第168話王女様との再会

 ——◆◇◆◇——


「——殿下。お客様をお連れいたしました」


 案内されてやって来たのは、王城——ではなく、天武百景の会場となっている闘技場の一室だった。

 メイドによって開けられた扉をくぐり中に入ると、闘技場の舞台となっている場所を見下ろすことができる大きな窓のついた部屋となっており、その一画で優雅に座っている女性の姿を見つけた。


 その女性は俺の姿を認めると、にこりと笑みを浮かべてから口を開いた。


「お久しぶりですね。アルフレッドお兄様」


 アルフレッドお兄様。その呼び方は俺がミリオラ殿下の婚約者であった時の呼び方だ。今となっては随分と懐かしく感じる呼び方だな。

 だが、その呼び方はすでにミリオラ殿下の婚約者ではなくなった俺には相応しくない呼び方だ。訂正すべきだろう


「シルル王女殿下におかれましては——」

「その様な堅苦しい挨拶はされずとも構いません。私は、アルフレッドお兄様がどの様な立場になろうとも、それを理由に何か態度を変えることはありません」


 ……この方も変わらないな。昔からおとなしいお姫様ではあるが、これと決めたことは絶対に譲らない芯のある方。

 俺の立場が変わってもその接し方を変えずにいてくださることは、とてもありがたいことだ。

 オルドスもそうであるが、この兄妹は俺には勿体無いほどの人物だ。


 しかし、態度を変えないことはありがたいが、それはそれとして、呼び方は変えさせるべきであろう。


「殿下のお心、光栄に存じます。……しかし、その呼び名は懐かしくもありますが、すでにミリオラ殿下の婚約者ではなくなった私には相応しくないでしょう。加えて、現状において私はアルフと名乗っていますので、そちらでお呼びいただければと」

「アルフ、ですか……以前のあなたを知っている身としては、まるで愛称で呼んでいる様に思えてなりませんが、あなたがそれを望むのであればアルフと呼ぶことにしましょう」


 アルフ、などという愛称で呼ばれたことなど生まれてこの方一度もなかったが、愛称といえば、まあそうか。

 俺としては適当に名乗る名前が思いつかなかっただけなのだが……まあ、今更変える必要もないだろう。


「さあ、話したいことはたくさん在ります。ひとまずは席をどうぞ」

「では、失礼させていただきます」

「そちらの方もどうぞ」


 シルル殿下に勧められて俺は席についたが、シルル殿下は俺とともに部屋にやってきたマリアを見て同じように席を勧めた。


「いえ、大変光栄ではございますが、私はアルフ様の騎士でありますので」


 だが、マリアは俺の騎士だから座るわけには行かないのだと固辞し、俺の後方に数歩下がったところで身じろぎせずに待機し始めた。


「騎士、ですか……お兄様から聞き及んではいましたが、どこかから引き抜かれたのですか?」


 トライデンという家から外れたにもかかわらず騎士を侍らせていることが不思議だったのだろう。シルル殿下は俺の背後にいるマリアへと視線を向けながら驚いたように問いかけてきた。


「いや、マリアは……拾った、になるでしょうか?」


 マリアは仲間ではあるのだが、なんというか、仲間になった、という感じではなかった。雇ったというわけでもないし、強いていうならやはり、拾ったになるのではないだろうか?


「拾った、ですか……ふふ。以前と変わっておられないようで安心いたしましたわ」


 今の会話のどこでそう判断したのかわからないが、楽しそうに笑っているシルル殿下に苦笑と共に言葉を返す。


「人なぞ、そう簡単に変わるものでもないでしょう」

「そうでもありませんよ。現に、あなたの後釜は醜く変わってしまったではありませんか」


 スッと笑みを消して真剣な表情へと変わったシルル殿下。だが、確かに殿下の言う通りだな。

 俺の後釜……ロイドは以前とは全くと言っていいほど変わった振る舞いをするようになった。以前の奴をよく知っているというわけでもないが、最低限身の程を弁えている奴だったはずだ。それがああも傲慢に振る舞うようになるなどとは思いもしなかったものだ。


「……確かに、そうでしたね。まさか、私としてもあれがあのように変わってしまうとは思いもしませんでした」


 魔創具の再生成による影響もあるのだろうが、それを差し引いてもあれはもはや別人と言っても過言ではないだろうな。


「それはそうでしょうね。おそらく、誰もがそう思っていることだと思いますわ。アレを次期当主に据えた公爵も、アレほど愚かだとは思っていなかったのではないでしょうか? ああ、後はお姉様もですね。自身の婚約者を切ってまで手に入れた真実の愛とやらが、こうも狂ってしまうとは思ってもみなかったことでしょう」


 ミリオラ殿下か……。真実の愛を見つけたと以前に言っていたことがあったが、そういえば今はあの方はどうされているのだろうか? 婚約者であるはずのロイドが〝ああ〟なってしまったわけだが、今日などは観戦にでもきていたのだろうか?

