第78話アルフの槍?
「魔創具か……そんなもんが使えりゃあ、俺ももっと上に行けたんだろうな」
そんな俺たちの掛け合いを聞いていたゴルドが、つぶやくようにそう口にした。
スティア達獣人のように腹部に書き込むというのであればわからないでもないが、ゴルドはリゲーリアの人間のはずなので、魔創具を刻むのであれば両腕になるはずだ。
だが、ゴルドの両腕には紋様が見えない。ということは、魔創具を刻んだわけではないということだ。
「使えないの?」
魔創具を刻んでいないことを不思議に思ったのか、スティアが首を傾げたが、ゴルドは当たり前だというように答えた。
「あ? そりゃあそうだろ。俺たちみてえな一般人は、そうそう魔創具なんて使えねえよ。使えたとしても、そこらの数打ちと同じ程度のもんしか作れねえ。だったらまともな名品を買ってる方が使いもんになるってもんだ」
それは前に傭兵をやっている知人から聞いたことがあるな。
俺の周りには魔創具が使えて当たり前の貴族達しかいなかったから市井の者達のことはわからなかったが、知り合いの傭兵が言うにはその方が異常なのだとか。
一応その知り合い達には魔創具を作れる資金ができるまで協力はしたから、現在は所有している。だが、ないのが普通なのだと思えと言われたことがある。
「まあ、紋血を作るだけでもそれなりにお金がかかるし、刻印堂の使用許可もお金がかかる。実際に刻むとなったら魔法に関する知識がないとできないし、ついでに予約は長ければ年単位での待ちってなれば、そりゃあやる人はいないよね」
「へー。そんなもんなのねー」
「俺やお前は素材が簡単に手に入る立場だったからそれほど苦労はしなかったが、平民だとそうなるようだ」
俺もそうではあるが、スティアもいいところの出身……というかいい所どころではなく王族の出身なのだから欲しい素材なんていくらでも手に入っただろうし、魔法の知識もわからなければ聞く相手がいる。
刻印堂だって、一般開放されている場所ではなく自前のものがいつでも使える。そもそも一般市民達とは条件が違うのだ。
「あんたはまあ、わかるとしても、そっちの嬢ちゃんも同類なのか?」
だが、スティアの正体を知らないゴルドは、スティアも貴族に類する者なのかと首を傾げている。
「ん? ああ、まあ似たようなものだ。それこそ、あまり関わらない方が身のためだぞ。なにも知らなければ無関係でいられるが、知ってしまえば巻き込む可能性があるのでな」
「……本当に厄介ごとじゃねえんだよな?」
「厄介ではあっても危害は加わらないだろうから、その点は安心しても良い」
万が一スティアが連れ戻されるようなことがあったとしても、その責を問われるのは俺だけであり、この傭兵ギルドや、孤児達にはなんの問題もない。
「そうかよ。だがまあ、魔創具があるにしても、おめえはなんかしら武器を持っといた方がいいんじゃねえのか?」
「武器を?」
「ああ。ロープなんて普段使いするにゃあ適さねえだろ。剣でも持ってりゃ戦士として格好がつくし、魔創具を見せなくて済むかもしれねえ」
……確かにな。今まであまり人と関わらなかったので気にしてこなかったが、人前でフォークを使って戦うのかと言われると、それは避けた方がいいかもしれないとは思う。
今までとてフォークで戦ったことはあったが、その度に敵に馬鹿にされてきた。
馬鹿にされ、見下されることは油断を誘えるので構わないのだが、味方、あるいは手を貸してもらえる可能性のある相手に失望されるのは避けた方がいい。
それに、無駄に騒がれる原因となりかねないのだから、そういった要因は消しておくべきだろう。
「そうだな。忠告感謝する。後で剣でも買いに行くとしよう」
「そうしとけ」
俺が頷いたことで話は纏まり、その話は終わったかに思えたが、ルージェが首を傾げて問いかけてきた。
「剣でいいの? アルフのメインって槍なんだよね?」
確かに俺のメインとして鍛えてきた武器は槍だ。だが、『槍として作った』魔創具がすでに存在している。
それを実際に槍として使うことはできないが、もうそのことについては割り切ったのだ。
であれば、今の俺にとっての『槍』とは魔創具として体に刻まれたフォークのことであり、それ以外の槍など必要ない。
「かまわん。俺にとって槍は、すでに存在している」
「それって……まあ、いいけど。他人の想いに踏み込むつもりはないしね」
ルージェはそう言うと肩をすくめて視線を俺から外した。
