第88話本物の『騎士』
「あ、あの……」
鎧以外全てが灰となったロドリゴだったものを見ていると、背後からおずおずと声がかけられた。
振り返ると、そこには物陰に隠れているように指示を出したままだったマリアがこちらにやってきていた。
そういえば、いたんだったな。というよりも、この騒ぎはマリアが発端となったものだったのだが、彼女の存在を忘れていた。
「ん? ああ、怪我はないか?」
「え、あ、はい。それは大丈夫です」
どうにもこの戦いが始まる前とは些か話し方が違うし、雰囲気も違うように感じられるのだが、どうしたことだろうか?
「先ほどまでとだいぶ話し方が違うようだが、それは?」
「それは、その……エルライト様と互角に戦われた方に粗雑な扱いをするわけにはいかないので……」
思い切って理由を聞いてみたのだが、どうやらそういうことらしい。当時は守護騎士という立場の人間と手合わせをすることができるなんて幸運だ、とくらいにしか思っていなかったが、エルライト殿はアルラゴン騎士王国ではそれなりに……いや、かなり尊敬されているようだ。
国を抜けることになったマリアも、その感情は消え失せたというわけではないのだろう。
とはいえ、だ。
「所詮今は、単なる旅人だ。気にすることではない」
「でも、えっと、あの……それじゃあ、ありがとう?」
「うむ」
雰囲気はまだぎこちないが、これまで通りの話し方に戻ったマリアの言葉にひとつ頷き、良しとする。
さて。その話はこれで終わりだが、では今度は本題へと移るとしようか。
「して、なぜ其方は彼らに追われていたのだ? あまり個人的な事情に踏み込みたくはないのだが、状況が状況だ。聞かせてもらえるとありがたいのだが」
おおよその事情はなんとなく察することはできているが、それが正しいとも限らない。正確なところを知らなければ、今後何かが起こったとしても対応することが難しくなるので、できることなら聞かせてもらいたいところだ。
もっとも、無理して話せというつもりもないので、その場合は仕方ないと諦めるが。
「騎士王国は、知っての通り騎士の国なの。でも、ここ数年はおかしくなって、騎士を敬わない人が出始めたの。もちろん国民全員に騎士を敬えって言ってるわけじゃないし、実際にそういう人もいる。でも、騎士をまるで道具や商品のように扱うのは違うわ。誰かを助けるために派遣するのは構わない。でも、困ってる民を助けるために立場や状況を利用してお金を取るのは間違ってる。……そう言ったら、追い出されちゃった」
騎士としての誇りを捨て、金に走ったということか。まあ、騎士の国といえども所属しているものたちは人間なのだ。であれば、そういうこともあるだろう。
おそらく、今までも似たようなことは何度もあったはずだ。それでもいまだに騎士の国として存在することができている以上、今回の問題もまた、しばらくすれば落ち着くだろう。
しかし、気になることもある。
「言っただけで追い出されたと? 流石にそこまでの異常はこの国にも伝わると思うが?」
聞いている感じだとこの話——マリアが追い出されたのは数年前の話だ。
であれば、だ。守護騎士を追い出すような異常な状態になっているという話が俺の耳に届いてもおかしくないと思うのだがな。これでも、リゲーリアと周辺で起こった事件や異変については情報を集めていたのだから。
「あ、うん。もちろん追い出されたって言っても、すぐにじゃないけどね。こう、意見を言ってから徐々に私への対応が悪くなって、ついには国を他国に売った裏切り者として追われちゃった」
なるほど。その程度の話であれば、あり得ることであり、マリアには悪いがよくある事だ。ならばその話が俺の耳に届かなかったことも理解できる。
「だが、そうであるのなら自身の状況など初めから理解していたであろう? 追っ手がかかることも、目立つのはまずいことも。なぜ人助けなど目立つことをしていたのだ?」
追い出されたとは言ったが、その実態は追ってをかけられたのだ。であれば、他国に逃げた程度で追っ手がいなくなるはずがないのだと理解しているだろうに、なぜ人助けなどという目立つ行いをしたのだろうか。それも、アルラゴン騎士王国からさして離れていないこの場所で。人助けをするにしても、リゲーリアではなくもっと遠くに逃げればよかった。二、三国を挟んで逃げれば、それだけでだいぶ安全になる。そうなれば人助けだろうと好きにできるようになったはずだ。
そこまで考えていなかったのか、それとも何か他に考えがあったのか……。
「たとえあの国を追い出されたとしても、私が『騎士』であることに変わりはないから。所属が違うだけで、最初に目指した想いまで変わったわけじゃない。どんな場所でも、どんな状況でも、誰かに寄り添って、誰かを助けるための盾でありたい。それが、私の目指した『騎士』だから。だから、たとえ苦しい状況でも、困ってる誰かを助けないなんて選択肢はないわ」
そう口にしたマリアの瞳に宿る輝きは決して嘘偽りではなく、本当にそう思っているのだと理解できた。
「……なるほど。本物の騎士か」
先ほどのロドリゴに続き、今日はよく『騎士』に会うものだ。このようなこと、普通に生きているだけではそうそうないと思うのだがな。
あまり考えたくはないが、騒動に巻き込まれる星のもとにでも生まれたのだろうか?
