第25話賊のアジト
「この辺りで賊が住み着きそうな場所はどこだ」
「退治してくれるのですか?」
「ああ。もっとも、見つけられればの話ではあるが、探すだけ探してみよう」
「ありがとうございます!」
「それで、場所の候補は?」
「あ、はい! えっと、多分ですけど、あちらの方向じゃないかと思います。最初に離れて行った賊達があっちに向かったので。あっ、小さいですけど川もあります。そっちにいなかったら……すみません」
先ほど逃げ出そうとした賊もそちらに向かっていたことを考えると、おそらくは当たりだろう。
そして、今の発言から考えればこの女性は本当に賊の仲間ではないのだろうと思う。もし賊の仲間であるのなら、賊の行き先の候補など言おうとする必要はないのだから。
「では、そちらに向かってみよう」
「あの、よろしくお願いします」
「ああ」
「それで……その、報酬に関してですが……」
報酬、と言われ、これが傭兵に頼む類いの事態であることに気がついた。
私自身は依頼を受けたわけではなく、ただ少し関わったから後始末まで付き合うつもりだっただけである。だが、実際に誰かにこのことを頼もうとすれば、それは傭兵の領分であり、依頼を出すことになるのだから当然ながら金がかかる。
そんなふうに、金がかかることは理解しているが具体的のどの程度の額がかかるのかはわかっていないのだろう。不安そうに問いかけてきた。
まあ仕方ないことだ。街ではなく村に暮らすものは、普通傭兵に頼み事などしないし、するにしても村長などの責任者が出張るものだ。傭兵に頼む金額など知るはずもないだろう。
「報酬か……小銀五枚といったところが妥当か」
「小銀貨五枚ですか……」
「人数がわからず、最低でも十人入ると思われる賊の退治だ。傭兵に頼むとしても、最低でもそれくらいはかかると思うが?」
俺が貴族として暮らしていた頃、時折馴染みの傭兵ギルドへと顔を出していた。そこでは魔物退治やゴミ拾いなど、本当に雑多なことをやっていたが、その時の知識からすると賊の退治としてはむしろ安い方だろう。本来ならこの三倍はかかってもおかしくない。
だが、村で暮らすだけの者には高く感じるのも理解できる。村では金など使わずに物々交換というところは珍しくはないから、金そのものを持っていないのだ。持っていたとしても、こんな予定外のことで消費するには迷う額だろう。
正直なところ、依頼として正式に受けたわけではないのだから金を受け取らずとも良いのだ。今のところ困っているわけでもないのだしな。
だが、それでは傭兵達への不利益となる。
ここで無償で助けたという前例を作ってしまえば、必死になって傭兵に頼めば無償で助けてくれるんだと思われてしまう。
私自身は傭兵ではないのだから、正確には『傭兵が無償で助けた』という前例にはならない。だが、そうであったとしても問題が起こりうる可能性はあるのだ。「前の人は助けてくれたのにどうしてお前達は」とな。
下手に安くしても同じこと。むしろ、その方が余計に問題だろう。この程度の額を出せば傭兵に頼めると思っていたのに全然違うじゃないか、お前達は高すぎる、と。
それを避けるためにも、適正価格内で金を取るべきなのだ。……もっとも、適正価格の範囲内であっても、できる限り低く設定はしたがな。
「まあ、すぐに求めているわけではない。それは賊を片付けてから寄るとしよう。村は近くにあるのだろう?」
「あ、はい。あっちに歩いたところの森の外に」
「魔物が出る可能性があるが、一人で帰れるか?」
「はい。多分大丈夫だと思います。ここじゃないですけど、この森自体は何度も入ったことがありますから」
「では済まないが、一人で帰れ。俺は、賊のところへと向かうとしよう」
そう告げて、俺は女性に背を向けて賊がいるであろう場所へと歩き出した。
あの女性が金を払うか払わないかはわからない。だが、それならそれで別に構わない。貰えなくとも困らないし、貰おうとしなかったわけではないのだから次に何かあっても容易に頼めるとは思わないだろう。
……まあ、騙せば無償で願いを聞いてもらえると思う可能性はあるが、それは仕方ない。騙したのならそれがあの者の性質であるのだろうし、その結果何が起ころうと自己責任だ。
何にしても、実際に受け取りに行くまで答えは出ない。今は捉えられているという人物を助けることに集中しよう。
——◆◇◆◇——
「やはり、ただの賊ではないな。賊にしては警備が整いすぎている」
しばらく進んでいると、森の中には似つかわしくない人工物が見えてきた。どうやら場所は間違いではなかったようだ。
だが、そうして見つけた拠点は賊が作ったにしてはやけに整っていた。
身の丈ほどの柵がつき、周りの木を切り倒されて視界が確保されており、櫓のようなものまである。
奥には小屋が一つ見えるが、そのさらに奥には洞窟の入り口が見える。おそらくはあちらが本命だろう。小屋は馬小屋ではないだろうか。
問題なのは、櫓の上と下に一人ずつ配置されていることだ。その感じからしてあまり真面目に見張っている様子でもないが、流石に見つかれば行動を起こすだろう。
であるならば、倒すしかない。
