第137話バイデントとの話し合い

 

「それにしても、このタイミングでとなると、オルドス……王太子と接触したのか?」

「あ、へえ。よくご存知で」

「半ば勘だがな。だが、そうか。やってきた王太子というのは本物なのか」


 客間へとたどり着いた俺達は、適当にバイデントの五人を座らせて一息入れてから話を続けることにしたのだが……そうか。

 まさかとは思ったが、あまりにもタイミングが良すぎたので、もしやと思い尋ねてみたのだが、本当にオルドスと接触したとはな。それも、オルドスがなんの用か知らないが、ここまで来るための護衛として雇うなど、ただ接触しただけではなくそれなりの繋がりができたということだろう。


 しかし、こいつらが俺を探してここにきたということは、俺がここにいるということをオルドスも知っていることになる。であれば、今回の王族がこの街にやってきた要件というのは、まさか俺を探すためか?

 普通であれば王族が一貴族を探すなどあり得ないのだが、俺の立場とあいつの関係を考えるとまるっきりあり得ないとも言い難い。


「ボスはここで何してるんだ?」

「……さて、なんと言ったものか」

「裏ギルド『揺蕩う月』のボスをやってるよ」

「「「「「……え? ……っ!?」」」」」


 さてなんと答えたものかと考えていると、同じ部屋の中に待機していたルージェがなんでもないことのように答え、その言葉に一拍遅れてから『バイデント』の五人が同時に驚きの様子を示した。


「おい、何を勝手に喋っている」

「いいでしょ。どうせアルフに任せてたら躊躇って話が遅くなるんだから。話すこと自体は変わらないんだからさっさと話を進めたほうがいいだろ?」

「それは……はあ。まあいい。だが、そういうわけだ」


 人の秘密を勝手に話すなと思うが、確かにルージェの言ったように、俺が話そうとすると無駄に躊躇いが入る可能性は十分あり得る。どのみち話すのであれば、さっさと話してしまった方が楽ではあるか。


「ボ、ボスが裏ギルドって……それマジかよ」


 ログナーは驚きの声を漏らしているが、以前の俺を知っているのだから驚いて当然だろうな。裏ギルドなど、貴族としての振る舞いからはかけ離れたものなのだから。


「成り行きだ。こんなものになるつもりはなかったのだが、ここに止まる必要ができてしまったのでな」

「んー? あー……もしかして、少し前にあったっていう裏ギルド同士の抗争って、リーダーが関係してたりするー?」

「なんだ。そんな話が広まっているのか? だが、そうだな。俺が主導したわけではないが、関わっていることは間違ではない」


 フレネルが口にした噂が広がっているとは初めて聞いたが、彼女の言う通りこの街で裏ギルド同士の諍いがあったのは確かだし、それに俺が関わっているのも確かだ。


 そのことを隠すつもりはないが、このことを正直にいったいったことでどうなるかわからない。何せ、『バイデント』の中には裏ギルドの存在によって嘆いたことがある者もいるのだから。


「お前たちとしては、裏ギルドへの所属など許せないと感じるかもしれないが、そうであれば正式に俺と手を切っても構わない。これと行って報復をすることもないし、何か罰則があることでもない。そもそも、俺が『バイデント』の運営から手を引いた時からお前たちは自由なのだ。好きに生きよ」


 だから、こいつらが俺の元へと訪ねてきたのはありがたいことだが、離れていくというのであれば止めるつもりはない。


 そう思っていたのだが……


「何バカなこと言ってんだよ。俺たちはいつだって、いつまでだってボスの配下のつもりだぜ」

「好きにしていいっていうんだったら、それこそ好きにさせてもらうわ。もちろん、ここでね」

「ぶっちゃけ、裏ギルドが全部悪いわけじゃない、なんてことはわかってるし、そこまで目くじら立てることでもないしねー」

「敵は敵だろ。裏も表も関係ねえ。敵対したやつを潰せばいいんだから、どこの所属とかどうでもいいことだってんだ」


『バイデント』のうち四人は、そういって特に気にしている様子を見せずにまだ俺の配下なのだと笑って見せた。


 それでいいのかと思わなくもないが、本人達が言っているのだから良いのだろう。

 そして今答えなかった『バイデント』の残りの一人である聖職者のリーラだが、彼女はいったいどう考えているのだろうか? やはり聖職者として裏に所属している者など許せないと考えるのだろうか?