 であれば悪いことをしたか。いくら人が変わってしまったとはいえ、婚約者を打ちのめしてしまったのだから。


「……やはり、ミリオラ殿下は落ち込まれたりしているのでしょうか?」

「落ち込む、というよりも、混乱している、と言った方が正しいでしょうか。ただ……あれほど好いていた方が豹変してしまったのですから混乱するのは理解できますが、その混乱の仕方とでも言いますか、随分とみっともないことになっていますわ」


 みっともないなどという言葉は、実の姉にかけるにしては些か棘があるように感じる。シルル殿下はこのようなことを口にする方だっただろうか?

 ……そういえば、オルドスが言っていたな。シルル殿下は意外と当たりが強い方なのだと。


「みっともない? ……それは、泣き喚いたり、ということでしょうか? それとも、未だにアレが元に戻るのだと信じていらっしゃるとか?」

「その程度であればまだマシだったかもしれませんね。ですが、そうではありません。お姉様は、アレが変わってしまったことを嘆いているのではなく、自身が幸せになれていないことを嘆いているのです」


 俺の問いかけに対して緩く首を振ってから答えたシルル殿下だが、その表情は不愉快そうに歪められており、口から溢れる言葉には嫌悪感が乗っていた。

 だが、もしシルル殿下の言っていることが本当なのであれば、そう言いたい気持ちも理解できなくもない。


「自身が……」

「はい。元お姉様の婚約者であるアルフお兄様だからこそお話しいたしますが、元々お姉様は妄想癖のある方でした。現実が見えておらず、自分はお姫様なのだから、物語の中の姫のように劇的で素晴らしい幸せな生活が送れるはずだ、と考えていたのです。いえ、それすら正しくないかもしれません。考えていたのではなく、そう信じ切っていた、と言った方が正確でしょうか」


 それは……確かに以前からミリオラ殿下はそのようなところがあった。物語ではこうするそうですよ、などと言われたことが幾度となくあった。その言葉に応えなければ不愉快そうにし、逆に物語のように甘やかせばすぐに機嫌が戻る。

 当時は、扱いやすい方だ。今後接する際には機嫌をとりやすくていい、お花畑な頭だ。など不敬ながら内心では思っていたこともあったが、改めて考えると大分異常だな。


「ですが、その『劇的で幸せな生活』のためにアルフお兄様を切り捨て、アレと共になったにもかかわらず、今のお姉さまはアレが変わってしまったことで幸せな生活を送れているとは言えない状況になっています。そのことがおかしいと、なぜこんなことになってしまっているのだ、と嘆いているのです。悪意のある言い方をするならば、お姉様にとって自身以外の全てはたとえ血縁であっても人ではないのです。全ては自身の世界を彩る装飾品で、そんな装飾品が汚れ、傷ついたことを嘆いている状況だと言えるでしょう」

「世界の全てが装飾品か……確かに、そうとも言えるのかもしれませんね」

「ですので、国王陛下の命により今は外に出られないようになっています。王族の醜態を晒すわけにはいきませんので」


 もしかしたら今日のロイドの戦いを見に来ていたかもしれない、と思ったのだが、そもそも外に出してもらえないのか。それほど酷い状況になっているとは……。

 あの方も悪い方ではないのだが、現実が見えてなさすぎる。

 その結果が軟禁とは、哀れというか……


「自分勝手に生きた結果がこれですので、アルフお兄様が気にする必要はありませんわ」

「……そうですか」

「はい。ああ、そうです。それよりも、アルフお兄様。一つ御覚悟をしておいてください」

「覚悟、ですか?」

「はい。大会では、驚くことになると思います」

「……シルル殿下が〝驚くようなこと〟というと、少し恐ろしいですね」


 本人にそのつもりはないのだろうが、以前から人を驚かせることをしでかしたシルル殿下が、あえて驚くことと宣言したのだから、どのようなことになるのか皆目見当もつかない。


「ふふ、危険があるようなことではありません。ただ、少し驚くだけです」

「その少しが恐ろしいのですが……今のうちに、何が起きても驚かずに済むように覚悟しておくとしましょう」


 その後はお互いにこれまでの行動について報告をしたり感謝をしたり謝罪をしたりと、しばらくの間それなりの時間話をしていたのだが、そろそろよい時間となってきたこともあり解散することとなった。


「本日はお会いできたことを喜ばしく思います。シルル殿下に再びお会いできることを願っております」

「会えますよ。それほど難しいという状況でもありませんもの」


 以前はどうあれ、現在は王女と一般人という立場なのだからそう簡単には会えないはずなのだが、再び会えると断言した殿下には何か考えでもあるのだろうか?


「では、本日はこの辺りで失礼させていただきます」

「ええ。では、また会場で」


 そうして俺は友人と婚約者の妹との再会を終え、仲間達の元へと戻っていったのだった。

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