第163話天武百景当日

 ——◆◇◆◇——


 二週間後・大会予選開始

 俺たちが王都に着き、バラドと再会を果たしてから二週間後。ついに天武百景が開始されることとなった。


 思えばここに戻ってくるまで色々あったものだ。特に大きいのが、家を追い出されて早々によくわからない阿呆を拾ったことだが、その後もそれまでの生活とは全く違った日々を送ることとなった。あの時ははっきりとした目標を持つこともなくただあてもなく彷徨っていただけだが、それがこうして目的を持ちここに戻ってくることになるとは。何とも言えぬ感情が胸の奥に湧いてくるな。


 もっとも、開始と言ってもまだ今のところは予選から始まるので、今の時点で感慨に耽る暇などありはしない。こんなところに来ただけで満足するために天武百景に出ることを決めたわけではないのだから。


「ついにこの日がやってきたか」

「ついにこの日がやってきたわ!」


 大会の会場となる闘技場を前にして、己の覚悟を今一度決めるために呟いたのだが、隣に立っている阿呆から全く同じ言葉が聞こえてきた。


「「……」」


 そこに込めた気持ちは別物だっただろうが、全く同じ言葉を同じタイミングで口にしたことで、阿呆——スティアはきょとんとした表情で俺のことを見つめると、ぷくっと頬を膨らませた。


「真似しないでよ!」

「お前のことなど真似するつもりなどない。ただ偶然言葉が重なっただけだ」

「それはそれでなんかいやね」


 俺も自身の言葉が誰かと重なるのはあまり好ましいとは思わないが、それを本人に向かって直接言うのはどうなのだ?


「本人を前にして堂々と言うとは、いい度胸だ」

「まあ、それだけ二人がお似合いだってことなんじゃない?」


 口論に発展するとでも思ったのか、場を切り替えるように明るい声でルージェが割り込んできたが、流石に俺とてこれから大会が始まるというのに無駄に騒ぎを起こしてはならないという分別くらいあるぞ。


 しかも、なんだその言葉は。止めるにしてももう少し別の言葉があっただろうに。

 スティアのことを嫌っているというわえkでもないが、だからと言ってこいつとお似合いだと言われると何とも受け入れ難い感情が湧いてくる。


「こいつとか? 冗談は笑えないとつまらないぞ」

「ぶーぶー。なんかひどい言いようじゃない?」


 いい歳をした大人が、不満があるからといって「ぶーぶー」などと実際に口にするのだぞ? そんな頭のおかしいやつとお似合い……同類だと思われたくないと思うのは真っ当な考えだと思うが?


 まあいい。無駄に騒ぐつもりもないし、さっさと話を進めるとしよう。


「そんなことよりも」

「無視された!?」


 自身の言葉を無視されたスティアは驚きを体で表しているが、それすらも無視して話を進める。こいつに構っていればいつまで立っても話が進まないのでな。


「お前は準備の方はいいのか?」

「準備? ああうん。そんなのいつでもばっちこいよ! っていうか準備とか必要ないくらいね!」

「それで負けでもしたら、笑えるがな」

「負けないってば。この程度で負けるようなら、裸で街中歩いてもいいわ!」

「普段から裸のような服を着ているくせに、今更だな」

「裸じゃないもん! ちゃんと服着てますー!」


 確かに裸ではないが、俺の持ち合わせている貴族としての常識からすれば、お前の服装など肌着同然なのだがな。

 胸と腰を隠しているだけではないか。ひらひらと布をつけているし、スカートも存在しているが、きっちりと閉じているわけではないので、その奥を見ようと思えば誰でも見ることができるくらいはっきりと露出している。この国の貴族の常識から考えれば、この女は痴女と言われてもおかしくないほどだ。


「アルフ君の方は大丈夫なの? その、色々とあるんでしょ?」


 マリアが俺のことを心配するように問いかけてきたが、これは装備がどうしたという話ではなく、精神的な……心の心配の方だろう。

 何せ先日も因縁の相手であるロイドに遭遇したのだ。あの口ぶりからすればいまだに俺の事を疎ましく思っていることは確実であり、この天武百景中にも何かしら仕掛けてくるだろうと思われる。ともすれば、父を呼んでくるかもしれない。

 本人が直接大会に出てくることはないだろうが、それでも対峙することになった場合、俺は普段通りに動けるかと言ったら、悩ましいところだろう。きっと、色々と思うこともあるだろうし、口から出てくる言葉もあるだろう。