だが……悪くない。このような人物に出会えたというのは、とても貴重で得難いものだ。
特に、前回の街で貴族というものの愚かさを見せつけられた俺としては、このような信念を抱き、突き進む人物がいるのだと知ることができ、心が晴れる思いだ。
人とは、そう捨てたものではないのだと、そう思うことができる。
人のために生きようとした考えは間違いではなかったのだと、そう思うことができる。
「ええ? 本物の騎士だなんて、そんな大層なものじゃないって。私なんてまだまだだよ」
しかし、『騎士』との出会いに感謝をしている俺とは裏腹に、『本物の騎士』などと呼ばれたことが恥ずかしいようで、マリアは顔を赤らめつつ顔の前で手を振って否定をしている。
まあ、これ以上この話を続けるのはやめておくとしよう。マリアも照れを感じているようだし、俺としても少し気恥ずかしさのようなものがあるのでな。
「それで、お前はこのあとどうするのだ? これらはここに放置しておけば衛兵が回収するだろうが……こんな者どもに狙われているとなれば、速やかにこの街から離れたほうが良いと思うが?」
襲ってきた騎士や暗殺者達を殺しても構わないのだが、衛兵が回収すれば背後関係を調べることになるだろうし、その後はアルラゴン騎士王国にも知らせがいくだろう。リゲーリアからなのか、それとも他に潜伏しているアルラゴンの間者なのかはわからないがな。
どちらにせよ、そうなればアルラゴンの者達も動きづらくなるはずだ。何せ、他国の者が自国で好き勝手動いていたのだから、抗議文の一つでもいくだろう。流石に他国から文句を言われてまで追っ手を放つというのは考えづらい。いたとしても、今までよりはその数は減るだろう。
そう考えると、ここでこの者らを殺すよりは衛兵に捕まえさせた方がいいだろうと思う。殺せばまた追加が送られてきておしまいだからな。捕まえさせることでその存在を表に出させた方がマリアのためになるだろう。
だが、逆になる場合も考えられる。
逆——すなわち、マリアへの追っ手や危険が増えるということだ。
普通なら他国の者が自国内で捕り物をするのはあまり認めたくはない類のことだろう。
だがリゲーリアとアルラゴンは敵対関係ではない。むしろ同盟関係と言ってもいい。自国の犯罪者が逃げたから捕まえさせろといわれれば、むしろリゲーリアが協力する事態になるかもしれない。
もちろん完全に自由に動かさせるわけではないだろうが、マリアを捕らえて引き渡すことで貸しを作る、といったことを考える可能性は十分にあり得るのだ。
なので、どうなるかわからない現状では、マリアはこの街から離れた方がいい。
「それはそうなんだけどね……でも、私は騎士だから。だから離れられないの」
だが、俺が考えたことはマリアも考えたのだろう。俺の考えに同意しつつも、ゆるく首を横に振って拒絶した。
「騎士だから離れられない? それは、制約的な意味ではないのだろう?」
「あははは。違う違う。騎士って、弱いものの味方でしょ? 困ってる人を助けて、常に弱い人のそばに寄り添う者。それが騎士なの。だから、私はやらないといけないことがあるの」
「……この街に、権力を使って民を虐げる輩がいると言うことか。そして、それを処理するまで動くつもりはないと?」
マリアは俺の言葉に何も答えずに黙っているが、その反応そのものが答えのようなものだ。
であるならば、確かに『騎士』でいることにこだわっているマリアは逃げないだろう。
しかし、民を虐げる輩か……。果たしてそれはどのような者なのだろうか。
もし本当にそのようなものがいるのであれば、俺もそれを見逃すことなどできない。
「それじゃあ、私はこの辺で失礼するわ」
「宿はどうする? 他に襲撃者が待機している可能性はあると思うが?」
「うーん。そうかもしれないけど、でも大丈夫よ。何も策がないってわけでもないから。今日は助けられちゃったけど、本当は私も強いのよ」
マリアはそういうなりすぐさま走り出し、自身の宿がある方向へと消えていった。
「さて、捕らえたこれらはどうしたものか……」
後に残ったのは俺と、熱風に焼かれて弾かれ、動けなくなった暗殺者。それから、魔法によって眠らせたロドリゴ以外の騎士二人。
「とりあえず、知っていることを吐かせるか」
マリアがいるのであまり手荒なことはできなかったが、いなくなったので問題はない。
洗脳まではできずとも、思考誘導の魔法程度であれば効果はあろう。
「数分で衛兵が来るだろうから、素直に吐いてくれると楽なのだがな」
そう一人呟きながら、ひとまず一番近くで倒れていた暗殺者から話を聞き出すことにした。
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