こうして必要以上に踏み込んでこないからこいつは話やすいのだ。共に行動していても、どこまで行っても結局俺達は他人でしかない。だからこそ、少しならば心の内を晒してもいいと思える。
補足として、なぜ剣なのかと言ったら、それがもっとも無難であるからだ。
使うのであれば槍以外の武器となるが、短剣もフォークがあるので不要であり、杖や棍は槍と同類なので否だ。鞭もマントが代わりになれ、弓は魔法がある。
そうなると、剣や斧といったものになるが、まあ剣だろうな。それならば一般的なものなので持っていてもおかしく思われないですむ。
そう言ったわけで剣をどこで調達するかと考えていると、今度はスティアが声を挟んできた。
「槍? あんたの槍ってどこ——ああ! ちょっとやめてよね、そういう下品なこと言うの」
「……何が下品だというのだ」
この阿呆は何かに気づいたように叫んだが、おそらく……いや、まず間違いなくこの阿呆の勘違いだろう。何を勘違いすれば先ほどの言葉が下品だと勘違いするのか理解できないが。
「だって、あんたの槍って、あれでしょ? 『俺の股間の槍が〜』とかいう、飲んだくれのおっさん達がいうような下ネタ」
「ブフッ!」
スティアの言葉を聞いてルージェが吹き出したが、そちらはどうでもいい。問題なのはこの阿呆……この馬鹿だ。
「……お前はそんなに刺されたいか?」
武威と共に睨みつけて黙らせようとしたのだが……
「あんたの槍で?」
「ウブッ……く、ふふふっ……あっははははは! あ〜、おかし〜……ふふふ……」
首を傾げながらのスティアの言葉に、ルージェは今度は吹き出すだけでは足らず、憚ることなく笑い出した。
「お前も刺されたいか?」
「ア、アルフの、槍で……? ……ブフッ!」
……なるほど。……ああ、なるほどな。そうか。それがお前の答えか。
「……そうか。そんなに死にたいか」
であれば、その望みの通りにしてやろうではないか。
「すまないが、これを買い取ることはできるか?」
壁際に立てかけてあった剣……おそらくは廃棄品やそれに近しいものだろうが、その束から一振り掴んでゴルドに問いかける。
「あ? ああ、いや、それはかなり質が悪いもんだぞ?」
「構わん。今この場で二人切る事ができれば問題ない」
そう告げてから剣を抜き、逃げ出してもすぐに対応できるように一歩一歩確実に穂を進めていく。
流石にこの程度のことで殺しはしない。だが、一度痛い目を見るのは問題ないだろう。
なに、どうせ治せるのだ。その気になれば首が切断されたところで、数秒以内ならば付け直すこともできる。腹に穴が空いても治す事ができるのだから、治す規模としては、むしろ首の切断の方が楽な部類だ。問題なのは死ぬまでに治せるかどうかだが、目の前で斬られたのであれば問題なく治せるし、それが俺自身がやった事であるのなら尚のこと問題なく治せる。
だから、おとなしく切られておけ。
「喧嘩を売った以上は逃げるなどということはしないだろうな?」
「い、いやー、ほんの冗談だって。それくらい広い心で許してよ。ね?」
今更になって自身の言動がまずかったことに気づいたようで、ルージェは冷や汗を流しながら頬を引き攣らせて謝罪を口にした。
「俺とお前はそのような間柄ではなかったと思ったがな。あくまでも同行者であって、友人ではないのだ。度が過ぎた言動には、それに相応しい対応というものが必要だとは思わないか?」
「えーっと、それは、ほら……ごめん。ちょっと悪ふざけが過ぎたのは自覚してるよ。いや、自覚したよ」
一瞬迷った様子を見せたルージェだが、言葉の通り自身が悪いことは認識したようで、眦を下げた。
「……次はない」
これは脅しの意味であったが、反省を促すための脅しだ。反省しているのであれば、実際に剣を振るう必要もないだろう。
そう考え、俺は一度だけ深呼吸をすると剣を鞘へと納めた。
深呼吸をした際にルージェが驚きからか小さく体を揺らしたが、その程度は先ほどの言葉の罰としては軽いものだ。
「それから、お前の沙汰はまた後で決める。覚悟しておけ」
「えっ!? なんで私!?」
なんでもなにも、貴様は謝罪を口にしていないだろうが、阿呆め。
こいつの場合はなにが悪いのかもわかっていないのだろうが、であるならばここで教え込んでおいた方が今後のためになるものだろう。
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