シモン村



 行商人一行と別れた父娘は、その後はスピードを緩めることなく疾走し……馬車で3日以上かかるはずの行程を、わずか半日で駆け抜けてしまった。


 ウィフニデアを出発した時は天頂にあった太陽は、既にかなり傾いて西の森の中へと沈みつつあった。


 夕日に赤く染まる辺境の広大な森林地帯。

 その入口に、父娘が暮らすシモン村があった。



 集落は木の柵で囲われているが、それは防壁の役割を果たすのには余りにも頼りなく、あくまでも村の敷地を示す以上の意味は無さそうだ。


 一応、門らしきものもある。

 観光地でもないのに『ようこそシモン村へ!』などと看板が掛けられていた。

 やたらとカラフルでポップな意匠……一体誰が描いたのだろうか?


 その門には二人の若い男女が、門番のように立っていた。

 いや、革鎧を纏って佩剣してるところからすれば、実際にそうなのだろう。


 彼らは猛スピードで接近し、村の手前で急制動をかけた父娘に直ぐに気が付いて声をかけてきた。



「あっ、団長!!お帰りなさい!!」


「お帰りなさい!!」


「おう、お疲れさん」


「ただいま〜!!」


 人口は精々100人程度の小さなシモン村だ。

 当然彼らは顔見知りである。

 気軽な様子で挨拶を交わす。



「俺たちの留守中に何か変わったことは無かったか?」


 自警団の実力者トップツーが不在だったので、ジスタルは念のため不在の間の村に問題がなかったか確認する。



「いや、特には……迷いドラゴンが近くまで来たんで退治したくらいですかね〜」


「そうか」



 ……さらっと言ってるが、犬猫ではなくドラゴンだ。

 竜種としては小型で低ランクではあるが……本来であればウィフニデアの騎士が総出で対処するような魔物である。


 それを、さも日常のように……否、彼らにとっては日常であった。

 一体シモン村とはどんな人外魔境なのか……



「やたっ!じゃあ、今日はご馳走だね!」


「もう解体して各家庭に配ってるよ〜」



 竜種の肉は高級食材である。

 王侯貴族でも滅多に食べられるものではない。


 それが、ここシモン村ではたまにあるご馳走程度の認識だ。



「お父さん、早く帰ろう!!」 


「分かった分かった。(やっぱりこいつは、色気より食い気だよなぁ……)」


 流石にもう少し女らしくても……と思わなくもないジスタルであったが、それはもう今更である。

 剣術に興味を示した彼女に、喜々として剣を教えたのは彼。

 エステルが少女らしい事に興味を示さないのは、彼にも責任の一端があるのだから……




















「ただいま〜!!」


「帰ったぞ〜」


 シモン村の大広場に面した自宅に帰ってきたエステルたち。

 元気よく帰宅を告げて中に入ったエステルは、家の中に充満する美味しそうな匂いに思わず鼻を鳴らす。


「うわぁ……いい匂い!今日はドラゴンシチューだね!!」


 色気より食い気のエステルは、匂いから今日の晩ごはんのメニューを察して目を輝かせる。

 母の作るシチューは彼女の大好物。

 しかも、今日はドラゴン肉が入った豪華版のはず。

 今からその深い味わいを想像して、急にお腹が空いてくるのだった。



 そして、彼女たちの帰宅を迎えるのは……



「お帰りなさいエステル。あなたも、お疲れ様」


 エステルの母エドナは3児の母……それも、一番上は15歳の娘がいるとは思えないほどに若々しい。

 夫のジスタル共々、非常に年齢不詳だ。


 彼女は、波打つ金髪と澄んだ水面のように透き通った青い瞳が印象的な美女である。

 常に柔らかな笑みをたたえ、物腰の柔らかな彼女は村の皆から慕われていた。


 エステルの美貌と青い瞳は母親譲りだろう。

 二人並べば、姉妹に間違われるかもしれない。




「おねーちゃん!おとーさん!お帰りなさい!」


 エステルの5つ下の妹エレナは明るく元気な可愛らしい女の子。

 赤い髪と青い瞳は姉妹でお揃いだ。



「ねーちゃ、とーた、おかえいなしゃい」


 少し舌足らずな小さな男の子は、エステルの弟、ジーク。

 御年3歳で、家族の誰もが彼にメロメロである。



「エレナにジーク、いい子にしてたかな〜?」


 二人を抱き寄せて頭を撫でくり回すエステル。


 きょうだいの仲睦まじい姿に、父と母は穏やかな優しい目で見守っていた。























「ご馳走さま!!あ〜……美味しかった〜!!」


 夕食のシチューをすっかり平らげ、エステルは満足そうにお腹をさすってご満悦である。



「あらあら……随分たくさん食べたわね。もう少し控えないと太るわよ?」


「大丈夫!!食べた分は、たくさん鍛錬するから!!ね?父さん!」


「そうだな。でも程々にしないと、ムキムキになっちまうぞ」


「え〜!そんなおねーちゃん見たくない〜!」



 家族団欒の楽しげな会話で盛り上がる。

 エステル一家のいつもの光景だ。




 だが、エステルがその話を始めたとき、空気が変わった。


















「王都……?」


「うん!!私、騎士になりたいの!!」


 デニスと話した内容を母に説明し、エステルは自分の希望を伝える。


 その話を聞いた母エドナは、複雑そうな表情だ。

 幼くも聡い妹と弟は敏感に空気を察知して黙って聞いている。

 ジスタルは目を閉じて口出ししない。



 そして……



「……私は、反対だわ」


「むぅ……どうして?」



 詳しくは聞いたことは無いが、エステルは父や母が王都に良い感情を持っていないことは知っている。

 なので、母がそう言うであろうことは予想はしていた。

 しかし、理由もわからないまま引き下がるわけにはいかなかった。



「あなたみたいな世間知らずが王都なんかに行ったら……悪い男に騙されて身ぐるみ剥がされて娼館に売られるのがオチよ」


「怖っ!?」


「いや、それは流石に極論すぎるだろ……」


 エドナの物言いにエステルは悲鳴を上げ、ジスタルはツッコミを入れる。



「まぁ、エドナのは大袈裟だが……人が多い分、悪い奴も多いだろうし、田舎モンが暮らしにくいのは確かだ」


「悪い奴はやっつけるよ!」


「そんな事したら逆に捕まりかねんぞ。王都に限らず、正当防衛ならまだしも暴力は容認されないからな」


「むぅ……じゃあ、どうしたら許してくれるの?」


 頬を膨らませて不満そうに彼女は聞く。


 母はそれには答えないが、父はしばし思案し……助け舟を出してくれる。


「そうさな……お前一人で行かせるのは心配でしょうがないが、誰か一緒に連れてくなら…………それならどうだ、エドナ?」


「…………そうね。私だってエステルがやりたいことを否定したいわけじゃないし……」


 渋々ながらも了承するのだった。




「誰かもう一人……?」


「お前が王都に行くと言えば、子分共が大人しくしてないだろ」


「う〜ん……そうかなぁ?だとしても、そんなにたくさん連れて行ったら村が大変だよね……連れてくとしても一人だけかな」


「(なるべく、こいつの暴走を止めてくれるヤツがいいんだが)とにかく、明日にでも自警団で聞いてみたらどうだ?」


「分かった!そうするよ!!」



 こうしてこの場では一旦話は終わり、王都行きの話は明日に持ち越しとなるのだった。


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