人型巨大兵器Ω:決戦報告書

ロボットSF製作委員会

第1話 襲来

 千里浜町のジリジリと焼けるような日差しが、カーテンの隙間から差し込んでくる。目覚まし時計の不快なアラーム音で目を覚ました少年Aは、眠気に満ちた脳みそを少しずつ始動させて、本日の予定を思い出していた。


 夏休みに入ってまだ数日、8月にはなっていない。まだまだ気分は余裕綽々である。手付かずの宿題は、カバンに仕舞われたまま。本日は、所属するSF同好会の定例会があった。その為の早起きであり、時刻は7時を少し過ぎたところであった。


 慌てて飛び起きて、身支度を始める。定例会は8時からの予定だ。

 母親からの朝食の提案をよそに、少年は身なりだけを整えると、足をもつれさせながらローファーを履き込み、急いで玄関を飛び出す。


 振り返って、年季の入った自宅の外壁を見る度に思う。建売の如何にも既製品ぽさ漂う住居であるが、少年にとっては馴染みのある風体であり、心安らぐ場所だった。

 優しく穏やかな母と、厳格ながらも懐深い父、そして天真爛漫な妹との4人暮らし。

父と妹はまだ寝ているらしい。昨晩脱ぎ捨てた靴が変わらぬ姿で散らばっていた。


 いってきますの声と共に玄関を出る。坂下まで降りて開けた道路の先には豊かな海洋が広がっている。高台に位置する住居であるから、登校は楽チンだが帰宅に際しては相当な労力を必要とする。毎日の通学で鍛えられた脚力が、少年にとっては唯一の自慢であった。


 眼前に広がる海洋が、朝日を浴びてキラキラと輝いている。いつもと変わらぬ光景ではあるものの、生まれ育った街の美しさを再確認できるひとときだ。少年は本来の所用を思い出すと、坂道を全速力で駆けていった。


 ただ、この街も良いところばかりではない。3年ほど前に成立した特別法にて、国内131ヶ所目の米軍基地が設置され、のどかな港の一部は軍艦が屯する光景へと様変わりした。

日中にはガンシップが編隊を組んで空を行き交うなど、騒音や環境、景観の破壊が進んでいる。

 更には人口減少で税収の落ち込む自治体として、甘言に惑わされ駐屯を許可したものの、軍属の人間が街にもたらす経済効果はごくわずかであり、需要を見込んでいた周辺の飲食店も当てが外れて閑古鳥が鳴いていた。

 これほどの巨大基地でありながら、街に繰り出す姿を見ることは殆どなく、独特の緊張感が基地全体を覆っている。


 しかしそんな事情は少年達にとってどこ吹く風。特にSF同好会のメンバーにとっては、近くで実際の兵器を見られるという点で、ひどく研究が捗っている様子も伺える。変わりゆく街の姿に、彼らは好意的であった。


 少年が学校にたどり着いた頃、時計の長針は11を指していた。ギリギリの到着に、同好会の面々はホッと胸を撫でおろす。

 遅刻癖のある少年は、常々会長に目をつけられており、次の「指導」で副会長を解任される恐れがあった。


 時刻は8時ちょうど、席に着いたメンバーから定例会の開始が告げられる。市立千里浜中学校SF同好会、大層なネーミングであるが、活動内容はそう大したことはない。


 活動報告という名の読書感想、フィールドワークという名の基地見学、研究発表という名の未読書籍の紹介やSF登場技術の考察など。年頃の男子諸君にとってはたまらないが、大人では到底耐えきれないような空気を醸し出している。


 夏休み中ということもあり、議論が沈静化する凡そ2時間ほどをもって、この非生産的な定例会は終了を迎える。

 この後は自由活動となり、大抵の者は帰路につくか、近くのファミリーレストランで他愛のない話を再び繰り広げていくのが常であった。


 そこにいる誰もが皆、またそうした当たり前の日常が繰り広げられることを想像していたであろう。


 しかし時刻にして10時20分、このとき人類は、史上初めて敵性巨大生命体からの襲撃を受けることとなる。

 後に怪獣と総称されるこの生命体は、突如として海面から顔を覗かせると、同時刻に千里浜市上空を旋回していた3機のガンシップに対して先制攻撃を仕掛ける。

怪獣が原理不明の光線式質量レーザーを照射することで物理的損害を発生させると、ガンシップはそれぞれが動力を失い墜落炎上、搭乗員は全員死亡する悲惨な結果となった。


 そして被害はこれだけにとどまらず、発射された光線式質量レーザーはそのまま四方八方に乱れ飛び、街の至る所に着弾。弾着に際して小規模な爆発と炎上を巻き起こし、5分後には街全体が炎に包まれていた。


 SF同好会の面々は、その光景を中学校から見届けていた。市街地から少し離れたこの地点まで届く質量レーザーは無かったものの、あまりの光景に言葉を失う者が殆どであった。


 その非現実的な状況に一部の少年達は興奮していた。正に自らの夢見たSFの世界が眼前に広がっているのである。だが、質量レーザーが各地を焼き払い、やがて市街地が火の手に包まれると次第に覇気を失っていく。そして10分もすると、荷物をまとめて自宅の方向へ駆け出していった。

 その慌てふためく姿が、学友達を見た最後の瞬間であったと、Aは事件を回顧している。


 Aはこの時、ひどく冷静であった。非常時の避難場所として指定されていた学校に待機することが1番の安全策であることを瞬時に理解し、周囲にもその説得をして回った。これが少年達の命運を分けたと言っても過言ではないだろう。


 実際その後、怪獣は海面よりその全貌を露にし、陸上へ向けて進撃を開始した。水気に満ちた黒光りする躯体は、禍々しいオーラを放っている。強靭な顎に鋭利な牙、鱗に覆われた体幹。ステレオタイプの怪獣そのものであった。

 この怪獣の動きに呼応するように、10時30分頃から軍港より出撃した艦船は順次迎撃体制を取り、陸上基地からもミサイルや戦闘機による攻撃が始まる。


 その迅速すぎる対応が戦後に疑問視されて、千里浜前線基地の存在意義秘匿と住民保護軽視が問題提起されるのだが、それは次章で触れることとしよう。


 

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