……しかし、賊がこれだけの設備を作り、見張りまで用意するか。
「指揮官が軍属だったか? であれば、この状況も理解できるが」
元軍属であれば、拠点の作成に力を入れることも理解できる。
馬を持っていることも、その重要性を理解しているかと考えられる。
だが、その考えは今では少し変わっている。
軍に関係しているという考え自体は変わっていないが、『元軍属』であるという考えは少し違うのではないかと思い始めているのだ。
端的に言えば、ここの賊達、あるいは賊のボスは、元軍属というよりも現役の軍人なのかもしれないということだ。
どこかの国、あるいは領地が何らかの目的があって軍人をこの地に派遣し、賊としてここで生活させている。
もしそうであるのなら、どこかの誰かから支援を受けられることにも説明がつく。というよりも、支援を受けていて当然だ。何せ作戦の最中なのだから。全くの支援を無しに作戦を成功させろなどと無茶は言わんだろう。
だが、見たところ、施設は立派ではあるが、先ほどの賊も今見張りをしている賊も、装備こそ身につけているものの、そこに統一性はない。加えて言えば、魔法具の類を持っている様子はない。
であれば、賊の全員が、ではなくボスだけ、もしくはその周囲の者だけが軍人なのだろうと考えられる。
ともかく、全員処理することに変わりはないのだ。考えるのは、敵を倒してからで構わない。できることなら数名生け取りにして尋問をしたいが、最悪全てを殺してしまっても構わない。どうせ証拠の一つ二つは残っているだろうからな。
だが確認をするにしても、まずは見張りから処理していこう。
「ぐえ——」
投げナイフ——ではなく、投げフォークといったところか。先ほど逃げ出した賊を仕留める時にもやったことを再び実行した。
背後からか正面からかという違いはあるものの、その後に生まれた結果は同じものだ。
飛んでいったフォークが首を貫き、骨を折る。
「……まさか、フォークであることを喜ぶ日が来ようとはな。槍であれば、こうはいかなかっただろう」
槍であれば、森の中に隠れながら放つということはできなかったし、連続して二投を行うことはできなかった。
今見張の二人をほぼ同時に処理することができたのは、フォークという軽い動作で投げることができるものだったからに他ならない。
だが、確かに役には立ったのだが、やはりどうにも素直には喜べない。
……まあいい。これで入り口はどうにかなった。あとは制圧するだけだが他に出入り口がある可能性もあるから、一気に終わらせたいところだな。
見張りを倒したことで拠点の内部に入ることができるようになったわけだが、柵の内側にあった唯一の小屋はやはり厩舎だった。小屋といっても、馬の数がかなりいるのでそれなりに大きなものではあったが。
小屋を確認した際に馬の世話をしていた者が二人いたので、その二人もひっそりと処理をしてから先に進んでいく。
「……結構な規模だな」
本命である洞窟の前に到着したのだが、こっそりと身を隠して覗き込んでみても奥を見通すことはできなかった。
一応通路の奥から灯りが溢れているが、人の声は聞こえてこない。
普通は洞窟といっても、少し広め名空間があるだけなものだ。あるいは、大地の裂け目とでも呼ぶような歪な形のもの。
だが、この洞窟はそうではない。まるで人が掘り進んだかのような綺麗な形に、整った地面をしている。こんな者を賊が作ったとは思えず、そういった点でもやはりどこぞの組織が手を貸しているのだろうと判断できる。
中がどうなっているのか、どんな者がいるのか分からない状況は少しばかり緊張する。ただの賊であれば問題なかったが、そうではないと判ったのだから当然だろう。
それでもここで逃げるわけにはいかず、洞窟の入り口を前に一旦立ち止まって行動方針を固め、一度だけ深呼吸をする。
「隠れて調査をし、バレたら迷うことなく制圧。普通の流れではあるが、これが最善か」
当然と言えば当然ではあるが、見つからずに捕まっている者を助けることができるのなら、それに越したことはない。
だが、実際にはそれは無理だろう。この場所がどんな構造をしていて、どこに人が捕まっていて、どこに敵が配置されているのか分からないのだから、動き回るしかないし、そんなことをしていれば見つかるに決まっている。
では見つかった場合はどうするべきなのかと言ったら、抗うか逃げるかのどちらかだ。
しかし、逃げたところで意味はない。何せ捕まっている者を助け出す必要があるのだから、逃げたとしてもまた敵地に乗り込む必要があるのだから。
むしろ、一度見つかり、逃げてしまえば、二度目はより一層警戒が厳重になってしまうだろう。
であれば、見つかったとしてもそのまま強行し、敵が混乱している中で敵を制圧してしまった方が楽に済む。
故に、よほど余裕がある状況でもない限り、出遭った敵は全て殺す。
そう覚悟を決め、いつ戦闘になっても良いようにフォークを右手に生成する。
手の中に現れたフォークを握り締め、薄暗い洞窟の中へと進んでいった。
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