 だが、ことここに至ってはもうどうしようもない。今から参加を取りやめて逃げ出すというわけにもいかないのだから、なるようにしかならない。


「まあ、なんともないとは言わないが、今更どうこうするほど心が荒れているというわけでもない。もし仮にロイドと戦うことになったとしても、問題なく戦うことができる」


 父と戦うことはないだろうが、それでもロイドとはいずれどこかで戦うことになるだろう。

 俺が慌てながら家に帰ろうとしたあの時と違って、今度は正式に決まった〝新〟次期公爵と、〝元〟次期公爵の戦いとなる。

 俺を退け、次期公爵の地位に収まったロイドに思うところがないわけではない。きっと、面と向かって対峙することになれば、いろいろなことを思うのだろう。

 だがそれでも、結果は変わらない。もしその時が来ても、あの日と同じように再び勝利を得てみせる。


「ならいいんだけど……」

「そんなこと言ってると、いきなし予選であのダメ男と戦うことになったりするかもね」

「まあ、ないわけではないだろうな。だが、三十二もの班に分かれて戦うのだ。同じ班になる可能性はそう高いものではないだろう」

「だといいけど」


 俺の予想としては、本戦で対戦表をいじって当たるようにしてくるのではないかと考えている。何せ本戦と予選では注目度が違うからな。俺のことをはっきりと下して自身の力を証明したいのであれば、本戦で戦うのが効果的だと言えるだろう。


 とはいえ、何かをしてくることは確実だろうが、実際に何をしてくるのかはわからないのだ。その時まで待つしかないだろう。


「こればかりは実際に始まってみないと何とも言えんな。だが、もし戦うことになったとしたら、勝つだけだ」


 ロイドは魔創具を再生成したようだが、それは俺も同じことだ。求めていた形と多少は違うが、そもそもの地力が違うのだ。たとえ食器フォークだけしか使えない状態だったとしても、ロイドが魔創具の再生成を行ったのだとしても、どのみち俺が勝つことは変わらない。


「わー、頼もしいお言葉だね」

「うん。アルフ君なら勝てるよ」

「まあ、私と同じ班になったらあんたはそこでおしまいだけどね。良かったわね、私と一緒の班じゃなくって」

「ぬかせ」


 スティアの戯言を軽く流しつつ、俺たちは会場へと進んでいく。


「ところで、アルフ君。今日は槍を使うのね」


 マリアが俺の背負っている槍を見ながら問いかけてきた。

 だが、そう。今日の俺は魔創具ではなく、実際に作られた槍を持ってきている。普段は使うことなどないが、今日は特別だ。


「ああ。予選から無駄に手のうちを晒す必要もあるまい」


 本戦では俺でさえも梃子摺るような者達を相手にすることとなる。その時に使う武器がバレているか否かというのは大きい。まあ俺の武器はフォークだからバレた場合には侮ってくれるかもしれないが、実際に相対した時にバレた方が驚き、隙を作ってくれるかもしれない。

 なのでフォークについては隠すこととした。すでにロイドが嫌がらせとして叫んでいたが、それをどこまで信じることか。おそらく、大抵の者がフォークを使って戦うなど信じないだろう。


「まあそうだねー。フォークで挑んだら余計なのに絡まれたりとかありそうだし」


 それに、そう。ルージェの言ったようなことも十分に考えられる。フォークなんてもので戦おうなんてふざけてんのか、というようなことを言ってくる者もいることだろう。


「あるだろうな。それを抑える意味でもまともな武器を持っていくのだ」

「でも、アルフ君のそれって、言ったら何だけどあんまりいいものじゃない感じだけど、大丈夫なの?」


 マリアが眉を寄せて問いかけてきたが、この槍も決して悪い品ではないのだがな。


「これでもそれなりの品だと思うがな。少なくとも、そこらの数打ちではないぞ?」

「あ、ううん。それはわかってるんだけど……でも、アルフ君の実力を考えると、一段か二段は劣るかなって」


 なるほど、そういう意味だったか。であれば、その考えは正しい。この槍は俺の技量に相応しい武器なのかと言ったら、そうではない。これは傲慢でも慢心でもなく、純然たる事実だ。


「だろうな。数打ちではないとはいえ、特注というほどでもない。所詮は今回使うだけの間に合せの品だ。予選さえ終わればそれで構わない」


 何せ王都に来てから思いついたことだからな。王都にある適当な店でまともだった物を見繕っただけだ。俺個人に合わせて作ったわけではないし、貴重な素材を使ってあるわけでもない。それでも腕は悪くないのでそれなりの仕上がりにはなっているが、やはり特注で作ったものにはどうしたって劣る。だがそれは仕方ないことだろう。

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