第23話 裸の付き合い

「久しぶりだね。楓子と温泉なんて」


 さすがに四人での混浴とはならなかった。美耶と楓子は女風呂へ、紅葉と雅琉は男風呂にそれぞれ別れた。


「どうして、私たちなの?大学を卒業して、新しい職場で出会いもたくさんあったでしょう?」


 裸の付き合いという言葉もある。お互いの本音を語り合うのなら、この場はうってつけかもしれない。時間帯がよかったのか、浴場は貸し切り状態で楓子と美耶の二人きりだ。楓子と美耶は隣同士に座り、身体を洗い始める。


 気持ちよさそうに頭を洗っている美耶に、一番の疑問を楓子は問いかける。


 楓子も美耶と同じように頭を洗っていく。心地よい温度のシャワーを浴びているうちに、先ほどの親友から受けた仕打ちを忘れてしまいそうになる。今なら親友から逃げられる。そうは思っても身体が疲れを癒したいとでもいうように、その場から動くことが出来ない。


 美耶はシャワーを止めて楓子に視線をむける。


「どうしてって言われても、楓子以上に好きな人が現れなかったから、かな」

「私は美耶の事を振っている。紅葉だって」


「昔、私が話したこと覚えてる?私の両親の話」

「男尊女卑の両親でしょ。でも、離婚したって」


「うん」


 そこで一度沈黙が訪れる。たとえ、ひどい目にあったとしても、楓子は美耶の事を嫌いになれないでいた。寂しそうに笑う親友の姿に心が痛む。


(こんな状況を生み出したのは、もとはといえば……)


「両親は離婚したけどさ、どうしても今までの両親に言われてきたことが頭に残っていてさ」


 美耶はぽつりぽつりと両親の離婚について話し出す。楓子はただ首を縦に振り、相槌を打ちながら静かに親友の話に耳を傾ける。


「離婚といっても、すでに私は社会人として独り暮らしが決まっていたからさ。私には関係のないことだと思っていたんだ」


 まさか、離婚と再婚が同時に来るとは思わなかった。


「私の父親が特に男尊女卑の考えがひどくてさ。母親も最初はそれに乗じて私にいろいろ言ってきたんだけど、そのうちに父親は母親にも男尊女卑の教えを説くようになった」


 美耶は両親の離婚前の最後の会話を思い出す。父親が一方的に怒鳴っていた。社会人になって初めての長期休みであるGWに実家に帰った時のことだった。母親は泣いてはいたが、取り乱しはせず、ただ離婚届を差し出していた。


「耐えられなかったんだよ。家に帰ることは伝えていたのにひどいよね。私は母親のことも許せてはいないけど、急いで母親を追いかけた。そしたらまさかの向かった先が再婚相手の家だった」


 ふうと深いため息を吐いた美耶は顔に手を当ててうつむく。嫌なことを思い出させてしまったのだろう。しかし、楓子は話を止めて欲しいとは思わなかった。



「まあ、結果的に父親が悪いんだよねえ。とはいえ、母親も止めずに子供に男尊女卑の考えを押し付けてきたから、私としては同罪かな」


 ははと乾いた笑いをしている美耶に、楓子は自分の事でもないのに心が痛む。ただ、何を口にしていいかわからず、ただ頷くことしかできない。


「楓子が気にすることじゃないよ。ただ、離婚すべきして離婚しただけだから」


 美耶は隣で一緒に身体を洗う楓子を盗み見る。相変わらず、お人好しなところは変わっていない。四人で生活するために、嘘の結婚式に招待して半ば拉致したようなものなのに、その相手に対して同情している。


(笑っちゃうほどやさしい)


 弟の紅葉についても同様だ。姉に似ているからという理由で告白されたことを知ったはずなのに、こうして姉弟で嘘の結婚式に参加しようとしていた。


(やさしくてバカな姉弟)


 だからこそ、好きになってしまった。両親のこともあるが、それ以上にこの姉弟より一緒にいたいと思える相手が現れる気がしなかった。


「私を心配してくれるのもうれしいけど、それよりも今はもっと有意義なことをしよう。例えば」


 美耶は実は、楓子に話していたよりも男性が苦手ではなかった。別に苦手ではあるが、我慢すれば、男女間の行為もできる。実際に両親の言葉もあり、大学卒業後何人かの男性とそういった行為をしたこともある。しかし、男が大丈夫だからといって、両親の言うとおりに男性と結婚するなど考えられなかった。


「美耶、人が来るから……」


 せっかく自分の事を心配してくれるのだったら、もっと楽しいことを考えてほしい。そしてお互いに気持ちの良いことをしたらいいではないか。美耶は楓子に近付き、背中に指を這わす。しっとりとした感触が手に伝わって興奮する。男性とは違った柔らかな感触に自然と笑顔がこぼれる。


(やっぱり、私は……)


 背中から手を前に動かそうとしたら、手をつかまれる。背中は許容範囲だが、それより先はダメと言ったところだろうか。そうはいっても、美耶は楓子の表情をみてため息を吐く。顔は温泉の湯気で赤いのかわからないが、反対の意思を感じられなかった。


「だから、そこは」


 楓子はいきなり美耶が自分の背中に指を這わせてきたことに驚いていた。とはいえ、そういった意味での告白をすでにされていたので、驚いてはいたが思いのほか冷静だった。とはいえ、自分の発言に内心で頭を抱えていた。


(人が来るからって理由で断るとか)


 これでは、ここではない誰にも迷惑かけない場所だったら、続きをしてもいいと誤解されてもおかしくない。


 楓子の言葉の意味を理解したのか、美耶は楓子の手をのけることなくそのまま手を前にもっていく。


「こんなことで恥ずかしがっていたら、これからの生活はどうなるのか……。楽しみだね」


 そのまま胸をもまれるかと覚悟して、楓子はぎゅっと目を閉じて親友の手が触れるのを待つ。しかし、親友の手が胸に触れることは無く、耳元でささやかれる。


「こんなところで触らないよ。ほら、人も来たしね。私は楓子の可愛らしいところを他人に見せるタイプじゃないから」


 いつのまにか、美耶の手は楓子の身体から離れていた。そして、美耶は何事もなかったかのように身体を洗うのを再開する。


(このまま、彼女のもとにいたらだめだ)


 この後は一晩、一緒にホテルに泊まってそこからは。


 ダメだとわかっても、美耶から逃げられるとは思えなかった。美耶も楓子を逃がすつもりはないはずだ。そんな相手から逃げられるはずがない。楓子はため息を吐いて、シャワーで身体についた泡を流し、美耶より先に湯船に向かった。

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