第136話かつての配下

 ——◆◇◆◇——


「だーかーらー! 俺たちはボスの仲間だって言ってんだろうが! ああ!?」

「おい、落ち着けよボーチ。多分今頃連絡入ってるだろうから俺たちのこともボスに届いてるはずだ。騒いだって無駄になるどころか、敵として処理されるぞ」


 知り合いが来ているという報せを受けて門の前までやってくると、そこにはなんとも聞き覚えのある声が響いていた。


「ログナー……? それに『バイデント』? ……なぜここに?」


 門の前で騒いでいた人物は五人。人間やエルフなど種族は統一されていない者たちだが、その五人には共通点がある。それこそが、俺が口にした『バイデント』という言葉だ。言葉、というよりも、集団の名前と言った方が正しいか。


 ログナー。フィーア。フレネル。リーラ。ボーチ。

 この五人が所属している『バイデント』とは、領都にいた頃に俺が自由に動かすことができる〝手足〟として行き場のない者達を集めて作った傭兵ギルドだ。設立者にはある程度の信用と金が必要だったので、一時は俺もそこに所属していたし、せっかくだからと傭兵として何度かともに依頼を受けたこともあった。


 いつまでも俺が傭兵として所属しているわけにはいかないので、ある程度基礎を作ったら後は別の者に長を譲ったが、だからと言って不仲になったわけでもない。


 なので顔見知りどころか、それなりに深い関係だといえなくもないのだが、どうしてこいつらがここにいるのだろうか?


「あ? ……ボスッ!」


 俺から団長の座を受け継いだ人間の男——ログナーが、騒いでいた途中で俺のことに気がついたようで、こちらを見て目を見開くと大声で叫んだ。


「久しいな。どうやら誰も欠けることなくやってこれたようで安心したぞ」


 傭兵とは危険な仕事だ。昨日まで笑い合っていた仲間が翌日には死ぬことなど、さほど珍しい光景ではない。事故としてではなく、明確な命の危険が仕事内容に盛り込まれた職業なのだから当然だ。


 だが、この五人は初期メンバーが誰一人欠けることなく再び会うことができた。

 そのことに内心で安堵の息を漏らしていると、ログナーを含め、それ以外の四人も慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。


「止まりなさい!」


 だが、騎士として同行していたマリアがそのいく手を阻んだ。まあ、見知らぬものが何も言わずにこちらに走ってきたのだから、騎士としては当然の行いだな。


 とはいえ、止めたはいいが俺自身が知り合いのような反応を見せていたからか、本当に止めていいのか不安に思っているようでチラチラと脇目でこちらを見てきている。


「良い。こいつらは知り合いだ。警戒する必要はない」

「はっ!」


 俺が軽く手を振ると、マリアは即座に構えを解き、体を避けて道を開けた。

 その様子を眺めていたのだが……なんか楽しそうだな。そんなに騎士として動けてるのが嬉しいのか?


「しかし、なぜここに来た? それに、なぜあそこで騒いでいた」

「なぜって、俺たちはあんたを探してここまできたんだぜ!」


 ログナーの言葉に同意するように他の四人も勢いよく首を縦に振っている。

 だが、そうまでして俺のところに来る理由などなかろうに。


「五人揃ってか? もう俺は公爵家の人間ではないのだからお前たちの後ろ盾にはなれないことも、旅に出るから探す必要がないことも伝えておいたはずだが?」


 今までは俺が公爵家の嫡男ということもあり、他のギルドからの多少のやっかみなんかは防ぐことができていた。

 だが、もうそういったことはできない。そのことは、こいつらにも手紙を出して知らせておいたのだがな。


「そんなんで俺たちが離れてくとでも思ってんのかよ! 俺たちはあんたが次期公爵だからついてきたんじゃねえ。あんたが俺たちのボスだからついてきたんだ」

「それに、旅に出る、なんて手紙を寄越してから行方しれずって……自殺を疑ってもおかしくないと思わない? っていうかそう思っちゃったわよ!」

「まあ、状況的にも人生に絶望してー、ってことが考えられる状況だったからねー」

「もちろん、私は他の皆さんと違ってアルフレッド様のことを信じておりました。あなた様がこのようなことで絶望などするはずがないと」

「ちょっ! なんでそこで一人だけ点数稼ごうとしてるわけ!?」


 人間、獣人、エルフ、魔女、聖職者。種族も育ちも能力も、全てが違う者たちだが、今この場においての意見は同じなようだ。


「む……それはすまなかったな。だが確かに、絶望とまでは行かずとも、消沈していたのは確かだな」


 今まで人生の全てだったものを奪われたといってもいい状況だった。であれば、失意から自殺を選ぶ可能性も考えられたか。確かに、それはそうかもしれないな。あの手紙だけでは不十分だったか。


