第40話 セルフ手術レッスン
N……
優志……
ハールヤ……
ダスティ……
————
ハールヤ「胆石のある
Nハールヤは、
優志「ひぎぃ!! ……んぎょぴぴーーーーッッ!?」
大袈裟ではなく、優志は人生で体験した痛みの中で、最大の痛みを味わった。
優志「はーるやざん……がんべんじでぐだざいぃ……」
ハールヤ「大丈夫ですよ。強敵は倒したので、あとは消化試合みたいなものです」
鼻水を垂らして震える優志の右足裏全体を、ハールヤは丁寧にほぐしていく。
既に揉み終わった左足は……痛みの後のご褒美なのか、足全体がぽかぽかと温かく、心地よい感覚になってきていた。
仕上げに、両脚の膝上まで丁寧に揉み上げられる。
ハールヤ「はい。これで終わりです。優志様、いかがですか?」
“手術”は、無事成功に終わったようだ。
優志「あ……ありがとうございました……。あの……、ものすごく痛かったですが……何だか体全体がスッと楽になった感じです。すごく息がしやすいです」
ハールヤ「良かったです。さあ、
優志「ありがとうございます、いただきます。……水とかジュースではダメなのですか?」
ハールヤ「水だと、体を冷やしてしまいます。ジュースなどよりも、純粋な水分を摂るのがベターですね」
優志は白湯を冷ましながら少しずつ飲みつつ、ハールヤに質問する。
優志「手術というと、全身麻酔で感覚を麻痺させ、メスで切開し、臓器を切り取ったり血管を縫い合わせたりだとか、そういうものだと思ってました。このねずみの世界でもそういう手術を、したりするんでしょうか?」
ハールヤは首を横に振る。
ハールヤ「私どもの世界では、そのようなことは致しません。体の1つ1つの器官、臓器は、神様が下さったもの。どれ1つ、不必要な器官はありません。例えば臓器を何か1つ切り取ってしまうと、その分、他の臓器に負担がかかってしまいます。それでも足りないところを補おうと、体はバランスを取りますがね……。体の知性は偉大です。でも、原則として体の器官を切り取るようなことは致しません」
優志「そうなのですね……。私も、そういう手術はとても嫌でした。血を見るのも嫌ですし、体の中の臓器なんて見るだけで失神しそうです。まして自分の体が切り開かれるだなんて……。グロテスクじゃないですか」
ハールヤ「何故、グロテスクに感じるか……。それは、体の中というのは本来、見るべきものじゃないからなんですよ」
何となく、納得した優志だった。
ただ、一部に、血や臓器を見たがる趣味を持つ人たちがいることは否定できないが。
ハールヤ「本当の意味の手で行う術が、私どもの言う“手術”なのです」
麻酔もメスも、要らない手術。
だが、ものすごく痛い手術。
この手術は、現代医学の手術とは違い即効性はないが、何度も繰り返し続ける事で蓄積した沈殿物が流れ、血流が改善され、自然治癒力が活性化されるという。
ハールヤ「胆石も老廃物の蓄積ですから、この手術を続け、正しい食事と運動をしていけば、排出されるはずですよ」
優志「分かりました。痛いですが、またお願いしたいです」
ハールヤ「いつでもどうぞ。ただ、時間がある時にはご自分で手術されると良いですよ。今から、やり方をお伝えしましょう」
引き続き、優志はハールヤから“セルフ手術”の方法を伝授してもらうのであった。
足の“反射区図表”を手渡され、痛みに耐えながら順番に自分自身の手で足を揉みほぐしていく。
ハールヤ「親指の腹や握り拳でグッと押しながら、沈殿物を崩すように揉みます。痛い場所と対応している臓器が、弱っている臓器です。ですが、痛む場所だけではなく、必ず足全体を揉みます。臓器と臓器は繋がっています。どこか悪ければ、他の臓器も悪くなる。逆にどこかが治れば、他も治る。以前も言ったように、病変部だけを見て治すのではなく、体全体を見るのが大切なのです」
優志「分かりました。痛いところばかり治そうと、焦ってはいけないんですね」
