕がある。

「この間みたいには、ならないように、俺も気をつけるし」

「その話は、やめて!」

 あー、恥ずかしい。


 レストランと同じ二階にあるメインバーは、窓が無く、テーブルの上にはキャンドルが灯る、シックな大人の雰囲気だった。吉岡君は、またモルトウィスキーを頼み、私はラムベースのカクテル。さっきのワインとカクテルで、ほんのり温かくなって、いい気持ち。


「今日は、どうだった? デジタルラボの展示、楽しめた?」

「うん。すごくドキドキしたし、面白かった」

 いろんな意味で、ドキドキさせられました。


「食事はどう? 夜景のきれいな席がいいかなと思って、ここのホテルのレストランにしてみたんだけど」

「良かったよ。ハンバーグも好きだし」

 見たこともないような高級料理、ではないけど、吉岡君とシェアして食べていると気楽でいい。


「良かった。狭間先輩と勝負になっちゃったから、何がなんでも、向こうより喜んでもらわないといけないって、すごいプレッシャーなんだよな」

「わかる。お金の使い方がハンパないよね、あの人」

「やっぱり?」

 あ、しまった。不安にさせるようなこと言っちゃった。顔が暗くなってる。


「大丈夫だよ。お金のある、なしだけで決めたりしないから」

「ありがとう。俺は信じてるよ」

 お金で決めるつもりはない、けれど。どうやって二人のうちの一人を選ぶかなんて、まだわからない。


「遠藤さんから見て、俺ってどうなんだろう。一緒にいたいと思えるのかな」

「そうじゃなかったら、こんなところに一緒に来ないから」

 あんまり真剣な顔をしてるから、笑ってあげたけど、吉岡君の表情は真剣なままだった。


「なら、今日はこのまま、ここに泊まろうって言ったらどう?」


 突然の申し出に、ドキッとして言葉が出なかった。

 本気? 試してるだけ?

 吉岡君からも、付き合いたい、と言われているのだから、そういう誘いがあってもおかしくはない。でも。


 この間、タクシーの中でイケコンに迫られた時は、手を握られている間に半分その気になっていたから、驚きはしなかった。けれど、吉岡君に言われるとドキッとするのは、なぜだろう?

 抱かれたい、と思う相手に言われるのと、仲良しの男の子に言われるのは、違うということかな。同級生の男子に、突然告白されたみたいな。

 そんなことを言ったら、吉岡君が傷ついちゃいそうだけど。


「泊まるって、本気で?」

「本気で。クリスマスまで待たずに、決めてもらいたい」

 うーん。イケコンの誘いは、ちゃんと二人を比べてから決めたい、と断ったから、ここも断るのがスジだよね。


「でも、突然行っても部屋が無いかもしれないよね」

「さっき、フロントに連絡して、空いている部屋があるのは確認済み」


 思わず、残りのカクテルを飲み干してしまう。じゅわっと舌に広がるアルコールの刺激。

 押し切られちゃうのかな、私。

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