第184話お前が救え
「元王国の盾トライデン家次期当主、アルフレッド。国を脅かす敵を排除し、民の嘆きを止めさせてもらうぞ」
そう口にしながら、普段使っているフォークではなく、農業用のピッチフォークを取り出して構えた。
先ほどまでよりも集中し、全力を持って戦うと言う意思を武器にこめていると……
「——ていっ!」
なぜかスティアに頭を叩かれた。
味方だったから対して警戒していなかったとはいえ、まったく警戒していなかったわけではない。
加えて、今の俺は魔創具に込められた強化によって普段の何倍もの身体能力を持っている。それであっても避けられないとは、どれだけ本気で攻撃してきたんだこいつは。
速さだけで威力はさほど込められていなかったようでたいした痛みはないのだが……なんのつもりだ?
「……何をする」
「それじゃあスピカを排除するっぽく聞こえるじゃない。もうちょっと言葉を選びなさいよ。っていうか、こんな時までかたっくるしい言葉選びする必要なくない?」
む……言われてみれば、確かにスピカからどこか怯えたような雰囲気を感じないでもない。体勢が後ろに反っているし、若干だが立ち位置も下がっているか?
「……癖だ。気にするな」
「それで誤解させちゃうんだったらダメでしょ! まったくもう!」
だが、こればっかりは仕方ないだろう。どうにも戦闘時に真剣になるとそう言う言葉と態度になってしまうのだ。
「大丈夫よ、スピカ。こいつはバカちんだから言葉がアレでダメダメなだけで、あなたを排除するってつもりじゃないから。こいつが排除するって言ったのは、あんたの周りについてるそのぷよぷよのことよ。あんただってそれ邪魔でしょ? だから、今お姉ちゃんがとってあげる!」
笑顔と声の質は柔らかいが、言っていることは『今からお前をぶん殴る』だ。多少言い方を変えたところで、やることは変わらないのだからスピカが受ける怖さも変わらないと思うのだがな。むしろ、笑顔で接してきてくれた相手が殴りかかってくるのだから、ある意味ではそちらの方が恐ろしい感じがすると思うのだが、俺の考えすぎだろうか?
「そのために、ちょっとだけ痛いかもしれないけど我慢してちょうだい」
そう言ってから両手で大槌を構えたスティアは、ちらりと俺へと振り返ってきた。
これは、協力しようと言うことだろうが、まさかこいつから協力を持ちかけてくるとはな。人の話を聞いていないと思っていたのだが、存外に聞いていたようだ。
まあ、であれば、今回はしかと協力することにしよう。
「周りを削る。機会は一度きりだ。力を蓄えて待っていろ」
「りょーかいりょーかい」
大雑把な方針は今までと変わらない。スティアが主人公で、俺がその補佐だ。ならば今俺がやるべきことは、主人公がヒロインの元へ進むための道を作ることだろう。
しかし……
「さて、削るとは言ったが、一人でこれを相手にするのか。少しばかり骨が折れるな」
問題はどうやって道を作るのか、だな。
先ほどまでとは違って、今度は本気で俺たちの相手をすることにしたのか聖剣の力が解放されている。今俺の目の前には、炎の巨人が、風の槍が、光の球が、雷の獣が、鋼の拳が、その狙いを俺へと定めていた。
それら全てが直撃を受ければ容易く人を殺しうる力が秘められており、半端な者では止めることどころか逸らすことも避けることも不可能だろう威を感じる。
だが……
「その程度で、どうにかなると思うな」
強敵であり、難敵であることは確かだ。だが、それでも負けるわけにはいかない。
もとより負けるつもりなどないが、それでも自信を鼓舞するために、ニヤリと挑発的な笑みを浮かべて一歩踏み出す。
「聖剣如きで俺に勝てると思うな。いくらでも相手をしてやろう」
そう口にした瞬間、全ての殺意が俺めがけて殺到した。
まず初めに接近したのは光の球……いや、正確に言うのであれば、球から放たれた光の線か。
光の線——つまりビームだ。文字通り光速で放たれた光の線だが、放たれる直前に僅かに明滅をしたことで反応することはできた。それでも腹の脇を掠めてしまい、焦げた匂いが鼻につく。
しかしそれでも足を止めることはない。足を止めたその瞬間、俺は死ぬことになると理解しているから。
次に襲いかかってきたのは風の槍。本来風は目で見ることなどできないはずだ。目に見えるとしたら、それはゴミや水分を巻き上げたことで間接的に風のある場所を理解することができるだけだが、それとてそう簡単に目にすることができるものでもない。
