第20話 親友の望み
しばらくして、雅琉が注文していたルームサービスの品が部屋に届いた。インターホンが鳴り、美耶が受け答えをして部屋にホテルのスタッフを招き入れる。
頼んでいたのは簡単に食べられるサンドイッチやピザだった。飲み物も運ばれて四人は窓際のテーブル近くに集まって椅子に腰かける。
「では、食べながら今後のことを話していきましょう。過去のことはおいおい話していけばよいことだし。だって、時間はたっぷりあるのだから」
美耶の言葉に返事をする人間はいない。ルームサービスの料理に何か仕込まれているとは考えにくいが、親友より先に料理に手を出すのは気が引けた。そんな楓子の考えをくみ取ったのか、美耶は机に置かれたジュースが入ったグラスを手に取った。
「じゃあ、私たち四人での生活が始まることへの期待と幸せを願って、乾杯しましょう!」
そして、その手を上にあげて祝杯の合図をする。しかし、それに乗って同じようにジュースが入ったグラスを上に掲げたのは意図を知る義弟の雅琉だけだった。
「あ、あの四人での生活って……」
ぐう。
突然すぎる親友の言葉に、今まで黙っていた楓子はようやく口を開くがそれを遮る音が部屋に響き渡る。
「ご、ごめん。お腹が減って、さ」
紅葉の空腹の音だった。申し訳なさそうにうつむく紅葉の様子を見ていたら、楓子も急にお腹が減ってきた。テーブルに置かれたデジタル時計を見ると、11時50分を示している。
(もうすぐ昼の時間。お腹が減っても仕方ない時間、か)
「ふふふふ。紅葉君もお腹が減っているみたいだし、楓子もお腹が減ったのでしょう?顔にお腹が減ったと書いてあるわよ。さっさと食べてしまいましょう?」
美耶に笑いながら指摘されて、楓子の顔は恥ずかしさで赤く染まる。紅葉と同じように顔をうつむかせて隠そうとした。
「ふふふ、面白い方たちですね」
美耶は隠すことなく楓子たちを見て笑っていた。反対におとうとの雅琉は、さすがに他人の前で笑うのは失礼かと思ったのか、背を背けて肩を震わせていた。
「ごちそうさまでした」
高級ホテルのルームサービスということで、いつも店で買うサンドイッチとは違い、パンの生地や中身が高級な気がした。しかし、空腹の前ではただの食べ物であまり味わうことなく楓子たちは料理を腹に詰め込んだ。
(私たちを見つめて、何が楽しいのだろうか)
目の前で親友とそのおとうとは、じっと楓子たちの食べる様子を見つめていた。そのため、空腹以前にその視線がいたたまれなくて、味わって食べられなかった。とはいえ、美耶たちは楓子たちを見つめながらも手は口元に動いていて食事をしていた。あっという間にテーブルの上のサンドイッチやピザはなくなった。
ジュースをのどに押し込んで、楓子たちはようやく落ち着くことが出来た。すっかり、料理のことを警戒することを忘れてしまっていたが、空腹が満たされてようやく冷静になることが出来た。楓子と紅葉は手を合わせて食事の終了を告げる。
「さて、では本題に入りましょう」
二人の食事が終わったことを確認して、美耶がようやくここに連れてきた目的を話し出す。食べながら話そうと言っていたが、食事に夢中な二人の前では話すのがはばかられたようだ。
楓子たちは椅子に座った背筋を伸ばし、改めて美耶の方に顔を向ける。美耶は再会した時と同じ笑顔を二人に向けていたが、瞳が笑っていなかった。その表情に知らず知らずのうちに楓子たちの背中に冷や汗が流れる。
「結論を言うと、あなたたちは、これから私たちと一緒に四人で暮らすことになる」
『えっと』
「言葉の通りです。僕とねえさん、楓子さんと紅葉さんの四人で一緒に生活をするんです。それがねえさんの望みです」
親友の望み。
いったい、何を考えているのだろうか。先ほども言っていたが気がするが、改めて言われると、あまりにも突飛押しすぎる発言だ。
好きな相手に告白して振られたからと言って、その弟と付き合い始めた。その後、弟にも振られてそのまま、私たち姉弟との関係は終わったのだと思っていた。
結婚式に招待してくれたのは、親友が自分たち姉弟の事をあきらめた証拠だと思っていた。だからこそ、自分たちではない誰かと幸せに生活する親友の姿を見て安心したかった。それなのに。
「いまだにあきらめてなかったのかよ」
弟の紅葉が楓子の言葉を代弁してくれた。そう、いまだに自分たちの事を彼女はあきらめていなかった。その執念には驚かされるし、自分たちを手に入れるための方法がやばすぎる。うその結婚式に招待して、おとうとに頼んで楓子と紅葉を連れてくるよう指示した。
(あれ、どうして「わたしたち」をここに連れてくる必要があるの?美耶は私のことが好きだと言っていたはず)
楓子には親友の考えがわからない。
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