剣聖の娘、王都に行く

剣聖の娘

 エステルは辺境の開拓村出身の15歳の娘。


 燃え盛る炎のような鮮烈な赤い髪と、清らかな水面みなものように透き通った蒼い瞳を持つ、神秘的な美少女だ。

 だが、口を開けばその印象はガラリと変わる。



 彼女は幼少の頃から棒切れを剣にして振り回し、村の同年代の男の子たちを子分に従えるようなお転婆な娘だった。



 そして年頃の娘となった今でも、そのお転婆ぶりは変わらず。

 唯の棒切は、いつしか木剣に変わり……今ではしっかりと手入された実剣になった。

 振り回すだけの剣術とも呼べなかったものも、日々欠かさない稽古によって洗練された剣技へと昇華されている。


 そんな彼女を女性として見る者は、一部の例外を除いては居なかったが、相変わらずのガキ大将気質に彼女を親分として慕うこぶんは多かった。



 そんな風に、彼女がオシャレや恋愛よりも剣の稽古に精を出すようになったのは、間違いなく父親の影響だろう。


 かつて、名うての騎士だったと言うエステルの父は、どういうわけか早々に引退してしまい、妻とともに辺境の田舎へと引きこもってしまった。


 騎士を引退したとはいえ、まだ若く肉体的にも全盛期だった彼の剣の腕は些かの衰えもなく、魔物が跋扈する辺境の地では村人たちに大いに頼りにされた。

 成り行き、自警団の団長に収まるのにそれ程時間はかからなかった。


 そうやって村人たちの信頼と尊敬の眼差しを受けるようになった彼に、幼いエステルが憧れを抱くのは当然の事だったのかも知れない。



 剣に興味を示した幼い娘に、父は喜んで自ら剣を取って稽古を付けるようになる。

 そして僅か数年……彼女が十二を数える頃には、彼をして『もはや自分を超えた』と言わしめる程の腕前となるのだった。


 それ以来、父から剣を教わる事もなくなったが、エステルは日々の稽古を止めることはなく只管に剣の腕を磨き続けた。


 その頃から村の自警団にも所属し、魔物退治で実戦経験も積み重ねてきた彼女。

 そして、美少女天才剣士の噂は近隣の町村にまで届くようになった。


 やがてその噂は、彼女の村が属する辺境伯領の領主の耳にまで入る事になり、エステルに興味を示した領主は彼女を自分の屋敷に招き、噂を確かめようとするのであった。


















「わぁ~……立派なお家だね~、お父さん!」


 エルネア王国ニーデル辺境伯領の領都……ウィフニデアにある領主の屋敷までやって来たエステルと父。



「うむ。大きいな」


 二人は領主邸の大きな格子状の門の前に並んで立ち、お上りさんの如く屋敷を見上げていた。

 その様子は実に似たもの父娘である。


 父…ジスタルは、エステルのような大きな娘がいるとは思えないくらいに若々しく、見た目から実年齢を推し測ることは難しい。

 元騎士、現自警団団長というだけあって、鍛えられ引き締まった長身に精悍な顔立ち。

 赤に近い茶褐色の髪に鳶色の瞳……容姿の点ではエステルとはあまり似ていないが、ふとした表情や所作などはそっくりだ……と言われる。




「それで、お父さん……これからどうするの?」


「俺たちは辺境伯閣下に招かれた客人と言う事だからな。約束の時間も近いはずだし、多分迎えが……あぁ、来たみたいだ」



 門扉の前に立つ二人の元に、門の向こう側の敷地内から使用人らしき人物が近づいてくるのが見えた。

 高位貴族に仕えるだけあり、キチンとした身なりで……雰囲気的に、使用人の中でも地位の高い人物であることが窺える。



「ジスタル様、エステル様……でいらっしゃいますね?」


「ああ、その通りだ。辺境伯閣下に取り次ぎ願いたい」


 高位貴族家の使用人に対しても、臆することなくジスタルは応対する。


 長くの田舎暮らしと言う事もあり、先程は娘と同じようにお上りさんのようになっていたが……彼は元々王都の騎士団に所属していた。

 貴族と接する機会もそれなりにあり、対応も心得ている。



「はい。ご案内するように仰せ付かっております。こちらへどうぞ」


 そう言って使用人は屋敷の中に二人を招き入れるのであった。




















「よく来てくれた。騎士ジスタルよ」


「本日は辺境伯閣下にお招きいただき、まことに光栄の至りでございます」


「えっとえっと……ありがとうございます!」



 使用人に案内され、向かった先の応接室で父娘を迎えたのは……がっしりとした体格の壮年の男性。

 短く刈り込んだ黒髪に、顔の輪郭を縁取るように髭を生やしている。

 歴戦の戦士のような覇気を纏う彼こそが、ニーデル辺境伯領主……デニス=ニーデルその人だ。


 彼の歓迎の言葉に、ジスタルは礼儀正しく、エステルは戸惑いながらも元気よく挨拶をする。



「ははっ!そんな畏まらなくても良いぞ。俺とお前の仲だろう」


