第79話だって弱いもん

「あんまし高く売れないっぽいわねー……」


 孤児達が多く所属している、もはやほとんど慈善事業といってもいいような傭兵ギルドで獲物の売却を頼んだわけだが、最後に概算の値段を聞いた結果、こうしてスティアが落ち込むこととなった。

 いや、落ち込むというよりも拍子抜けの方が近いだろうか。思っていた以上に安い値段での買取になりそうだったからなのだが、こればかりは仕方ないだろう。


「初めに言っただろうに。大きく下がることになると。特に手間も時間もかからずに買い取ってもらえたのだから、上出来だろう」


 他に色々と手続きをしたり、他の者達のようにギルドに仮加入する必要があったりという手間や縛りがあるよりは、多少安くなったところでこちらの方がマシだと思っている。


 そもそも、安くなる理由はそれだけではなく、こいつの倒し方にある。首を一撃で切り落とすとか、心臓を一突という倒し方であればもう少し高値で売れただろう。

 だが、スティアの戦い方は巨大な槌での打撃だ。殴られた方は内臓がぐちゃぐちゃになっていて当然で、そんなものが高く売れるわけがないというのも当然の話だ。


「まあいいじゃん。宿代も食事代も稼げて、多少は蓄えを作る事もできたんだから。こうして持ち込みで調理してくれる店も教えてくれたしね」


 さて、そうして値段を聞いた俺たちだが、そのついでとばかりに教えてもらった肉の持ち込みが可能な店を教えてもらい、現在は少し早いが夕食とすべく、その教えてもらった店にやってきていた。


「でもさー、せっかくなんだからもっとどばんと稼ぎたいじゃない」

「そう簡単にできるのであれば、ここにいるものは全員金持ちになっているな」


 狩りをしただけで金持ちになれるのであれば、この街の住民はもっと裕福なものが多くてもおかしくないはずだ。何せこの街は獲物には困らないのだからな。


 だが周囲を見回してみるが、実際にはさほど裕福な者というのは多くない。

 もし本当に魔物を狩って売るだけで金を稼ぐことができるのなら、この店にいる者達に限らず、この街で傭兵をやっている者達は皆金持ちになっていることだろう。

 だがそうなっていないということは、魔物を狩っているだけでは大して稼げないということの証左である。


「え、それは無理でしょ。だって弱いもん」


 だが、そんな俺の考えをスティアは首を傾げながら否定した。それも、周りにいる者達に配慮することのない声で。


 周りにいる他の傭兵達が弱い。それは事実だろう。魔創具もなく、大した脅威も感じられない彼らでは、俺たちよりもはるかに劣る程度の力しかないのだと予想できる。


 しかしだからと言って、そんなことを堂々と口にすれば……


「おい……」


 ……まあ、そうなるだろうな。


 俺はため息をつきながら、苛立ち混じりに話しかけてきた男のことを見て、それからこの状況の原因であるスティアのことを見た。


「え、なに? なんか悪いこと言った?」


 だが、とうのスティア本人は何が悪いのかを全く理解できていないようで、首を傾げた。

 そんなスティアの様子を見て、声をかけてきた男は余計に苛立ったようにこめかみをひくひくと動かしている。

 だが、スティアの言動が子供のような幼さがあるからか、まだ手は出していない。

 もっとも、それも時間の問題だとは思うがな。このまま謝罪をしなければ、その時こそ怒りをぶつけてくることになるだろう。


「はあ……よく知りもしない他者を弱いと断じるのは失礼が過ぎるのではないか? もしかしたら、お前の言ったような『弱い』存在ではないかもしれないではないか」

「え? いやいや、そんなの見ればわかるでしょ? それに、強い弱いははっきりさせるのがネメアラ式よ。変に慮って誤魔化したり濁したりしても意味ないし、それどころか死なせちゃうから」

「どういうことだ?」


 相手が弱いかどうかは見ればわかると言うのは、まあ理解できなくもない。だが、相手を慮るのが意味のない行為というのはどういうことだろうか?


「弱い人に『将来性があるね』とか『頑張ればなんとかなるよ』なーんて言ってると、『自分には才能があるからやればできるんだ』なんて勘違いする人がいるのよ。それでその勘違いのまま成長すると、自身の力がわかんなくって危険に突っ込んで死んでいくの。周りで聞いてる人たちもそんな感じの理由ね。柔らかく濁して言った評価を勘違いして受け取って、弱い人のことを過剰に評価した状態で運用すると、弱い人が危険な場所に送られて死んでくの。だから、私達は強い弱いははっきりと口にするのよ」


 ……なるほど。確かに、その言葉は一定の理解を示すだけの価値があるな。自身の能力を勘違いしたまま命をかけることほど愚かしいことはないのだから。それを自覚させるというのは、たとえ相手を傷つける行為だったとしても正しいと言えなくもない。


「しかし、弱いと言われて納得できるものばかりでもないだろう」


 だが、理屈としては正しいとしても、心は別だ。人は感情で動く生き物なのだから。


「そりゃあね。弱い弱いって言われて気に入らないんだったら、言った人と喧嘩すればいいのよ。前に言ったでしょ? 気に入らないことがあるんだったら力でぶつかるんだ、って」


