手合わせ



 辺境伯デニスの願いを聞き入れ、彼の配下の騎士と手合わせする事になったエステル。

 彼女はデニスの案内のもと、父ジスタルと共に領主邸から騎士団本部に併設されている訓練場へと向かう。






「ここがニーデル騎士団の本部。この時間なら隊長格の奴らが訓練してるはずだ」


 騎士団本部へとやって来た一行。

 デニスは慣れた様子で門番の兵に労いの言葉をかけながら父娘を連れて本部の中に入る。


 ジスタルは懐かしい雰囲気を感じて、目を細める。

 エステルは物珍しさからキョロキョロと落ち着きなく辺りを見回している。




「閣下……!態々こちらにお出でになるとは……いかがされました?」


「おぉ、ウォーレンか。丁度いい。すまんが、訓練所に邪魔させてもらうぞ」


 デニスに声をかけてきたのは中年の騎士。

 いかにも歴戦の強者といった風情の厳つい大男だ。

 だが柔和な顔立ちと穏やかな口調で、人好きのする雰囲気ではある。



「え、ええ……それはもちろん構いませんが……そちらの方々は?」


「俺の旧友でジスタルと言う。それと、その娘だ」


「よろしく」


「エステルです!よろしくお願いします!」


 デニスに紹介されて、ジスタルは手短に、エステルは元気いっぱいに挨拶をする。



「私はこの騎士団の副団長、ウォーレンと申します。こちらこそ、よろしくお願いします。……ん?ジスタル殿?まさか……あの剣聖と呼ばれた?」


 どうやら彼はジスタルの名を知っているようだ。


 騎士ジスタルの名は王都では有名だったが、それも十年以上も前のこと。

 とは言え、ウォーレンは見た目的には三十代半ばくらいなので知っていても不思議ではない。

 だが、ジスタルは今一自分の知名度の高さを自覚していないフシがあり、自身を知っている事に少しばかり驚いていた。



「すると、もしや……剣聖殿に訓練のお相手をして頂ける……?」


「あ〜……俺は唯の付き添いだ。コイツのな」


「あぅ〜……髪が乱れるよ、お父さん」


 期待の眼差しで問うウォーレンに対し、エステルの頭をポンポンと叩きながらジスタルは否定する。



「実はな、このエステルの実力を確かめるために、お前たちの力を借りたい」


「こちらの……お嬢さんの?」


 見るからに華奢で少女然としたエステルは、およそ戦いとは無縁であるように見える。


 実力を見るために力を貸してほしい……つまりは騎士団員と手合わせさせたい、と言う事だとウォーレンは理解した。

 しかし、いかな剣聖の娘であろうとも……とでも言いたげな訝しげな表情を浮かべる。



「まぁ、お前が疑念を抱くのも尤もだと思うがな。取り敢えずは付き合ってくれ」


「……はっ!承知いたしました」


 上司たるデニスにそう言われては否やなど差し挟む事など出来ないだろう。

 釈然としないながらも、ウォーレンは三人を訓練場へと案内するのだった。
















「集合っ!!」


 訓練場へとやって来た一行。

 騎士団本部の建物の奥、屋根のない中庭のような場所だ。

 多くの騎士団員が訓練を行ったり、模擬戦を行う場所なので相応の広さがある。


 そこでは十数人程の騎士たちが訓練を行っていた。


 ある者は型を。

 ある者は仮想敵を相手にイメージトレーニングを。

 あるいは、何組かの者たちは模擬剣を用いて手合わせをしている。


 彼らはウォーレンの号令で訓練の手を止めて集まってくる。

 デニスが来ているのを確認すると、一斉に敬礼したあと直立不動の体勢を取った。


 皆が話を聞く体勢になったのを確認してから、ウォーレンは事の経緯を説明し始めた。



 ………

 ……

 …



「……という事でだな、こちらのエステル嬢と手合わせをしてもらいたい」


「「「「…………」」」」



 ウォーレンの説明の間、騎士たちは黙って話を聞いていたが、エステルと手合せを……と聞くとお互いに顔を見合わせる。