「……では、そうさせてもらおう。あと一つ訂正だ。俺はもう騎士ではないぞ」


「悪い、ついな。しかし、やはり惜しいとは思うぞ」


 どうやらこの二人、昔からの知り合いらしい。

 身分によらず遠慮のないやり取りからすれば、随分と親しい間柄のようだ。



「自警団の団長なんてやってるくらいだ。腕は鈍ってないのだろう?」


「どうかな?専ら相手にするのは魔物だからな。人間相手とは勝手が違う」


「確かに戦い方は違うかも知れないがな。辺境の魔物を相手にする方が余程大変だろう?」



 一般的に……魔物と呼ばれる存在は、人間にとって脅威である。

 戦いを生業にする者であっても、相見えれば命を落す危険は常にある。

 ましてや、魔境に程近い辺境の地の魔物ともなれば尚更だ。


 ジスタルは日頃からそのような魔物から村を守っいるのだ。

 その事実だけで彼の実力の程が窺える。



 しかし。



「それはそうかもしれんが……いや、ある意味では人間相手の方が厄介かもしれんぞ。……まぁ、それはともかく、何れにしても最近では俺の出番はめっきり減ったな。若い奴らが台頭してきたから」


 と、エステルの方をチラ……と見ながら言う。

 その視線につられてデニスも彼女に注目する。


 エステルは二人が話している間、所在無げに応接室の中を観察していたが、デニスが見ているのに気付くと、にへら……と曖昧な笑みを浮かべた。



「ふむ……そちらの娘が噂の?」


「どんな噂が届いているのやら……まぁ、何となく想像はできるが。俺の娘だ」


「エドナ…との?」


「それはそうだろう。そうじゃ無かったら問題だ」



 エドナ、と言うのはエステルの母親である。

 若くしてエステルを産んだと言う事もあるが、娘と並んでも姉妹にしか見えないくらいに若々しく、ジスタル以上に年齢不詳だ。

 見た目もエステルとよく似ている。



「あぁ、いや……それは見ればわかるんだがな。お前たちが結婚して子供までこさえた、というのが未だにピンと来なくてなぁ……」


「……そんなにおかしいか?」


「おかしくはないが、意外ではあった。まぁ、それは良い。今日お前たちをここに招いたのは、噂の娘……お前と話をしたかったからだ」


「はい!何をお話すればよろしいでしょうか!?」



 ようやく本題に入ったのを察してハキハキと答えるエステル。

 その様子に気を良くしたデニスは、相好を崩して続ける。



「先ず聞きたいのは……お前さんは既に父よりも強い、と聞いたのだが。それは真か?」


 その問いに、エステルは困ったように眉根を寄せて、父親の方を見る。

 ジスタルは苦笑しながら娘の代わりに答えた。


「事実だ。コイツが十二の頃には、もう俺の実力は超えていた」


「……そうかなぁ?」


 今ひとつ納得いっていないかのような様子のエステル。

 しかしそれは、彼女にとってジスタルが憧れの存在であるが故のものである。

 実際のところ彼女の実力がジスタルを超えているのは、父だけでなく村の誰もが認めているところだ。



「にわかには信じがたいな……。あの『剣聖』ジスタルを……実の娘と言えども、十代半ばの少女が超えるなどとは」


「その名はやめてくれ。……何だ、疑ってたのか?」


「噂話の段階ではな。だが、お前自身が認めているのであれば信じざるを得ないだろう。……なぁ、エステルよ」


「はい、なんでしょうか?」


「お前の実力……確かめさせてもらえぬか?」


「?」


 デニスの言葉に、コテン……と首を傾げるエステル。

 少し考えてから彼女は答える。



「えと……誰かと戦うって事ですか?」


「ああ、そうだ。俺の部下と模擬戦をしてもらいたい」



 デニスのその提案には、ジスタルが難色を示す。


「おいおい……」


「ん?ダメなのか?」


「ダメ……と言うか。こんな年端も行かない娘に負けたら、そいつのプライドが傷つくぞ?」


「ははは!!大丈夫だ!ウチの騎士たちはそんなヤワじゃないぞ。『剣聖』を超える者が相手とあれば、挙って手合わせを願うだろうよ。……まぁ、最初は疑念を抱くだろうが、実力を示せば小さい事に拘るような奴らではない」


 辺境の地の守護を担うだけあって、ニーデル辺境伯領の騎士は精鋭揃いとの呼び声が高い。

 気性が荒く、自身の力に絶対の自信を持つ者たちだが、実力者には敬意を払う……とはデニスの弁。



「どうだ?やってくれないか?」


「はい!やります!」


「……まぁ、本人がやる気なら俺は構わんよ」


 エステルは快諾し、ジスタルも今度は反対しなかった。













 剣聖の娘エステル。

 辺境の村で変わらぬ日々を過ごしていた彼女は、この日を境に運命が変わることになる。


 ここに、彼女の物語の幕が上がるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る