ハールヤ「その通りです。毎日揉んでいるうちに、痛くなくなり、気持ち良いと感じられるようになれば、健康に近づいたというサインだと思って頂ければ良いでしょう。砂利道を裸足で歩いてご覧なさい。健康ならば、痛くはないはずです。元々人間さんは、裸足で外を走り回っていたのですから。また、この手術は食後1時間経ってから行うこと、術後には白湯を飲むことをお忘れなく……」
ハールヤの情熱溢れる“セルフ手術”レッスンは、約1時間にも及んだ。
一生懸命に自分の足を揉みつつ、ハールヤの講義に耳を傾ける
ハールヤ「生き物の体には、
優志「もっと、自分の体を信頼して、大切にしてあげるといいんですね……。熱が出たり咳が止まらない時などは辛いですが……」
ハールヤ「発熱、咳、下痢などもまた、自然治癒力です。体は一生懸命、悪い物を外に出そうとしているのです。ただその時、体は苦しいでしょう。本来、“出す”ことは、快感を伴うはず。涙、汗、尿や便……それらはスルッと出せれば、気持ちがよいでしょう。しかし咳や下痢、発疹などは辛いものです。それは、体に無理がかかっていた、あるいは体本来の機能が働かず、排泄が滞っていたというサインです。食べ過ぎ、ストレス、運動不足などが原因です」
頷きつつ、この機会にと優志は、長年抱いていた疑問をハールヤに投げかける。
優志「会社の決まりで、年1回の健康診断を受けているんですが……。結果だけ見ても、具体的にどう改善したらいいか分からないことも多いんです。よほど結果が悪いと、特定保健指導を受けられるんですが……面倒がって受けない人が多いみたいです。健康診断などは、どう活かせばいいのでしょうか」
ハールヤ「その健康診断というものがどういうものかは分かりませんが、何にせよ、ただ診断結果を見せて終わり……それでは何のために検査したのか分からないでしょう。その先の、生活指導こそが大事なのですよ。病気を治すだけではなく、病気にならないように指導することこそが、我々医師の役割だと考えております。……優志様の場合はやはり、前向きな気持ちを持つ、正しい食生活、適度な運動をされるのが良いですね」
長引くハールヤの講義が終わるのを待ちきれなかったのか、扉を激しくノックする音が“手術室”に響いた。
話に夢中になっていたハールヤは、少し慌てて扉を引く。
ダスティ「いつまで待たせんだよー。ハールヤのじーさん、早く“手術”してくれや。体がダルくてしょーがねえんだよ」
入って来たのは、ねずみの世界に移住してきた元ニャンバラの民である雄のトラネコの、若者であった。
毛並みは、すっかり艶を失っている。ほつれたセーターに、穴が空いてヨレヨレのジーンズを身につけている。
ハールヤ「すみませんダスティ様、しばらくお待ちを」
ダスティという名のその猫は舌打ちをし、ズカズカと歩み寄ると、ベッドに乱暴に座った。
申し訳なく思った優志はすぐに靴下をはき、部屋を出る支度をした。そして深々とハールヤに頭を下げる。
優志「ハールヤさん、ありがとうございました。セルフ手術をしっかりやりつつ、生活習慣にも気をつけます」
早くしろと急かすダスティのせいでハールヤは優志に返事が出来ず、軽く頭だけ下げてニコッと微笑む。
優志も微笑み返し、“手術室”を後にした。
扉を閉めてからも、ハールヤとダスティの会話が聞こえてくる。
優志は少しだけ、申し訳ない気持ちと共に彼らの会話を盗み聞きする。
ハールヤ「ダスティ様、肉球がカッチカチですねえ。どんな生活をしていたのでしょう……」
ダスティ「え、魚ばっか腹一杯食ってる。夜は4匹ぐらいの女とヤリまくって、全然寝てねえ」
ハールヤ「まずは、生活を正すことです。自分の体を大切にする意識があって初めて、治るのですよ。その意識なしに“手術”しても、本当の意味で治ることはありません」
若い時は無茶な生活をしがちだ。今が楽しければいい、そう思いがちだ。だが歳を取った時、ある日突然体を壊し、激しく後悔することになる。私みたいにならないで欲しい……そう思う優志だった。
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