 中には明らかに不服そうな表情の者も居た。



「……デニス様の頼みと言えど、婦女子に剣を向けるのは承服いたしかねます。我ら騎士の剣は、そのような者を護るためのものですから」


 彼らの中でも若手の騎士がそう言ってデニスの要請を固辞する。

 その言葉を聞いたジスタルは、しっかりと騎士の矜持を示した若手に感心したように頷いている。

 彼らの直接の上司であるウォーレンも、さもありなん……と言った表情だ。




「……面倒くせぇ。じゃあこれは領主命令だ。取り敢えずレオン、お前が相手になれ」


「デニス様……」


 若手の騎士は、デニスの理不尽な命令に困ったように眉をひそめる。


「なに、女相手に本気出せねぇならそれでもいいさ。……だが、この娘は剣聖の娘だぞ?その実力も折り紙付きだ。舐めてかかれば地を這うことになるのはお前の方だ」


 デニスのその言葉に、騎士たちは俄に騒めいた。

 どうやら『剣聖』の名は彼らにも轟いているようだ。


 デニスに指名された若手の騎士も、そこで初めて興味を示したかのようにエステルに向き直る。

 彼の視線を受けた彼女は、ニッコリと笑顔を返した。


「!!」


「?」



 エステルは美少女である。

 黙っていれば。


 そんな彼女から笑顔を向けられたレオンは、顔を赤らめて俯いてしまう。



「……若いな。まぁいい、始めようか。……っと、ウォーレン、エステルの剣を貸してやってくれ」


「はっ。……エステル嬢は普段どんなものを使ってるのだ?……あぁ、いや、あそこに色々あるから選んでもらった方が早いな」


「はいっ!え〜と……あ、あそこですね!」


 ウォーレンが指し示した訓練場の隅の方には、様々な武器が立てかけてあった。

 全て訓練用に刃引きされたもの、あるいは木製の模擬剣である。


 エステルは目ぼしいものを手にとって、軽く素振りをしたりして重量やバランスを確かめる。

 何度かそうやって吟味し……その様子を見た騎士たちは唖然としていた。



「お、おい……そんなデカい剣で大丈夫か?」


 騎士の一人が思わずと言った風に声をかけた。


 エステルが矯めつ眇めつ確認しているのは、刀身が1メートル以上にも及ぶ……いわゆるバスタードソードと呼ばれるものだった。

 それも木剣ではなく、刃引きしてるだけの鉄製のもの。

 片手でも両手でも扱えると言う剣だが、かなり重量がある。

 とても彼女の細腕で振るえるようなものでは無さそうに見えたのだが。


「そんなものがまともに振れ……てるな……」


 騎士の疑念をよそに、エステルは剣をビュンビュンと振り回す。

 小柄な少女が自分の背丈程もある剣を難なく振り回す様子に、驚きで目を見開く騎士たち。



「普段は辺境の魔物が相手だからな。細っこい剣だと殆ど役に立たないんだよ」


 ジスタルがそう補足する。

 ここに居る騎士たちも魔物が相手ならば大剣や戦斧などを扱う者もいるので、その理屈は分かる。


 分かるが……それと、目の前の光景に驚かないことは別である。




「これにします!!」


 エステルが選んだのは最初に手に取ったバスタードソードだ。

 色々試してみて、普段自分が使っているものに一番近かったらしい。





「よし、それじゃあ早速始めてくれ」


「では、私が立ち会いましょう」


 デニスが促すと、ウォーレンが立会人を買って出る。


 そしてエステルとレオンは訓練場の中央で相対する。



 レオンは長剣を構え、緊張感を高めながら開始の合図を待つ。


 一方のエステルは……片手で剣を持つが、構えらしい構えは取っていない。

 それに、レオンとは対象的にリラックスした様子である。


 観客に回った騎士たちは固唾を呑んで開始の合図を待つ。






 そして……



「始めっ!!」



 ウォーレンが手合せの開始を告げた!!

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