第18話 なに言ってんだこいつ

「ブヤクってなに?」


 エルバが去って行ったあと、ルフィオは聞いてきた。

 ベッドの上に犬みたいに転がっている。


「税を納める代わりに、治水とか街道整備とかの仕事をすることだ」

「どこ行くの?」


 ルフィオは尻尾を揺らす。


「まだわからない。とりあえずはカルディって街に出頭して、それからのことはカルディで指示されるらしい」

「ふーん」

「あっさりだな」


 怒ったり嫌がったりするかと思ったが。


「カルロのにおいは覚えてるから、だいじょうぶ、どこに行ったって」


 ルフィオは屈託無く言った。

 こいつの場合、おれがどこにいるのか、どこにいくのかってことは些細なことなんだろう。

 そもそもスルド村にだって勝手に飛んできたやつだ。


「いつからいつまで?」

「集合は来週。期間は一年」

「長くない?」

「長いな」


 クソ長い上、生きて帰れるかもわからない。

 そこまで説明するべきかどうかと考えていると、ルフィオはまた真顔になって、ドアのほうを見た。


「かくれてて」


 油断しきった子犬みたいな体勢から、くるりと起き上がったルフィオは、何かを威嚇するように尻尾の毛をザワリと逆立てた。

 それを制するように、サヴォーカさんの声がした。


「大事ないであります。私も同席しているであります」


 なだめるような声だが、ルフィオは警戒の表情を崩さない。


「なんでいるの? トラッシュ」


 トラッシュ

 名前なのか、罵倒なのか、それを判断する前に、妙な笑い声が聞こえた。


「カカカ、決まっているだろう。カルロという男の値踏みに来た。その男がホレイショの後継者なら、おれ以上にふさわしい審判者はいまい」


 ルフィオが警戒しまくる理由が、少し理解できた。

 かなりおかしなものがいる。


「入るぞ」


 一方的に言って、声の主はドアを開けた。

 現れたのは、深紅のマントを身に纏った、魔王みたいな装束の男。

 二十代後半くらいだろうか。

 白ウサギみたいな色の髪、緑の瞳、褐色の肌、気位の高そうな顔立ちをした男前だ。

 黒と赤を基調にした派手で豪華な衣装を纏い、その上にボロボロの赤マントをつけている。

 おれとルルが見つけて衣装箱に片付け、行方がわからなくなっていた謎の赤マントだ。

 背の高い男だ。おれを見下ろして、口の端をつり上げる。


「まず名乗っておこう。俺はトラッシュ。この二人と同じ、アスガルの魔物。おまえの養父、ホレイショに作られたマントが白猿侯スパーダの血を吸い、命を持ったものだ」

「マント?」

「そうだ」


 男の姿がふっと揺らいで消えた。

 クラゲのように宙に浮く、ずたずたのマントだけを残して。

 また、声が響く。


「これが俺だ。見ての通り、どうしようもない布屑トラッシュだろう?」


 そうしてまた、褐色の肌の男が現れる。


「おまえの噂を聞き、おまえを見定めに来た。仕立屋ホレイショの作品として、ホレイショの後継者だというおまえをな」

「そう、ですか」


 アスガルは魔物の国だ。

 養父がかつてアスガルにいた、というところまではまぁ理解していたが、まさか養父の作品が生きたマントの魔物になってやってくるというのは、想像の埒外だ。


「お会いできて光栄です」

「カカ!」


 自称布屑トラッシュはまた変な笑い声を上げた。


布屑トラッシュ相手に見え透いた世辞をいうな」


 だいぶ気難しいというか、面倒くさい性格のようだ。


「失礼でありますよ。突然押しかけておいて」


 サヴォーカさんが釘を刺す。

 ルフィオは無言で目を細めていた。

 飛びかかる寸前という雰囲気だ。


「そうだな。非礼を詫びよう、古着屋カルロ」

「いえ」


 古着屋をやっている時なら蹴り出しているところだが、相手が悪そうだ。

 ルフィオやサヴォーカさんならともかく、人間オレが手を出していい相手じゃないだろう。


「なにしに来たの?」


 唸るように問うルフィオに、トラッシュはまた「カカカ」と嗤ってから応じた。