「リーラはいいのか? 聖職者を目指してたお前にとって、裏ギルドなんかの犯罪者は許せない存在じゃないのか?」

「私たちにとってアルフレッド様は神様です。であれば、どのような行動を取ったとしても、その行動こそが正しいに決まっています。悩む必要などどこにあるというのでしょうか?」


 俺の問いかけに対し、リーラは笑みを崩すことなく、だがどこか危うい眼差しで真っ直ぐ俺のことを見つめてきている。

 言葉自体は俺を信頼している言葉なのでありがたいと思わなくもない。だが、流石に『神様』とまで言われると、なんともいえない重みを感じる。


 そもそも、いったいなぜ俺が『神様』なのだろうか? いつから神様などと呼び始めたんだ?


「……おい、ログナー。リーラってこんなやつだったのか?」

「いや、俺たちも今回ボスがいなくなったことで初めて知った。まさか信仰対象の『神様』ってのが、教会の神じゃなくてボスだなんて思わないだろ」


 このメンバーのリーダーであるログナーならばリーラについて何か知っているのではないかと問いかけてみたのだが、返ってきた言葉は〝わからない〟だった。

 もう何年も前からの付き合いだというのに、今までこんな異端の考えを気付かれずに隠してきたのか。まあ、他のメンバーは教会になんて興味ないから、信仰している対象について聞いたりしないだろう。わからなくても仕方ないといえば仕方ないか。


 だが、敬われるのは別に構わないが、神様として崇拝されるのはなんとも気持ち悪いな。


「……その信仰を止めることはできないのか?」

「無理だろ。ぶっちゃけると、信仰、ってほどまで言っていいかわからないが、俺たちだって大なり小なり似たような思いがあるんだぞ。俺たちを救ってくれたその時から、俺たちの主はボス一人だ」


 そう言われて軽く他のメンバー達を見回すが、残りの三人も頷いたり笑ったりと、肯定するような雰囲気を出している。

 俺がしたことなど、ただ行き場のない都合の良さそうな人材を拾っただけなのだがな……。


「随分と部下に慕われてるんだね」


 困惑を宿している俺と、そんな俺に対して信頼や、一部信仰を向けている『バイデント』を見て、ルージェが茶化すように声をかけてきた。

 だがその言葉のおかげで、困惑を残しつつも気を取り直して意識を次へと向けることができた。

 話を切って空気を変えることを計算して声をかけてきたのであれば、ありがたいことである。怠惰な面があるがこいつもこいつでまた優秀であることに違いはないのだな。


 しかし、俺にとってはありがたいことであっても、そんなルージェの言動が気になる者もいるようだった。


「……んで、さっきから聞きたかったんだがよぉ。てめえはどこのどなた様だ? ああ?」


 獣人のボーチが馴れ馴れしい態度を取るルージェのことを睨みつけた。


「獣人って、喧嘩っぱやいのしかいないの?」

「いいからさっさと答えろや! おい!」

「どこかの村で育ったただの村娘だよ。あ。一応教えとくと、ボクの名前はルージェだよ。よろしく」

「ただの村娘だあ? ……ちっ。ならしゃーねえな」


 どこかバカにしたようなルージェの態度に、そのままケンカにでもなるのではないかと思ったのだが、意外にもボーチはおとなしく引き下がった。なぜだろうか? あれほどまでに苛立っていたのであれば、大人しくするとは思えなかったのだが……。


「あれ? ……ここってもっと喧嘩腰っていうか、このままバトルになるのも覚悟してたんだけど?」

「村娘だってんなら、ボスの敵になる要素がねえ。ボスがなんの罪もねえむらや村人を傷つけるはずがねえからな。どうせどっかで助けられて同行してるとかそんなんだろ」


 ああ、なるほど。こいつはルージェも自分達と同じように俺に拾われた人材だと思っているのか。

 であれば自分達と同類で、喧嘩するような相手ではないと考えたのかもしれない。

 まあ、その考えは間違っているわけだが。

 ルージェは一応俺の仲間と言えるが、ボーチ達のように俺が拾った存在というわけではない。ただ勝手についてきて、ここに居着いているだけだ。

 とはいえ、それを馬鹿正直にいう必要もないだろう。


「んー、敵になる要素かあ……まあ、今のところはないね」

「だろうな。ボスが平民から恨みを買うはずがねえ」

「いやー、どうだろうねー。ボスってば結構捻くれ者なところがあるし、誤解させることもいうでしょー?」


 失礼なことを言うな、フレネル。誰が捻くれ者だ。俺は貴族として正しい対応をとってきたに過ぎないのだぞ。


 だが、ああ。これだけは言っておく必要があるか。今後もこいつらが俺に関わってくるのであれば、ルージェの正体も知ることになるだろうし、その時に俺がいない場で問題を起こされても困ることになる。

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