「まあいい。遠いところよく来たな。だが、なぜ名乗らなかった? お前たちだとわかっていればもう少し早くきたのだが……もしや公爵に追われているのか?」


 単なる知り合いではなく、初めから『バイデント』だと名乗っておけば俺がここまで警戒することもなかったというのに。


 だが、もし俺と繋がりがあったということで公爵に狙われたのであれば、自分たちの名前を出すことを躊躇っても不思議ではない。


「え? ああいや、そんな音は全然ねえよ。まあ多少嫌がらせを受けてはいたけど」

「でもそれって、ぶっちゃけると私たちが先に手を出したからじゃない?」


 僅かに視線を逸らしたログナーと、その後に続いたフィーアの言葉に、思わず顔を顰めてしまった。

 先に手を出したとは、何かやらかしたのだろうか?


「手を出した? 何かしたのか?」

「あー、まあ、なんだ。ボスから手紙をもらった後にな? ちょっとばっかしイラついたもんで、傭兵の繋がりを使って、公爵家の悪評を流した。公爵領で活動する傭兵は減るだろうし、公爵からの依頼を受ける奴はもっと減るだろうな。息子ですら切られたんだから、少しでも気に食わないと傭兵なんて一瞬だぞ、ってな具合だ」


 それは……またなんとも無茶をするものだ。トライデン領の領都で、トライデン家の悪評を流すなど正気の沙汰ではない。

 それも俺のためを思っての行動だったのだろうが、トライデン家も黙ってはいなかっただろうに。


 それに、こいつらは自身の行いの結果だから良いとしても、今まで傭兵に頼っていた者達は、肝心の傭兵がいなくなってしまえば困ることになる。それはいかがなものだろうか。


「……だが、それだと平民たちの生活に害が出てくるのではないか?」

「まあ、全くないとは言い切れないが、減ったのは主に公爵や貴族に関する依頼で、一般のを相手してる奴らはそんなに変わってないって報告を受けてるから、大丈夫……のはずだ。少なくとも俺達がいた頃はなんの問題もなかったぞ!」


 そう言いながらも顔を逸らすということは、ログナー自身確証があるわけではないのだろう。

 だが、こうして緊張感も警戒心もなくここまでこれたということは、公爵家の追手がいないというのは本当なのだろう。


「まあそのことは後で詳しく聞くにしても、ではなぜ名乗らなかったのだ?」

「いや、俺たち名乗ったぞ?」

「俺はただ俺の知り合いが会いに来たとしか聞いていなかったが?」


 俺とログナーが首を傾げていると、ハッと何かに気づいた様子のフィーアが小さく咳払いをしてから話し始めた。


「……名乗りはしたけど、本当に名前しか言ってなかったじゃない。ボスの知り合いのログナーだ、なんて言われても、あんたのことを知らない人からしてみれば、誰だこいつってなるのも当然でしょ」

「あ、やべ。そういや言ったのって名前だけだったか?」


 なるほど。確かに名乗りはしたのかもしれないが、本当に名前だけ口にしたのであれば『バイデント』の者だと伝わるはずがないな。何せ教えられていないのだから。


「ログナーってばアホだよねー。それじゃあ止められるに決まってるじゃん」

「そうね。最初っから『バイデント』の名前を出しておけば、ボスだって疑わずに来てくれたのに」

「ようやくここまでやってくることができて喜ばしいのは理解できますが、もう少し落ち着きを持った方が良いかと思いますよ」

「ったく、ボスの手間かけさせやがってよぉ」

「お前らも誰一人として失敗に気づいてなかっただろうが! フィーアだって名前だけだったって気づいたのも、どうせついさっきだろ。同罪だ、同罪!」


 どうやらログナー以外の四人も、『バイデント』という名前を出していなかったことに今気づいたようだ。

 こいつら全員がこんなミスを犯すだなんて珍しいことではあるが、それだけ冷静ではいられなかったということなのだろう。


「まあいい。ここで立ち話することもあるまい。中に入れ」


 なんにしても、俺の知り合いであることは間違い無いのだ。ここで立ち話をすることもないのだし、拠点の中へと招くとしよう。

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