第36話 対決の時


 僕は大佐の上に覆いかぶさり、伍長も通路に伏せてなんとか爆風から逃れた。風がやむと僕たちは再び歩きだし、通路はゆるやかに登っていった。やがて、その通路は城壁の真っ只中の穴から外に出た。そこからは外付けの粗末な階段が上まで続いていた。


「ひえええ、ここを登るのですか。」


「僕が先に行くので、下を見ずについてきてください。」


 僕は大佐をおんぶしながら階段を慎重に登った。延々と続く階段を登りきると、城壁の上の長い通路に出た。


「レイさん、私がおんぶをかわるです。」


「大丈夫です、急ぎましょう!」


 僕が休まずにに通路を走っていくと、遠くから誰かが走ってきた。


「レイのダンナ! 伍長! 大佐殿!」


 その人は軍曹だった。彼は気を失っている様子のベラベッカをおんぶしていた。


「軍曹さん、ご無事だったのですね!」


「ええ、ダンナも! 捕まっちまった大佐を追って城に忍び込んでいたんですが、このお嬢さんが倒れていたのを見つけやして、ここまで連れてきやした。」


「ありがとう、軍曹さん!」


「礼を言うのはこっちでさあ。大佐殿をよく救ってくださいやした。恩にきやす。」


 僕が大佐をおろして伍長に様子をみてもらい、軍曹と話しているとベラベッカのまぶたがかすかに動いたのがわかった。


「レイ…さま…。」


「ベラベッカ! 気がついたんだね! 大丈夫!?」


「レイさま、クルシマさまのお身内の方には会えましたか?」


 僕は必死で逃げてきて、まだ来島のお姉さんの話が完全には消化できていなかったが、ベラベッカを安心させようと思った。


「うん。ごめんね、君をこんなに危ない目に遭わせてしまって。」


「いえ、わたくしとしたことが不覚でした。」


 軍曹が不安そうな表情で、警戒するようにまわりを見まわした。


「実は、ドリンケン大将直属の妙な武器を使う護衛部隊がいると聞いたことがありやす。お嬢さんはそいつらと戦われたみたいでやす。」



 僕は、直属の護衛と聞いていやな感じがした。ドリンケンは僕の世界から武器の提供を受けているだけではなくて、人員もこちらに来ているに違いなかった。



「レイ殿…。」


「大佐も意識が戻ったね! 大丈夫ですか?」


「はい。ですが、レイ殿になさけない姿をさらしてしまいました。」


 大佐は顔を赤らめて、僕から顔を背けてしまった。ベラベッカはよろめきながら大佐に近づいて、いたわるようにそっと胸に抱いた。


「ユマさま、ご無事で本当によかったです。また勝負ができますね。」


「ベラベッカ殿…。」



 ふたりの様子をみて軍曹と伍長は涙ぐみ、みられまいとしたのか遠くをながめるそぶりを見せた。


「レイのダンナ、脱出はどうしやしょう。城はどこもかしこも兵隊だらけですぜ。」


「それなのですが、すこし遅れているみたいです。」



 僕を含めてみんな疲れきっている様子だったし、すぐにでもここまで城の兵士たちが押し寄せてくるのが予想できた。今の状態で襲われたらと思うと僕は焦ったが、待つしかなかった。



(バババババババババ…)


 プロペラ音が聞こえてきて、シャムシャム前院長が城壁の外側の下からせりあがってきた。僕はホッとして思わず力が抜けた。


「シャムシャムさん!」


「遅くなってすまんニャ! 少しより道していたからニャ。 さあはやく乗れニャ!」


 前院長は巨大なドローンに乗っていて、得意げだった。これは前院長が僕の世界から持ち帰っていたものを改造したものだった。驚いて口を開けている軍曹と伍長を促して、僕はドローンにみんなを乗せようとした。

 ふと向こうをみて、俺は大声で叫んだ。


「あぶない!! 逃げてください!!」



(ドッガーン!!)