だが、今目の前には明確に『風』が集められ、迫ってきていた。この風の槍は、水分やゴミのせいで目に見えているだけではない。景色が歪むほど圧縮されたからこそこうもはっきりと見えているのだ。もはや小規模な台風と言ってもいい。それが意思を持ったかのようにうねり、襲いかかってきた。
速さは先ほどのビームほどではない。だが、直線でしかなかったビームと違って、避けた方向に追撃を仕掛けてくるのだから厄介なことこの上ない。
そんな風の槍をいつまでも避けているわけにはいかないので、少々無茶ではあるが……
「ぐっ——!」
風の槍をピッチフォークで迎撃し、逆回転の『渦』をぶつけることで相殺していく。
圧縮されていた風が解除されたことで当たりを暴風が蹂躙し、そんな中であっても軽快に動く雷そのものでできた獣が襲いかかってくる。
あれに触れてはまずい。そう判断し、咄嗟にピッチフォークを普通のフォークへと戻し、投擲。そして、爆ぜた。
だが、流石は雷の獣というべきか、油断していた数体は倒すことでできたが、何体かは文字通り雷の速度で避けられてしまった。
先ほどの光に続き、今度は雷の速度。とてもではないが、どちらにしても常人では反応し切ることは難しいだろう。強化している俺でさえギリギリその影を追うことができる程度だ。
だが、あいにくとすでに準備はできている。本来は先ほどのビーム対策だったが、目に見えないほどの速さの攻撃、と言う意味では光も雷もたいした違いはない。だからこのまま……
そう覚悟を決めた直後、周囲を守るように空中にはテーブルクロスが漂い始めた。
雷の獣はその勢いのままテーブルクロスに突っ込んで行ったが、触れるなりドンッと轟音を響かせて爆ぜた。
そうして雷の獣を全て処理したところで、炎の巨人と鋼の拳が迫ってきた。
炎の巨人は踏みつけるように足を動かし、宙を移動する鋼の拳はその手を開いて掴み掛かってくる。
どちらも単純に武器で解決することは難しい。炎の巨人は物理的な攻撃を無効化し、鋼の拳は多少攻撃を加えたところでそのまま突き進む。どちらも対処が難しい攻撃だ。
だが、難しくとも不可能ではない。早く処理しなければ、また他の攻撃が襲いかかってくることになる。
これまで個別の攻撃は対処できたが、全てを同時となると流石に不可能だ。
故に、ここは早めにこれらを処理して道を作る必要がある。そのために必要なのは、一撃で吹き飛ばすことができるだけの破壊力。その破壊力を用意するために、ピッチフォークに丁寧に、だが速やかに魔力を貯めていく。
だが、あと少しでというところで、上下左右から巨大な聖剣達が炎の巨人を切り裂き、鋼の拳を砕いて襲いかかってきた。
逃げ場のない武器の同時攻撃。普通ならばここで死んでもおかしくないのだろうが……それは下策だ。これならば、先ほどの二つよりも容易に対処することができる。
炎の巨人も、宙に浮かぶ鋼の拳も、雷の獣も光の線も風の槍も、全て単純な攻撃では対処しづらかった。
だが、今迫ってきている武器は違う。確かに大きく、脅威ではある。だが、所詮はただ頑丈で大きいだけの武器でしかないのだ。ならば、難しく考えることはせずに単純に動けばいい。
つまり——
「これで——終いだ!」
全て吹き飛ばして解決だ。
まさか、俺がこのような手を選ぶとは……全くもって綺麗な勝ち方ではないな。
だが、目的は果たした。最初の約束通り道を開けることはできた。あとは……
「スティア! お前が救ってこい!」
主人公がヒロインを助けるだけだ。
「まっかせなさい!」
そう叫んだスティアは全身に金色の光を纏い、一直線に駆け抜けた。
そんなスティアの接近を止めようとしたのか、スピカの体を覆っている肉が蠢き、迎撃しようとスティアを狙う。
「邪魔してんじゃ、なあああああい!」
だが、今のスティアにその程度のものは壁にすらならない。
スティアは両手で持っていた大槌を巨大化させ、全力で振り抜いた。
巨大化した大槌と肉の塊が衝突し、肉の塊は爆散。その衝撃はスティアに向けて伸ばされた腕から体まで伝播し、全身を小さな破片へと変えて散ることとなった。
そして……
「もう離さないんだから。勝手にいなくなっちゃだめよ、スピカ」
スティアは何も覆うものがなくなったスピカを抱き留め、満足そうな表情を浮かべながら笑った。
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