「さっきも言った通り、その小僧を見定めにきた。だが、厄介ごとに巻き込まれているようなのでな。ホレイショに作られたものとして、知恵と力を貸してやろうと思ったのだ」

「知恵と力、ですか」


「お構いなく」「お引き取りください」というのはだめだろうな、やっぱり。

 それが一番望ましい気がするが、それをいうと揉めそうな予感がする。

 下手にもめるとルフィオがトラッシュに直接攻撃を仕掛けそうだ。

 それはまずいという直感があった。


「村の者たちが、おまえの居候先の主人が夫役のクジにあたったと話しているのを聞いてな。おまえに代役の話が行くと思ったのだが、どうだ?」

「確かに来ましたが」


 サヴォーカさんが息を呑んだ。


「どうなさるので、ありますか?」

「引き受けることにしました。ルルのことを考えると、まずはおれが引き受けるしかありませんから。今お受けしている仕事の方は、出発までには間に合わせますので」

「反対であります!」


 サヴォーカさんは高い声を上げた。


「生きて戻ってこられないのかも知れないのでありましょう? そうでなくても、一年も棒に振ることになるであります。困るであります。カルロ殿でないと扱えないものが、カルロ殿にしか頼めない仕事が、山のようにあるであります。嫌であります」


 サヴォーカさんにしては珍しく、動揺した声だった。


「そのことなんですが、一応、一月か二月くらいで戻るつもりでいます」

「戻れるのでありますか?」

「確実に、とは行きませんが。サヴォーカさんとルフィオにもらった手間賃が相当たまっていますから、代役を雇うことはできると思います。代役を決めて、交代の手続きが終わるまでの一、二ヶ月の間、なんとか乗り切って、またどこか、別の場所に移り住もうかと」


 サヴォーカさんやルフィオが持ってくる仕事を受け始めておよそ三ヶ月。

 手間賃をぽんぽん弾んでくる上、スルド村には散財をする手段がないため、夫役の代役を金で請け負う連中を雇えるくらいの蓄えはできていた。

 急なお達しだから、出発前に手配をすることはできそうにないが、エルバに手配を頼んでいけば、早めに戻ることは可能だろう。


「そうでありますか。それでも、一、二ヶ月は短くはないであります」


 サヴォーカさんはトラッシュに目を向ける。


「貴兄の知恵と力というのをおうかがいしたいであります」


 トラッシュは傲然とした目でおれを見下ろし「カカカ」と嗤った。


「やるものだな。俺と同じ考えに至るとは」


 つまり、おれと同レベルの考えだったってことか。

 あぶく銭に任せた力業だと思うんだが。

 

「カカカではないであります」


 サヴォーカさんは冷めた声と表情で呟いた。

 初めて聞く種類の声、初めて見る種類の表情だった。

 偉そうなことを言っておきながら、おれと同じ考えしかないというオチに腹を立てているらしい。

 

「失望したであります」


 サヴォーカさんは真顔のまま続ける。

 こういう怒り方をするタイプなのか。

 おれが失望されたわけじゃないんだが、それでも胃袋がキリキリしそうだった。

 だが、失望された張本人であるトラッシュは自分のペースを崩すことなく「最後まで聞け」と言った。


「まだ先がある。代役の確保や、交代の手続きには時間がかかる。短期間であっても、危険な夫役に従事することは変わりない。その期間の身の安全をどう確保するか。その点についての考えは?」


 トラッシュはおれに目を向ける。


「そのあたりについては、特に」


 死なないよう事故に注意する、くらいだろうか。


「カカカ」


 トラッシュは勝ち誇るように嗤った。


「そこが人間の限界というもの」

「うるさい」


 ルフィオが唸る。

 サヴォーカさんも冷めた表情を崩していないが、トラッシュは偉そうな顔のまま続けた。


「俺が守ってやる。おまえを」


 なに言ってんだこいつ。

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