「あニャ~!!」


 ドローンが炎を吹き、ぐらりと傾いたと思うと煙をひきながら落ちていった。通路の両側からかぞえきれない数の兵士が迫って来ていたが、その中のひとりは明らかに他の兵とは異なる装備で、発射を終えたロケット砲を持っていた。


「あわわわ、なんですかあの魔道具は!?」


 うろたえる伍長に僕はある道具をそっと渡して、使い方を耳打ちをした。

 通路で大量の兵士にはさまれて、立ち尽くす僕たちの前に指揮官が進み出てきた。


「ドリンケン!」


 叫んだ僕に対して、彼は馬鹿にしたようなうす笑いを浮かべて僕をみていた。


「まさか、大佐を救出にくるとはおめでたい奴らだな。だが、これで貴様ら抵抗組織も裏切り者も一網打尽だ。礼を言おう。」



 彼の歪んだ笑みは、歪んだ権力の象徴だと僕は思った。彼は弱い立場の猫たちを監視し、虐げて利用し、自らはより強い力を手にしようとしていた。それは僕が元の世界で人々にしていたのと似たようなことだった。



「ドリンケン。違法な取引をしてまで、武器や兵器がほしいのか? この世界にとって、得るものより失うものの方が大きいぞ。」


 僕は意識して冷静な言い方をした。時間稼ぎにもならないかもしれないが、僕は最期まであがきたかった。


「ふふ、異世界人のミケガミくん。貴様に説教をされる覚えはないわい。だいいち、我々が占領する前から猫の街にも貧民街はあったし、見捨てられた子猫どももいくらでもおったわい。放っておけば無駄に死ぬ命を有効活用してなにが悪い?」


「子猫は取引の商品じゃない。」


「えらそうに何をぬかすか、貴様はこの世界の人間でもないくせに。いらぬ干渉はやめておとなしく自分の世界に帰るというならそうしてやるぞ。それとも、他の連中といっしょに死刑になるか?」


 軍曹と伍長がギョッとした顔で僕を見た。大佐とケンピッカの表情は見えなかった。


「たしかに僕は部外者かもしれない。でも、事実を知った以上は見すごせない。」


 僕の抵抗に、ドリンケンは不思議そうな表情をしていて演技には見えなかった。


「貴様の言うことはわからんな。どうせ、生きていてもこの世界では貧困で一生苦しむ貧民街の子猫たちだ。貴様の世界では富裕層に大切に育ててもらえると聞いておるぞ。なにが悪いのだ?」


「なんだって?」


「知らなかったのか? 貴様らの世界では、ずいぶん前から人間族の出生数が激減しているそうではないか。人間同等の知能があり、意思疎通ができる子猫は、貴様らの世界の富裕層の間で子供の代わりに大人気らしいぞ。」



 僕は自信満々のドリンケンのいいぐさに、なぜか反論できなかった。まさか子猫の取引の目的がそうだったなんて、僕は想像していなかった。



「ミケガミくん。これは需要と供給だ。れっきとした異世界間の商取引なんだよ。そしてワシは、進んだ文明の武器を貴様の世界から手に入れ、この世界で人間族の威厳をとりもどすのだ! どうだ、君もワシの陣営に加わるかね?」



「ふざけるな!」


 僕が大声で叫ぶと、迷彩服を着た護衛がドリンケンを守るように進み出てきた。


「なにが需要と供給だ! ただのお前の私利私欲じゃないか! 子猫は商品じゃない! 生きていて、人間と同じ生き物なんだ!」

 

「猫が人間と同じだと? 正気か、貴様は。貴様らは皆、同じ考えなのか?」


 ドリンケンの問いかけに、僕のまわりのみんなが口々に叫びはじめた。


「あっしもレイのダンナに賛成でさ!」


「わたくしもです、レイさま。」


「本官もレイ殿に同意する。」


「わたしもレイさんと同じです!」


 僕はドリンケンの目をまっすぐに見かえしながら指さした。


「聞いたか? 多数決であなたの負けだ。」


「くだらん。もういい、交渉決裂だな。全員始末しろ!」


 全身鎧の兵士たちが長槍を構えて迫ってきて、僕たちはすぐに壁際に追い詰められてしまった。


『槍を構えろーッ!』


 僕たちの目の前で、兵士たちが一斉に槍をなげる姿勢になった。僕たち全員を至近距離から串刺しにするつもりなのは明らかだったし、僕たちに抵抗する術はなかった。


「あわわわ、ひえええ。わたし、虎猫屋の羊羹がまた食べたかったですぅ。」


「レイ殿、ここまでありがとう。せめて、最期は手を握っていてほしい…。」


「ユマさま、あきらめてはなりませんが…レイさま、わたくしも手を…。」


「ダンナ、こりゃあいよいよまずいですぜ。」


 僕は銃の引き金をひいたが、残弾はなかった。


『槍を投げよ!!』


 指揮官の命令と共に、無数の鋭い槍が僕たちめがけて飛んできた。



 僕は観念して目を閉じた。

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