 そういえば、前に港の街でそんなことを聞いたような気がするな。意見が割れたら戦って決めるのだ、と。


「なるほどね。それで、じゃあもしこの場に『弱い』って言われて気に入らない人がいたら、どうする?」

「え? そんなの、決まってるじゃない。全員ぶっ飛ばして終わりでしょ?」


 なんてことないように言ってのけたスティアだが、その言葉を待っていたかのように先ほど声をかけてきた男が拳と手のひらを合わせ、ポキポキと関節を鳴らした。


 加えて、この男だけではなく他の客達もこの騒ぎに混ざろうとしているのか、立ち上がったり、睨みつけてきたりしている者がいる。


 ……やはり、こうなるか。今から止めようとしたところで……まあ、無駄だろうな。


「それじゃあ、俺がてめえらをぶっ飛ばしても構わねえっつーことだよな? ああ?」

「んへ? なにあんた。ナンパ?」

「ちげえよ! てめえが言ったんだろうが! 弱いって言われて気に食わねえんだったら、自分を倒せってよお!」


 男はそう言いながら俺たちの座っている席のテーブルをバンッと思い切り叩いた。

 だが、その衝撃でテーブルの上に乗っていた皿が動いてしまい、料理を乗せたまま床へと落ちてしまった。


「あーーーー!? 私のごはんがああああ!」


 その上、その落ちた料理というのはスティアのものだったため、スティアは悲しみの叫びを上げることとなった。


 叫び声を上げたスティアは、地面に落ちた料理をまだ食べるつもりなのか、空いていた別の皿に乗せて再びテーブルの上に乗せた。

 そして、料理が落ちる原因となった男をキッと睨みつけると、次の瞬間——


「弱いくせに喧嘩を売るんじゃ、なーーーーい!」


 一瞬で男の懐に潜り込んだスティアは、握りしめた拳を下から抉りこむように突き上げ、男の腹へと吸い込まれていった。


 ろくに防御をすることもできなかった男は、悲鳴すら上げることができずに悶絶し、白目を剥いて宙を舞うこととなった。


「ふん。私のごはんはあなたに払ってもらうんだから。……あ、ごはん追加で! この人が払うから一番高いやつお願い!」


 殴られたことで宙を舞い、ドシンと音を立てて床に落ちた男を無視しながら、スティアは従業員へと追加の注文をし始めた。

 お前はよくこの状況でそんなことを言っていられるな。呆れるべきか感心するべきか悩むところだ。


 だが、事はそれだけでは終わらなかった。

 スティアはまだ大人しくするつもりはないのか、男が拳を鳴らしたと同時に立ち上がったり、こちらに敵意を持った視線を向けてきたりした他の客達に向かって指を差し、宣言した。


「さあ、他に私にご飯を奢ってくれる人はいないの? 弱いって言われて馬鹿にされたまま引き下がる意気地なしばっかりなの? かかってきなさい!」


 流石にスティアのような子供にそのようなことを言われていては我慢しきれなかったようで、こちらに敵意を向けていたうちの何人かが立ち上がって近づいてきた。


「言うじゃねえか、嬢ちゃんよお」

「あんまし調子に乗ってっと、痛い目見るぜ」

「調子乗って喧嘩売ってきたのはそっちなんだ。負けたらどうなるかなんてわかってんよなあ」

「ぐへへへへ」


 このまま放っておけば、あの傭兵達とスティアとの勝負になるだろう。

 だが、それを理解しながらも、俺は一つため息を吐いてから再び食事に戻ることにした。

 ……なんだか、こういう非常識な状況にも慣れた自分がいるな。でなければ、守るべき対象である『姫』が喧嘩に巻き込まれたというのに助けない、などということはあり得ないだろう。

 もっとも、今回の場合は喧嘩に巻き込まれた、というよりも、姫自身から喧嘩を売りにいったわけだが。


「いいの、手を出さなくて」


 そう問いかけてきたルージェは万が一を警戒しているのだろう。右手にナイフとフォークを持ち、左手にはテーブルに置かれたままの皿に添えられている。

 おそらく、何かあったらすぐに介入するつもりのようだ。こいつは、やはり意外と面倒見がいい女だな。


 だが、この程度であれば問題ない。


「構わんだろう。あの程度で負けるやつではないことはお前も知っているのではないか?」


 強化した俺の拳を受けてもまともに怪我を負わせることもできないほど頑丈な奴が、この程度の者達を相手にやられるわけがない。

 もしかしたら技術をもってしてやられるかもしれないが、それはそれでいい経験だろう。死にはしないのだから、存分にやられるといい。……まあ、そんなことはないだろうと思っているが。俺から見ても、今スティアと戦おうとしている者達は落第点なのでな。


「まあ、負けないだろうけど、それでも問題を起こしたらだめなんじゃない?」

「この程度の騒ぎであれば、問題でもなんでもない。それに、この騒ぎであってもアレの護衛の耳に届く可能性はあるのだ。むしろ、望むところだろう」


 もうリゲーリアの首都に送った手紙が届き、手を打っていることだろう。そうなると、時間的にそろそろスティアを回収するための人員が派遣されてもおかしくない。

 俺としてはスティアを回収してくれるのであればそれに越したことはないので、その者達が見つけてくれるのならばそれはそれで構わない。


 もっとも、今すぐに帰還するとなると、この首輪を外す手段が見つかっていないのでまた無茶な命令をされるかもしれないが、なんとかなるだろう。流石に回収部隊がやってきてまで暴れて逃げるような奴でもないだろうからな。


 そんなことを考えながら状況を見守っていたのだが……


「そこまでよ!」


 これから喧嘩が始まると知ってざわめいていた店内に、突如それまではなかった女性の声が響き渡った。

 この声は……

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