第185話私たちは家族!

「スピカ!」


 スティアは抱き留めたスピカへと語りかけているが、スピカはなんの反応も示さない。

 血色は悪く、体も痩せ細っている。呼吸はしているが、かなり弱々しい。

 だが、少なくとも呼吸があると言うことは今の時点では生きていることは間違いない。


「どう? 大丈夫? なんかどっかおかしいとか痛いとかない?」

「落ち着けお前が慌てたところでどうこうなるわけでもあるまい。それより、スピカに無用な混乱をもたらすことになるぞ」

「うぐむっ……」


 慌てた様子でスピカのことを強請っているスティアを諌め、スピカへと治癒の魔法を施していく。


「あ……」

「スピカ! 大丈夫? ちゃんと私のことわかる?」


 しばらくするとスピカは目を覚まし、スティアは先ほど諌めたばかりだと言うのにも関わらずスピカの体を揺さぶって問いかけた。


「だから落ち着けと言っている。あまり揺らして悪化したらどうする」

「だいじょう——ぶえっ」


 スピカとの戦いの前に頭を叩かれたように、今度は俺がスティアの頭を叩いて落ち着かせる。

 その時に下でも噛んだのか、スティアは恨めしげな様子でこちらを睨んできたが、まあこれで落ち着いただろう。


「なんで……」


 と、バカなことをしていると、スピカの目が覚めたようで、弱々しくはあったが口を開き問いかけてきた。

 しかし、なんだかはっきりとしない言葉だな。何が〝なんで〟なのかわからない。もっとも、スピカの様子を見ているとおおよその予想はつくがな。


「? なんでって、何が?」

「なんで、助けて……」

「??」


 スティアはスピカが何を言いたいのかわからないようで首を傾げているが、やはりそう言う意味なのだろう。


「なぜ自分のことを助けたのか聞いているのだろう。スピカのことを助けようとせずに俺とお前が最初から全力で攻撃していれば、先ほどの敵は容易く倒すことができたはずだ。スピカの意思なのか初めは動きが鈍かったから、それこそ一撃で片付けることができていただろう」


 むしろ、スピカとしてはそうして欲しかったはずだ。だからこそ、あんな殺意の薄い攻撃が行われていた。


「でも、それだとスピカが死んじゃったかもしれないじゃない」

「だろうな。だが……それを望んでいたのだろう?」

「えっ……!?」


 スティアはそんなスピカの内心に気づいていなかったようで、驚いたように自分の腕の中にいるスピカを見下ろした。


「わたしは、いちゃいけないの」


 小さく、だがはっきりとした声で告げられたその言葉には、どんな想いが込められているのか。

 とてもではないが、俺には予想はできても真の意味で理解することはできないようなものなのだろう。

 まだ十歳にすらなっていないような少女が吐き出した言葉は、その経験を知らない常人にはあまりにも重すぎる言葉だ。


 これまで苦しいことがあっただろう。これから辛いことがあるのだと想像してきただろう。

 いっそ死んでしまいたいと思ったことだってあっただろうし、だからこそ俺たちに殺してもらおうとした。


 だが、そんなことを許さない者達がここに居る。


「初めて出会って、一緒に遊んだあの日から、あなたは私にとって大事な友達で仲間なの。助けないわけないじゃない。それでも納得できないんだったら……そう! 今日からあなたは私の家族よ! それならなんの問題もないでしょ!」


 スピカの頭を撫でつつ、むふん、とスティアは胸を張って自信満々に言ってのける。


 先ほど殺さなかった理由に、今家族になったところで関係ないのではないか。

 家族と一方的に口にしたところで、スピカが認めなければ意味がないのではなないか。


 そんな疑問はある。だが、こうも自信に満ちた様子で言い切られてしまうと、なぜだかスティアの言葉は正しいように思えてくる。きっと、それはスピカも同じだったのだろう。


「かぞく……?」

「そうよ。誰がなんと言おうと私はあなたを見捨てたりしないんだから。誰が敵でも……神様が敵だったとしても助けてあげるんだから」


 神様が敵でもとは、また大きく出たものだ。だが、こいつならば本当に目の前に神が出てこようとも家族を守るために戦うのだろうな。


「だから、ね? あなたは私のことを頼っていいのよ。家族だもん」


 なんの裏もなく心の底から笑いかけるスティアの笑顔を見て、スピカは声を漏らさないまま涙を流し、ぎゅっとスティアの服を握りしめて顔を押し付けた。


 ——◆◇◆◇——


 スピカが声を出さずに泣き出してからしばらく経った。

 その間、俺はスピカを解放した後も動き続けていた聖剣と戦っていた者達と協力し、ひとまず場を落ち着かせることにした。

 いかに聖剣といえど、使用者がおらず暴走しているだけであり、スピカを解放した後も動いていたものは全体の半分にも満たなかったために、余裕を持って迅速に処理することができた。今は他の者達は治療を受けていたり周囲の警戒に動いたり上役に指示を仰いだりとさまざまだが、そんな中で俺はスティア達の元へと戻ってきたきた。


「っと言うわけで! 試しに私のことを家族として呼んでみなさい。お姉ちゃんでも、姉貴でも、姉さんでもなんでもバッチコイよ! そうやって実際に読んでみたら、あなたも何か気持ちの整理的なものができたりして落ち着くんじゃない?」


 そんな俺の姿を見て、良い時間が経ったと判断したようで、スティアは普段通りの明るい声でスピカへと話しかけた。


 スピカもようやく落ち着いたのかゆっくりと顔を上げ、目元を赤くしながらスティアの顔をじっと見つめ……


「ママ……」


 ぎゅっとスティアの服を握り締めながら、おずおずと言った様子でつぶやいた。


「ほえ……?」


 一瞬何を言われたのかわからなそうな表情をしたスティアだったが、そんな間の抜けた様子を見て俺はつい笑いをこぼしてしまう。


「くくっ、よかったではないか。スピカに家族と認められたようだぞ。……母親としてな」

「私、お姉ちゃんがよかった……」


 まあ、そうだろうな。アレだけ自分のことを姉と呼べと言っていたのだ。望んでいた役どころとしては母親ではなく姉であったのだろう。


 微かに落ち込んでいる様子を見せるスティアを見て笑っていたわけだが、ふとスピカの視線がこちらに向いているのに気づき、なんだか嫌な予感が——


「パパ……」


 ——したと思ったらスピカからそんな言葉が聞こえてきたのだが、それはもしや……俺のことか?


「……何?」


 聞こえていなかったわけではないが、その言葉をあまりにも認めたくなさすぎて、つい聞き返してしまった。


「ぷぷ〜。パパだって、パパ! よかったじゃない。あんたもスピカに家族だって認められたみたいよ」

「別に、俺は家族として認められたかったわけではないのだが……」


 家族として認められたいのはスティアであり、家族として呼べと言ったのもスティアだ。俺としては別に他人であっても構わないのだ。

 だが、そんな俺の様子を見て、スピカは悲しげな顔をして呟く。


「パパ……」

「ちょっと〜、何泣かせてんのよ! こーんな可愛い子を泣かせたらダメじゃない!」

「これは俺が悪いのか?」


 俺は常識的な対応をしていると思うのだがな。


「私がママで、あんたがパパだってんなら、せっかく結婚の話も出てたんだし、ちょうどいいじゃない。ね?」


 何がちょうどいい、だ。確かに話自体は出ていたが、俺はそれを受けると言ったつもりはないぞ。


「それは俺と婚姻を結ぶと言うことか? ……前からそのような事を口にしてはいたが、乗り気ではなかったように感じるのだが、気のせいか?」

「あーうん。まあもういいかなって。どうせあんたと一緒に行動することは決まってるし、そうするとお姉ちゃんとかその上の兄姉とかパパとかからなんか言われるもん。面倒だからいっそのこと一緒になった方が楽じゃない?」

「そんな理由で決めるのか……後で余計に面倒なことになって後悔することになるぞ」


 一国の姫がその場の勢いに任せて婚姻の話を決めようとするな、阿呆。


「もうこうなったらいくところまで思いっきり突っ走ればいっかなーって。後のことは、まあなんとかなるでしょ! 後悔したらその時はその時よ!」

「ならなかったらどうするのだ、まったく……」

「大丈夫だいじょーぶ! なんとかならなくっても、なんとかなるように全部ぶち壊して走り抜ければいいだけだから!」

「大丈夫ではないではないか……阿呆が」

「バッカね〜。大丈夫なのよ。私とあんたがいれば、大体のことはなんとかなるに決まってんじゃない。今だって、ちゃんとスピカを守ることができたでしょ?」


 いつも通り、できないなどと疑う様子がカケラも見られないスティアの笑顔を見ていると、そこに説得力を感じてしまうのだから不思議だ。

 だが、事が婚姻に関することともなれば素直に頷くわけにはいかない。


「それとこれとは話が別だろう」

「そう?」

「……はあ。とりあえず、場所を移すぞ。スピカをいつまでもここにおき続けるわけにもいくまい」


 とりあえず、この場から移動すべく立ち上がるようにスティアに促し、スピカを抱き抱えさせたまま歩き出した。


「でもどこいくの? バイデント?」

「それでもいいが、外の状況が分からぬうちに移動するのは危険だ。ひとまずは救護室か待機室か、どこか適当な場所で休ませて落ち着いてから移動すれば良いだろう」


 それに、スピカの扱いに関してオルドスあたりに話を通しておかなければならない。でなければ、スピカは此度の騒動を起こした一味として、あるいは危険な存在として処理されることになりかねない。


「いよっし! それじゃあそんな感じで出発!」

「今はあまり目立つようなことをするな。スピカとて、そのように近くで騒がれては迷惑だろう」


 周囲は混乱しているが、そんな中を堂々と進んでいる俺たちにいくつかの視線が集まるが、それを無視して俺たちは舞台脇の通路へと消えていく。


「ところでこれって……天武百景ってどうなるの?」


 ……どうなるのだろうな?

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